第7話 狐火の数奇星
「石鹸」
「石鹸って作れるの?」
一人で黙々と作業をしているムシキにトーコは声を掛けました。
「作れるよ。トーコは石鹸を作らない?」
「うん」
この前作った型の中に慎重に液を流し込んでいます。それぞれ注いだら中庭へ運んで行きました。
「そろそろ、無くなりそうだから作っておかないとね。乾燥に一ヶ月かかるから」
「そんなに?」
「うん、他の素材でも代用は出来るけど、こっちのがいいんだよね」
「中にはお花を入れていたの?」
「あれは、カモミール。よく入れるのはカレンデュラだよ」
「上に上がるなら、ついでにこれアクタに返してくれない?ここ片付けたいんだ」
塔子は、ムシキから木箱一式を受け取りました。石鹸を作るときの道具のようです。
ノックすると声がしました。
アクタはテントの前の床に座り込んで、真剣に作業をしているようです。そっと、近づいて行くとビー玉がズラリ。
「綺麗だろう?僕の宝物さ。こうやって定期的に磨いているんだ」
「ピカピカ・・私も手伝う」
一つ一つ丁寧に布で磨きます。様々な模様のビー玉が色と種類分けされています。
「たくさん集めたのね。こっちもそう?」
その横に、同じような箱が六箱ほど積み上げられています。ふと、塔子は何かを思い出しました。
「そういえば・・・」
塔子は急いで駆け上がりました。引き出しを開けてポシェットを取り出して中を確認しました。ハンカチと二つ折りの財布。何かの鍵と一緒に・・ビー玉が確かに一つ有りました。
アクタは興味深々で塔子の掌を覗き込んでいます。
「少しだけ、触ってみてもいい?」
塔子はアクタにそれを渡しました。興奮して受け取り、穴のあくほど見つめました。
「僕が持っていないものだ」
「多分、それ、暗くなったら光ると思う」
それを聞いて、アクタの目はまん丸に見開きました。まるで、それを目の中に入れてしまいそうなほど近づけて。
「それ、アクタにあげる」
驚いて、大袈裟に腰を落としたアクタは生唾を飲み込みました。
「いっ、いいの!?トーコの大事な物ではないのかい!?」
アクタの顔がゆるゆるに、ほころびました。
「うん。いつもお世話になってる、アクタにあげたい」
アクタは、とても喜んでビー玉を箱にしまいました。
塔子は、何故自分がそれを持っていたのか、思い出せませんでしたが、アクタへ何か出来たことを嬉しく思いました。そして、それがとても価値のあることのように思いました。
「ごちそうさまでした」
夕食を食べ終わり、ムシキの入れてくれるお茶をゆっくりいただきます。今夜の野菜と豆腐のテリーヌは美味しくて、思わず声に出してしまったほどです。
空色と桜模様のカップにウスベニアオイの青いお茶。
「そこにレモンを入れてみて」
アクタがカットレモンを持ってきました。
「すごい!」
青いお茶はレモンの酸によって桃色に変化。
「マロウのお茶って、飲んでも見るのも楽しくなるよ」
「ムシキってどうしてこんなにも美味しいものを作れるのかな?」
塔子はぼんやりとつぶやきました。
最初から、ずっと塔子が感じていたことです。おやつを含めて朝昼晩。それを毎日作り、何を食べても美味しくて未だかつて、これは?と思ったことがありません。
「それはね・・ムシキが素材の波動がわかるから」
「波動・・?」
「そう。ムシキはそれを感じ取ることができる。だから、最良の方法で料理を創り出すことが出来る」
「そんなことができるなんて、ムシキはすごい」
二階へ上がる途中で、ふと何かに気づきました。そして、階段を昇っては降り。を繰り返し・・
「どうしたの?」
下から上がってきたアクタに声を掛けられました。
「スージーの部屋がないの」
真剣な顔をして話す塔子に思わずオーウォンは吹き出しました。
「そうだね」
ちらっと、二階の奥を見つめます。
「トーコ、見て。スージーの部屋はあそこにちゃんとあるよ」
アクタは奥を指指しました。すると、どうでしょう。
