第6話 それぞれの特性
「石鹸」
「石鹸って作れるの?」
一人で黙々と作業をしているムシキにトーコは声を掛けました。
「作れるよ。トーコは石鹸を作らない?」
「うん」
この前作った型の中に慎重に液を流し込んでいます。それぞれ注いだら中庭へ運んで行きました。
「そろそろ、無くなりそうだから作っておかないとね。乾燥に一ヶ月かかるから」
「そんなに?」
「うん、他の素材でも代用は出来るけど、こっちのがいいんだよね」
「中にはお花を入れていたの?」
「あれは、カモミール。よく入れるのはカレンデュラだよ」
「上に上がるなら、ついでにこれアクタに返してくれない?ここ片付けたいんだ」
塔子は、ムシキから木箱一式を受け取りました。石鹸を作るときの道具のようです。
ノックすると声がしました。
アクタはテントの前の床に座り込んで、真剣に作業をしているようです。そっと、近づいて行くとビー玉がズラリ。
「綺麗だろう?僕の宝物さ。こうやって定期的に磨いているんだ」
「ピカピカ・・私も手伝う」
一つ一つ丁寧に布で磨きます。様々な模様のビー玉が色と種類分けされています。
「たくさん集めたのね。こっちもそう?」
その横に、同じような箱が六箱ほど積み上げられています。ふと、塔子は何かを思い出しました。
「そういえば・・・」
塔子は急いで駆け上がりました。引き出しを開けてポシェットを取り出して中を確認しました。ハンカチと二つ折りの財布。何かの鍵と一緒に・・ビー玉が確かに一つ有りました。
アクタは興味深々で塔子の掌を覗き込んでいます。
「少しだけ、触ってみてもいい?」
塔子はアクタにそれを渡しました。興奮して受け取り、穴のあくほど見つめました。
「僕が持っていないものだ」
「多分、それ、暗くなったら光ると思う」
それを聞いて、アクタの目はまん丸に見開きました。まるで、それを目の中に入れてしまいそうなほど近づけて。
「それ、アクタにあげる」
驚いて、大袈裟に腰を落としたアクタは生唾を飲み込みました。
「いっ、いいの!?トーコの大事な物ではないのかい!?」
アクタの顔がゆるゆるに、ほころびました。
「うん。いつもお世話になってる、アクタにあげたい」
アクタは、とても喜んでビー玉を箱にしまいました。
塔子は、何故自分がそれを持っていたのか、思い出せませんでしたが、アクタへ何か出来たことを嬉しく思いました。そして、それがとても価値のあることのように思いました。
「ごちそうさまでした」
夕食を食べ終わり、ムシキの入れてくれるお茶をゆっくりいただきます。今夜の野菜と豆腐のテリーヌは美味しくて、思わず声に出してしまったほどです。
空色と桜模様のカップにウスベニアオイの青いお茶。
「そこにレモンを入れてみて」
アクタがカットレモンを持ってきました。
「すごい!」
青いお茶はレモンの酸によって桃色に変化。
「マロウのお茶って、飲んでも見るのも楽しくなるよ」
「ムシキってどうしてこんなにも美味しいものを作れるのかな?」
塔子はぼんやりとつぶやきました。
最初から、ずっと塔子が感じていたことです。おやつを含めて朝昼晩。それを毎日作り、何を食べても美味しくて未だかつて、これは?と思ったことがありません。
「それはね・・ムシキが素材の波動がわかるから」
「波動・・?」
「そう。ムシキはそれを感じ取ることができる。だから、最良の方法で料理を創り出すことが出来る」
「そんなことができるなんて、ムシキはすごい」
二階へ上がる途中で、ふと何かに気づきました。そして、階段を昇っては降り。を繰り返し・・
「どうしたの?」
下から上がってきたアクタに声を掛けられました。
「スージーの部屋がないの」
真剣な顔をして話す塔子に思わずオーウォンは吹き出しました。
「そうだね」
ちらっと、二階の奥を見つめます。
「トーコ、見て。スージーの部屋はあそこにちゃんとあるよ」
アクタは奥を指指しました。すると、どうでしょう。
さっきはなかった扉が。太陽のノッカーは、確かにスージーの部屋です。トーコは目をこすったり、瞬きしたり、それから、もう一度階段を昇りなおしてみました。
「あれ?ない」
アクタはその横で笑って楽しんでいます。むくれ顔の塔子にギョッとして。
「ごめんごめん、トーコ、説明するから」
慌ててアクタは言いました。
「もう一度、見てて。スージーの部屋」
言いながら、奥の方を指しました。すると、ぼんやりと、扉が現れました。
「こうやって、言いながら指差すんだ。そうすれば、部屋は現れる」
「すごい。魔法みたい」
「もうわかってると思うけど、ここの住人には特性?のようなものがあって・・ 僕は、ガラクタ。ムシキは色が見えないモノクロ。スージーはまどろみ。ヘルミは朝のしずく。イシュは岩。オーウォンは始まりと終わり」
塔子はそれを理解することが出来ました。
「ところで・・新しいものが入ったんだけど、これから見に来るかい?」
バイク、木製の乳母車、鉄瓶、人形など、いつの物かわからないような古めかしいものが増えていました。
「アクタの部屋ってないものがないくらい」
「レアな物もあるよ。最近手にしたのはこれ。あいつの日記」
アクタの持っているノートの表には“始まりと終わり”と書かれています。
最初のページには庭の構築、最初の友達。という言葉が飛び込んできました。
「教えてあげないの?」
「何で?だって、あいつが失くして、僕が拾ったんだ。もう僕の物だ」
「オーウォンのものだって、分かっているのに返してあげないのね」
塔子は腹が立って、悲しくなって、アクタの部屋にはいられませんでした。
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