第8話 春時雨
天井を見上げています。それに、頭に靄がかかったように、記憶があいまいです。今が朝なのか夕方なのか、その時、部屋の扉が静かに開きました。
「具合はどう?」
「大丈夫」ぼんやりした頭もすっきりとしてきました。塔子はとても大切な思い出を取り戻しました。
「なら、ご飯出来たから、食べよう」
アクタとイシュの姿はありません。あの石の元へ向かったのです。
「もしかして、記憶が?」」
オーウォンとヘルミ、スージーまでいました。
「こんなに遅くまで起きていていいの!?」
太陽はすっかり出ています。明るくなってからスージーと会うのは初めてでした。
「うん」
「みんなさ、心配なのさ」ムシキが言いました。
「とりあえず、食べよう。今朝はポーチドエッグに新玉ねぎと豆のサラダさ」
塔子は思い出した記憶のすべてを話しました。
アクタが拾ったあのサルのぬいぐるみは偶然にも孫のために自分が作ったもので、夢の女性が、願いを叶える花のことを教えてくれたこと。花の力で両親のいなくなった彼のために若返ったこと。女性との代わりの約束を果たしに戻ってきたこと。
「まさか、ここへ来た最初の人間がトーコで、あの花を見つけたのもトーコだなんてね」
「私は願いを叶えた。でもね、私は彼女のために何にもしていない。彼女のお願いが何か思い出せない」
「いいや・・・もう叶えたよ。ここに来て最初に君は何かつくらなかったかい?」
スージーが言いました。
塔子以外のみんなは納得しているようです。
「・・・・・・ビオトープ」
「夢の中に現れるその女性は、多分、この庭の金星の女神だと思う。ここを創ったときに生まれた・・・おそらく、女神は、唯一不完全なあの場所が気に入らなかったんだ。だから、整備するために完全履行してくれる誰かを探していた」
「それが、私?」
「うん、そして、君は目的を果たしてくれた。見事なまでに」
誰もが静かに頷きました。そして、塔子は記憶を失くしても、その約束は無意識に覚えていたのです。
「約束は果たした。ここに留まる理由もない」
「私・・どうすれば・・」
「君はどうしたいんだい?」
スージーが優しく言いました。
「トーコ、元気かな」
アクタが言いました。あれから、石を安全な場所へ隔離した三人はだいぶ作業に時間はかかりましたが戻ってきました。前回よりも地面深くに隠したので、当分の間は人間に掘り起こされることはないでしょう。
塔子はみんなが戻るのを待って、この屋敷を出て行きました。
『「戻れるなら戻りたい。あの子の元へ」
「そうだね、きっとお孫さんもトーコのことを待っていると思う」オーウォンは言いました。塔子の言葉を聞いて、寂しいな表情をしたのはオーウォンだけではありません。
「・・・あの子はもう少しで大人になる。それまではあの子のそばにいてやりたい。見た目はすっかり私の方が年下なんだけどね」
「うん、トーコが願うことが正解だよ」
「そしたら、私はお役御免。だから・・・みんな、私、ここへ戻ってきてもいい?」
その言葉に皆、喜びが隠せない様子です。
「もちろん!トーコはもうここの住人なんだから!」
そう言って、ムシキは塔子に飛びつきました。
「・・トーコの部屋はそのままにしておく」
「でも、オーウォン、あの二又の道を出たら、人間はここを忘れてしまうよ」
イシュが心配して言いました。
「その時が来たら・・・僕が君を迎えに行く」
そう言ったのはアクタでした。』
「トーコに会いたいな」
ムシキは桜模様のカップを磨いて棚に置きました。
いつの間にか、その二又の道の入口には木板の看板が立て掛けられました。
『迷い人、空き部屋あります。右、道なりへどうぞ』
オーウォンの金星の庭 御法川凩 @6-fabula-9
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます