英国魔導学院の水星逆行期間中の事件

水原麻以

メルクリウス寮の移転が学生の反対で遅れている

英国魔導学院の学生たちは、前期試験に向けて追い込みをかけていた。しかし、年に三回ある水星の逆行期間中は、あらゆることが裏目に出るため、魔導士にとっては厄介な時期だった。水星は太陽寄りの軌道を回っているため、地球が外側から回り込む形で追い抜くため、天動説に基づく占星術や英国魔導において水星の影響は重要な要素である。


「水星の逆行期間中はありとあらゆることが裏目に出てしまうわ」とハルシオンがぼやいた。


「ああ、これは困ったことになった」と俺たちは顔を見合わせた。


そんな中、メルクリウス寮の移転が学生の反対で遅れていた。新しい寮は広さも交通の便も良く、24時間営業の魔法ショップ兼ラボがあり、サバトも開催できるため、入寮を拒む学生たちは地縛霊の存在をあげていた。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは先輩たちの成果だということで、幽霊を使役する魔法を開発し、共存共栄を築いている。しかし、他所には行けないということで、ハルシオンが妥協案として出したのは、曳家という工法だった。


比較的汚染の少ない東棟をレールに乗せて移動させることができるため、地縛霊ごと移築することができた。残った部分は仕方がなく、成仏させるかどうかでめていた。


「さて、ここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」と俺は言った。


「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼の研究について判ったことを本人に伝えてくれまいか」とハルシオンは答えた。

「もちろん、構わないよ。私の資料も論文も全部渡す。君の助手として、責任を持つつもりだ。君の研究がすべて悪であることも、私には判明している。でも、君を人間観察した結果、そんなキャラじゃないと思ったんだ。」

「そうかい? でも、お互いに未知の部分があるんだろう?」

「それは確かだ。ただ、君は私よりも優れていて、とても魅力的だ。もっと君をよく知りたいと思っているんだ」

「俺もそう思うよ。また逢えるよね?」

「約束しよう」

互いに手を挙げ、抱き合った。それから1週間後……。

俺はメルクリウス寮の解体作業に立ち会っていた。この作業は、ハルシオンの指示によるものだった。古い建物はそのまま残しておくらしい。何かしらの使い道があるようだ。

俺としては、面倒な仕事が減って助かるが、その前に、地縛霊の説得が残っている。

「幽霊さん、そろそろ引っ越しませんか?」

大声で呼びかけると、地縛霊の少年が現れた。

「うるさいっ!! 今忙しいんだから、話しかけるな!!」「ああ、出てきたな。じゃあ、こっちの話を聞いてくれ。あんたが地縛霊だってことはみんな知ってる。ここに居座ってもう百年くらい経つんじゃないか?」

「う……それは……。でも、僕はここから離れられないんだよ」

「それなら、俺に任せなさい。いい方法があるから」

「本当に!?」

得意げに話すと、地縛霊は俺に興味津々の目を向けた。

「まず、幽霊を一時的に地縛霊化させる呪具を作る。これをあんたに付ける。こうすれば地縛霊のままだが自由に動けるだろう」

「すごいね! どうやるの?」「簡単なことだよ。このペンダントを付けるだけでOKだ」

俺は赤い宝石のついたペンダントを取り出して幽霊の首にかけた。

「えへへ、なんか照れるなぁ」

幽霊は首元を触りながら言った。

「これを付けていれば、地縛霊として行動できるはずだ。ただし効果は半日しかもたんから気を付けろ」「ありがとう! これで思いっきり活動できるよ」

幽霊は喜んで飛び跳ねていた。

「しかし、このペンダントは呪力消費が激しいから注意しろよ。下手すりゃすぐにガス欠になるからな。それと、地縛霊以外のモノに憑依したらすぐバレるからな。あと、憑依された奴にも影響が出るから要注意だ。そこら辺をうまくやってくれ」

「わかったよ」

「最後に一つだけ言っておく。悪い事はするな。人助けとかボランティア精神を忘れずに生きろ」

「うん! 僕頑張るよ!」

こうして、旧寮の地縛霊は消え去った。……数日後。

俺はハルシオンと一緒にいた。場所はサバトの会場。今日は『サバト』というイベントを開催するために来たのだ。

俺はハルシオンの助手として働いている。助手と言っても雑用係のようなものだが、研究費も支給され生活費も出るので文句はない。

それにしてもここは広いし天井も高いし快適だ。研究室も充実しているし、サバト会場もあるし、地下にはプールまである。まさに理想郷だ。……ただ、時々聞こえる悲鳴のような声と物音だけは何とかして欲しいけどな。

俺はハルシオンの作業を手伝いつつ雑談をしていた。

「ところでさ、君の師匠は何者なんだい?」「私?……そういえば言っていなかったわね。私の恩師でもある偉大な方よ。名前は……」

その人物の名前を聞くたびに驚かされる事になるとはこの時は思ってもいなかった。

**


英国魔導学院で、地縛霊が住む寮をハルシオンが移転することになった。旧寮を幽霊屋敷でなくしたのは、先輩達の成果だという。ハルシオンが妥協案を出し、地縛霊ごと移築できる工法を作った。

一段落したあといよいよ引っ越し作業にはいる。


「さてここからが重要だな。ハルシオン、今後について意見を聞きたい」

ざっと視察したあと作業工程のすり合わせをした。

「藪蛇を突くか虎の尾を踏むか。何が飛び出しても驚かないことですね」

逆行中の水星は蠍座の象意を強調する。すなわち秘密や隠し事や策謀だ。そして水星の守護者は伝令の神メルクリウス。指揮系統に関わる機能がことごとく損なわれる。連絡ミスや遅滞、誤解、凡ミス、交渉の失敗、想定外などなど。

以上のリスクを踏まえて口出し無用、とハルシオンはくぎを刺した。


「私たちは君の仕事場が稼働するまで関与できない。私も同行したい。例の事件で彼女の研究について判った事を本人に伝えてくれまいか」


ノース研究員が要望を述べた。ハルシオンは英国魔導院の次期主任研究員だ。

師匠のオプス客員教授のもとで通信魔導工学を専攻している。ノースは魔導応用工学の専門家としてオプスに助言している。で、俺は両者を取り持つ連絡将校メッセンジャーという立場だ。オプスは妙齢の黒エルフで俺好みの細面だ。性格がキツめでイケずでつらく当たる面もあるが俺にとってはご褒美だ。

「いいけど必要なものは自分で揃えてね。こちも予算がカツカツなの」

「もちろん構わないぜ。私の資料も論文も全部。君の助手として一切責任を持つ。もちろん君の研究がすべて悪であることも判明している。でも私にとって君はそんなキャラじゃない。君を人間観察した結果だ」

「そう? お互い未知の部分はある。ただ、君は私より秀でていてとても魅力的だ」

「君をもっとよく知りたい。また逢えるよね?」

「ええ」

ノースの奴め。ちゃっかりデートの約束をとりつけやがった。


俺たちは手を上げて互いを見た。

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