さっきはなかった扉が。太陽のノッカーは、確かにスージーの部屋です。トーコは目をこすったり、瞬きしたり、それから、もう一度階段を昇りなおしてみました。
「あれ?ない」
アクタはその横で笑って楽しんでいます。むくれ顔の塔子にギョッとして。
「ごめんごめん、トーコ、説明するから」
慌ててアクタは言いました。
「もう一度、見てて。スージーの部屋」
言いながら、奥の方を指しました。すると、ぼんやりと、扉が現れました。
「こうやって、言いながら指差すんだ。そうすれば、部屋は現れる」
「すごい。魔法みたい」
「もうわかってると思うけど、ここの住人には特性?のようなものがあって・・ 僕は、ガラクタ。ムシキは色が見えないモノクロ。スージーはまどろみ。ヘルミは朝のしずく。イシュは岩。オーウォンは始まりと終わり」
塔子はそれを理解することが出来ました。
「ところで・・新しいものが入ったんだけど、これから見に来るかい?」
バイク、木製の乳母車、鉄瓶、人形など、いつの物かわからないような古めかしいものが増えていました。
「アクタの部屋ってないものがないくらい」
「レアな物もあるよ。最近手にしたのはこれ。あいつの日記」
アクタの持っているノートの表には“始まりと終わり”と書かれています。
最初のページには庭の構築、最初の友達。という言葉が飛び込んできました。
「教えてあげないの?」
「何で?だって、あいつが失くして、僕が拾ったんだ。もう僕の物だ」
「オーウォンのものだって、分かっているのに返してあげないのね」
塔子は腹が立って、悲しくなって、アクタの部屋にはいられませんでした。
ある朝、下に降りると、ムシキだけ。
「おはよう、みんなは?」
「ああ、おはよう。アクタとイシュは出かけてる。オーウォンはまだ寝てるよ。トーコ、起こしに行ってよ」
うん、と返事をして階段を上がって行きました。
ノックしても、返事がありません。少し待って、塔子は静かに扉を開いてみました。左奥にベッドが膨らんでいるのが見えます。
「オーウォン、おはよう」
けれど、起きる様子はありません。代わりにエンが塔子の元へ飛んできました。エンはひどく鳴いています。
「静かに!」
オーウォンはベッドからムックリと。
「あ、おはよう。ムシキが朝ご飯だって」
「こっちにおいで」
ご主人様に呼ばれて、パッと飛んでいきました。
「ごめんよ、腹が空いただろう?」
そう言って、オーウォンはエンにエサを与えました。
「こいつ、ずっと鳴いてた?」
「あ、ううん、全然。私が部屋を開けるまで、良い子にしてた」
それを聞いて、感心してオーウォンはエンをほめました。
「トーコ、おはよう。起こしに来てくれたんだね。ああ、お腹空いた。僕らも食べに行こう」
部屋を出る間際、あの日記があるのに気が付きました。落としたのが悪い、もう自分の物だと、言っていたアクタ。
(きちんと返したのね)
「これが気になる?」
「僕の日記。しばらく見当たらなかったんだけど、見つかったんだ。だから、また書くんだ。君がここへ来てからのことを」
家を建て、土地を耕し、家族を増やし、オーウォンがここを創ったのです。そして、自分もその中の一つに加わっている。
塔子は誇らしい気持ちになりました。
「二人とも、二、三日は帰ってこないと思うよ」
ムシキがそう言って、チーズを削っています。不思議な気分でした。
それから、二人は、三日経っても帰っては来ませんでした。
塔子は日中の暑い時間は風通りの良い中庭などで本を読み、朝、夕はビオトープでのんびりと過ごしました。ホテイアオイをはじめ、オオカナダモ、スイレン。メダカやオタマジャクシなど、それらを記録した絵日記がとうとう三冊目になりました。
塔子は鉛筆をしまい、少し早く、今日の記録を終わりに。
野菜を採って戻るようにムシキに頼まれていました。
川のせせらぎが心地よく夜の生き物たちの鳴き声も聴こえてきます。
「ここは、ユートピアだ」その声はスージーでした。
「みんな、喜んでる。・・ほら見て・・」
