2-2. Aポイント

 Aポイントから一キロメートルほど進むと、大きな川に出た。なだらかに流れる川。幅は約三十メートル程、水深は膝下までありそうだ。澄んだ水がさらさらと流れ、太陽の光を反射している。川岸は抉られたように一段低くなっており、ずっと昔、もっと広く雄大な川であったことを想像させた。


 リンとハイリは木陰に隠れて川向うの様子を伺った。支援部隊はここから少し離れた場所で、林に紛れて待機している。


「開けた場所だな」とリン。


「そうですね。下手に川を渡ろうとすれば丸見えだ」


「以前のマップ情報よりも川の幅が広くなっている。意図的に削った可能性もある。ということは近くに旧人がいるかもしれないな」


 リンはヘルメットの耳のあたりについているツマミを回した。ハイリもヘルメットのツマミを回す。シールドの内側に、ヘルメットに埋め込まれたカメラを通した景色が拡大して写し出される。ピチャリと水音がしたのでそちらを見ると、すごい大きさの魚がシールドモニターに映り込んだ。


「わっ!?」


「何してる、ハイリ」


「いえ、問題ありません」


 魚が十倍の大きさで映し出されて驚きました、なんて口が裂けても言えない。


「そうか? まあ良い、それよりあっちを見てみろ」


 リンが川向うに指を差す。


「え?」


 ハイリはツマミをいじって倍率を下げてから、リンの指をたどって右を向いた。キラキラ光る川の向こう、腰の高さ程に生い茂った草の中からひょっこりと何か尖がったものが突き出ている。三角形の布。草の背丈を超えているので一メートルは超えている。恐らく、テントだ。


「なんでこんな所に……」


「偵察部隊だろうな」リンは後方の支援部隊に合図した。


「それなりに警戒しているんですね」


「警戒しているのか、ここに住んでいるのか。どちらにせよ、目標地点はもっと先だ。ここを越える必要がある」


「どうします?」


「ここは俺達だけで対処しよう。リュウ達とはもっと北で合流する」


「了解です」


「先ずは警告するが、抵抗するようなら武器の使用を許可する」


 手に持っていたアサルトライフルを肩に掛けると、リンはブレードをケースから抜き出した。電源はまだ入っていない。


「俺が先に行く。サポート頼むぞ、ハイリ」


「はいっ!」


 リンは慎重に木陰から足を踏み出すと、川岸をそっと横切った。そうして川に着くと、ざぶ、と川に足を入れる。透き通った水の中を魚が泳いで去っていく。少し距離を開けて、ハイリが続く。後方で待機していた支援部隊も、距離を保ちながらついてきた。


 そうっと川に入り、流れの穏やかな川を、できるだけ音を立てないようにゆっくりと横進んでいく。一歩、二歩とテントに近づくが、旧人が現れる気配は無い。近くに居ないのか、テントは既に廃棄されているのか、まだ分からない。


 川魚が防水加工のブーツの表面をつるりと撫でた。それが何だか気色悪くて、ハイリは顔をしかめた。その時、視界の隅で何かが光った。シールドのモニターに赤い警告が表示される。耳元で警告音が響いた。


「――まずい、リンさん! 避けてください!」


 叫ぶのとほぼ同時に、発砲音がした。銃弾はリンの右腕に当たり、彼の腕の肉を大きく抉り取った。血飛沫が跳ねる。バララッと続けて銃弾が襲う。水面にぶつかった弾が大きな水飛沫を上げて視界を遮った。飛沫の隙間から、赤い血が川に流れ出すのが見えた。リンは小さな呻き声を上げてよろめいていた。


 後方から、少し遅れて味方の援護射撃が始まった。こちらは旧人の姿をまだ視認できていない。ハイリはその場でしゃがみ込み、腰まで水につかりながらアサルトライフルを構えた。すると、向こう岸の草むらがかき分けられて、そこから旧人が五人わっと飛び出してきた。後方の支援部隊がすぐに二人撃ちぬいたが、残りの三人は拳銃を手に、叫びながら突進してきた。


「こいつらは俺がやる! ハイリは遠くのスナイパーを殺せ!」リンが叫んだ。


「了解!!」


 銃声がリンの方から続けて数回聞こえた。それから、悪魔の鳴き声のような悲鳴。後方からの援護射撃。その騒音の中で、ハイリは目を凝らして周囲を見渡した。テントのある草むらで、キラリと何かが光る。パン、と発砲音が聞こえ、銃弾がすぐ横を掠めた。


 ハイリはヘルメットのツマミを動かして倍率を上げると、川向うを見た。さっき光ったものが、敵のスコープだということが見てとれた。スコープ付きで、自分が使うものよりも細身の銃。モニターと連動するシステムは無さそうだ。もう一度敵が発砲した時に、発砲と同時に反動で大きく揺れたのが見えた。かなり古い型のアサルトライフルだろう。


 敵の銃撃が一瞬収まったタイミングを見計らって、照準を定める。アサルトライフルとリンクした照準がヘルメットのモニターに表示される。手ぶれを限界まで抑えて、ふうっと息を吐き、引き金を引いた。破裂音と共に薬莢の火薬に火が付き、パパパッと三連の銃弾が発射される。それがスナイパーの額を撃ちぬいたのが、モニター越しに見えた。ハイリはアサルトライフルから顔を放した。銃声が止んでいる。


「リンさん。大丈夫ですか」


 姿勢を低くしたままずりずりと横に歩き、リンに近づく。ブレードを片手に立っていたリンは、ふうっと息を吐くとブレードを振って刀身にこびりついた血を落とした。彼自身も数回撃ちぬかれたらしく、川に赤い染みが出来ていた。弾のほとんどは防弾チョッキによって防がれているようだが、右の二の腕と太ももは撃ち抜かれて軍服に穴が空いていた。


「はぁー、弾が中に残らなかっただけマシだな」


 そう言って無線のスイッチを入れる。


「こちらリン・高田。交戦終了。支援部隊はそのままついて来てくれ」


 支援部隊からの返答を聞いて、リンは無線を切った。


「相変わらずいい狙いだな、ハイリ」


 ブレードを鞘に戻すと、リンは歩き出した。彼の太ももの傷はアメーバのように動き出して、傷の自己修復を始めていた。


「ありがとうございます。でも、リンさんも流石ですね。ほとんど一人で倒してしまった」


 ハイリは周囲に転がる旧人の死体を見た。川に突っ伏した男達の体は、リンのブレードによって無惨にも切り裂かれていた。


「電源、入れたんですか?」


「いや? 流石に水場で電源は入れたくないからな」


「よく切れましたね」


「まともに防刃服も着てないんだ、ただの鋏でも倒せるさ」


「流石です」


 そんな会話をしている間に、リンの太ももの傷はすっかり塞がってしまった。右腕は思い切り肉を吹き飛ばされたせいもあってか、修復が少し遅れているようだ。


「もう少し待ちますか」


「いや、このくらいの傷なら問題ない。進む」


「了解です」


 二人は旧人達の死体を避けながら川を渡り切り、周囲に残党がいないことを確認すると再び北に向かって歩き出した。

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