2-1. Aポイント

 作戦前ミーティングが終わると、S班のメンバーは颯爽と輸送車に乗り込んだ。この輸送車は軽量の自動運転車で、通常はAIにより自動で走行する。ただし衛星通信の一時的な不具合や電波妨害、敵からの攻撃によるシステム破損などのトラブル時に備えて、システム無しでも手動で操作可能な運転手が同行していた。運転手は緊急時に非常に重要な役割を担うため戦闘には参加しないが、いざという時に隊士を安全に撤退させる、心強い味方である。


 運転手が輸送車のシステムチェックを行った後、車はゆっくりと走り始める。車はガレージを出て、軍部のビルの下から地上に現れる。穏やかな雰囲気のT都市内を走り抜け、ゲートを通ると都市外に出た。


 外にでて初めに窓から見えたのは、深緑色に包まれた森だった。ぱっ、と何かが木から飛び去った。きっと野生の鳥だろう。木々は凄い速さで後方へ流れてゆく。しばらく走ると次第に緑が減っていき、柔らかな黒茶の土だった地面はザラザラした味気ない黄ばんだ白色の砂に変わった。そこは、木々が殆ど生えていない砂漠だった。T都市を出た当初から暑さは感じていたものの、砂漠に出た途端より強い灼熱が彼らを襲った。

 

 うだるような暑さに耐えながら一時間ほど北に進むと、再びちらほらと緑が見え始めた。

 ハイリは車に備え付けられたモニターを見た。マップには自分達の現在地だけでなく支援部隊のポイントも表示されている。マップの上を蠢くマークを見るに、支援部隊は続々とAポイント・Bポイントに集合し始めているようだ。


 次第に車の進むスピードが遅くなってきた。ほどなくして車は停車し、目的地到着のアナウンスが車内に流れた。脇に置いていたヘルメットを被ると、シールドを下ろす。肩に掛けていたアサルトライフルに弾が込められていることを確認し、バックドアを開けて順番に車を降りた。


 一番最後に、軽快な足つきでリンが輸送車から飛び降りた。彼は黒い軍服に身を包み、ガスマスクを兼ねたフルフェイスのヘルメットを被っている。ヘルメットのシールドには映像が映るモニター機能が搭載されており、このシールドモニターの情報を確認しながら目標ポイントの拠点へと進むことになる。


 リンの片手にはGG社のアサルトライフルが握られており、腰には”ブレード”と呼ばれる剣が差してある。これは周波ブレード・振動ブレードとも呼ばれ、一般のブレードよりも剣としての性能を高めたものだ。電源を入れれば自動で周波数が調整されるが、斬りつけた物体との周波数が上手く合わない場合は周波数の手動調整が必要である。剣自体が非常に重い事、周波数の手動調整が難しいこと、その攻撃力が玉人自身にも脅威になることから、所持できる人間が限られている。


「忘れ物は無いか、ハイリ?」


「はい、ありません」


 シールドを下げたままだと声が通りづらいので、一旦手でシールドを上げた。


「銃は持ってきているか?」


 ヘルメットのシールドを上げたリンは、にやりと笑う。


「持ってきています!」


「そうか? 入隊したばかりのころ、お前は緊張しすぎて銃を丸ごと置いてきたことがあったからな」


「もう、忘れてくださいよ~」


「そのうちな」


 クスクス笑いながら、リンはシールドを下ろした。ヘルメットに接続された無線機にノイズが走る。通信の合図だ。


「リュウ・一之江だ」無線機から声が聞こえた。


「こちらリン・高田。到着したか?」


「ああ。こちらは準備OKだ」


「了解」


 リンはちらっとハイリの後ろを見た。先程到着した支援部隊が二つ、後ろで待機している。


「リュウ、こちらも問題ない。ドローンは飛ばしたか?」


「ああ。ドローンは発進済みだ。ドローンからの映像にも、今のところ人影は見当たらない」


「よし。では作戦開始。念のためにジャミングもかけておいてくれ」


「了解」


 ザ、とノイズが走って通信が途絶えた。


「俺たちも行くぞ。シールドはしっかり下ろせよ、ハイリ」


「はい!」


 ハイリはヘルメットのシールドを下ろし、リンに続いた。リンが手で後方の支援部隊に合図を送る。すると、周囲の隊士がお互いの距離を保ちながら北に向かって歩き出した。二つの支援部隊はそれぞれ十メートル、二十メートル程の距離を保ちながらついてきた。


 上空からは痛いほどの日差しが降り注いでいる。木の葉の隙間から強烈な日の光が射し込み、地面に光の粒と木陰を落とす。晴天ではあるが湿気がひどく、軍服や髪の毛が肌に張り付いた。ヘルメットのシールドを上げて、ヘルメットの中に籠った熱気を少しでも外に出したかったが、そんなことをすればリンに殴られかねない。


 以前、暑くて耐えられないと言ってタイチが任務中にシールドを上げてしまったことがある。その時リンは、何の予告も無くタイチを殴りつけた。その挙句、連帯責任ということでハイリとキョウも巻き込まれ、三名は修練場を三十周させられた。タイチはそれに加えて十周させられた。あの時は本当に死ぬかと思う程辛かった。だからハイリはリンに許可されない限り、絶対にシールドを上げないと心に誓った。


「ピィッ」


 ふいに頭上から鳥の鳴き声がして上を向くと、生い茂った木々の枝に、白いふっくらした小鳥が止まっているのが見えた。T都市では見ない種類の鳥だ。小鳥は不思議そうに首を傾けて、真ん丸の目でハイリ達を見つめている。


「ハイリ、よそ見をするな」


「あ、す、すみません」


 前を歩くリンに窘められ、鳥から目を離すと慌ててリンを追いかけた。

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