ホタルたちが遊ぶように舞い出しました。
「ここにはいなかった生き物たちさ。君のおかげ」
ホタルたちは、目の前にも飛んできて楽しそうに遊んでいます。
「もう少しとろう。ヘルミの好物だから」
それを聞いて慌てて、もう一度トマトの棚の中へ。おかげで、全身トマトの匂いが付着しました。その他に、頼まれたものを全部収穫して戻りました。
「二人ともいつ帰ってくるの?」
「さあね、遅いけど、きっとそろそろだよ」ムシキが言いました。
アクタとイシュが出かけて行って一週間目。その翌朝のこと。
ヘルミが仕事を終わらせて戻って来ました。今朝は一人で戻って来たのではありません。
二人を連れて戻って来たのです。
お土産をムシキに手渡して、その顔は少し青ざめているようでした。
「マジョラムとオトギリソウのブレンドだよ」
ムシキはすぐに熱々のお茶を二人のために入れました。それから、まずは腹ごしらえ。
皆、静かに黙々と口へ料理を運びました。最初に口を開いたのはオーウォンでした。
「好物なのに食べないのかい?」
「好物だから、最後に食べるの。それに・・これ、最高に美味しいわ」
デザートの『トマトのハチミツレモン和え』
ヘルミは一口いれてはうっとりしています。スージーのアドバイスのおかげで、喜ぶ姿が見れて、頑張って採ったかいがありました。
「狐火の数奇星が現れたんだ」
アクタはようやく平然を取り戻した様子で話しだしました。
「スージーから、そのことを聞いて、確認してきた」
「すうき・・何?それ」
ムシキは知らない様子です。
「警告する、のろしのようなものさ」
「警告って。そんなに危ない事なの?」
「うん。危険で厄介な石なんだ。今まで誰にも触れることのないよう、地下深くに埋めていたんだけど」
「それで?」と、オーウォン。
「誰かに見つかった可能性がある」
「それほど、危険な石が何でここにあるわけ」
ムシキは言いました。
「ここは世界の縮図のようなもの。僕が作ったんだ。何でもあるよ」
「その石には 国一つ滅ぼすほどの破壊力がある。だけど、悪い事ばかりじゃない。使い方次第で石は体に良い影響をもたらしてくれる。例えば夜、よく眠れるようになったり、体が元気になったりもする」
「そんなに大変なものを、アクタとイシュが見守っていたっての?」
その二人は同時に仲良く頷きました。
「だから・・ここが平和なら、世界も平和だってこと。だから、努めて仲よくするようにしているよ。多少の違いは当然なんだし」
アクタはそう言って、隣にいるオーウォンを横目に流しました。
「さて、どうするか。なんだけど・・」
「簡単。他の場所に移せばいい」
「そうだね、僕もそう考えてる。今回は多分なんだけど、まだ誰の目にも見つかっていないと考えて、そうするのがいいと思う」
「じゃあ、空から行くのが早いな。ヘルミ」
最後のデザートを口に入れて、ヘルミは頷いています。
「アクタ、ちょっと来てくれる?」アクタはムシキについて台所へ向かいました。
「時間がかかるよね?」
「多分、石を移動するのにも、隠すのにもね」
「今回、足りなかっただろう?今度は余分に入れたから」
アクタとイシュ、二人のために、リュックサックを食べ物で満タンに。
「助かるよ、ありがとう」
「ねえ、これが中に入っていたんだけど、何?」
「ああ、途中で拾ったんだけど、ものすごく、念がこもっていて、だけど、かなりのボロだろう?なら、僕のコレクションにしようかとね」
ふうん(また盗んだのね)、と冷たい視線をアクタに飛ばしています。アクタは素知らぬふりをして隣の部屋へ。
代わりに、塔子が食器を下げにやってきました。ふと、ボロボロになったサルのぬいぐるみが目に留まり、塔子の体は固まりました。
「トーコ?」
小さな男の子。それも、愛おしい気持ち。
ムシキは、もう一度名前を呼びました。
「私・・・わたし」
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