第3話 不思議な共同生活
塔子の部屋は三階のようでした。驚いたことに、外観よりも中の広さが数倍もありました。
「ここはまだ誰も使ったことない部屋」
目の錯覚か、壁の取っ手が現れたように見えました。
「どうぞ」
部屋は特大のベッドが五・六台並べられそうです。1人で使うには余りあるほどです。
一足踏み入れると塵埃が足下の床を覆っています。
「ご覧の有様。あとで、掃除は手伝うよ」
「お二人さん、ピーカンナッツケーキをどうぞ」
下へ降りていくと、ムシキは二人のために熱々のお茶を入れてくれました。
「で、どうだった?何を用意すれば良い?」
昨日はあまりわからなかったけれど、アクタは男らしくて、この中で一番人間らしく見えました。
「替えの洋服と、出来れば机が欲しいです」
「机か・・うん、探してみる」
「服は似合うのがありそうだから、これ飲んだら一緒に来て」
ムシキが言いました。
「ありがとうございます」
けれど、塔子は少し心配でした。何故って・・モノクロのムシキからは明るい色味の服のイメージが浮かばなかったからです。
「さ、お待たせ。上に行こうか」
片付け終わったムシキを待って椅子を立ち上がりました。
きしむ階段を上がって。どうやら、ムシキの部屋は塔子の隣のようでした。
扉を開けた瞬間、一目で多彩な色が飛び込んできました。統一性のない色の嵐に塔子の目はチカチカ。壁紙は大胆な柄模様。
「はは、やっぱりキツい?私には問題ないんだけどね。色はわからないけど、この壁紙は気に入ってる。この曲線とか、このエッジなんかも。トーコには疲れると思うけど、まあ、入って」
部屋の広さは塔子とほぼ一緒でした。
大きなシャンデリアが三つぶら下がって、その他にフロアランプや横長の壁掛け照明もいます。ムシキにとって、明度は必須でした。
「えっと、ここらに・・・・あ・・これか、あったあった」
ムシキが取り出したのはエンジのチェックのスカートと白いブラウス。ブラウスは袖が広がっていて黒のリボンタイがついています。
「あと、これ」
次に出してきたのは、赤い花のプリント柄の水色のワンピースでした。
「どう?」
「可愛い」
ワンピースを広げて、じっくり眺めました。
「似合うと思う」
「いいの?こんなに素敵なお洋服」
「気に入ってくれた?なら、良かった。料理するのにそんなひらひら、邪魔なんだよね」
塔子は本当に嬉しくて、それから普通に可愛い洋服に安心もしました。
「ありがとう」
「うん、また、探しておくから」
部屋に戻って、いつの間にか塔子は眠っていたようです。
時間がわかりません。
窓の外は真っ暗です。
下へ降りて行くと、既に、みんながテーブルを囲んでいました。
「休めた?」
ムシキは夕飯の用意をしています。
「ちょうど、料理が出来たとこだから座って」
「さっきは、お洋服をありがとうございます。ムシキさん」
「もう礼はいいよ。それから、さん付けはいらない。ムシキで良いからね。他の皆に対してもそう」
「はい」
「そこ座って。トーコの席だよ」
翌朝、ムシキが塔子を起こしに来ました。まだ夜明け前です。
朝食を作らないといけないからだとムシキは言いました。朝食どころか、料理全般がムシキの仕事のようでした。
部屋にはスージーだけでした。その時、ゴツゴツした影がソファーから立ち上がりました。
「おや、イシュ。今朝は随分早いじゃないか。水やりでもしてくれるのかい?」
ムシキはお皿を並べながら、驚いて言いました。すると、今度はオーウォンが転がり落ちるように階段下から現れました。
「何だい。オーウォンまで。いつも起こしたって起きやしないのに」
そう言われて、二人の視線が塔子に注がれているのをムシキは見ました。
ふうん。と顎を上げてにんまり。
「それ、早速着てくれたんだね。似合ってるよ」
そう言われて、塔子は恥ずかしそうに頷きました。
朝食は、ふんわりスフレオムレツに焼き立てブリオッシュパンとミントティーです。
「いただきます」
一斉に声が揃いました。
「そういえば、楽器を弾いてくれてた方は?」
「スージーのこと?」
右前のアクタが答えました。アクタは食べるのが早くて、既に全て平らげてしまっています。
「スージーは朝食にはいない。彼に会えるのは暗くなってから」
「スージーはね!」
アクタから言葉を受け取って、ムシキが興奮してテーブルから乗り出してきました。
「スージーは、まどろみなんだ。いつだってミッドナイトブルー。色をコロコロ変えたりしない」
うっとりとした顔で宙を見上げています。
「そうだ。君の部屋はどこだい?」
アクタが言いました。その言葉に視線を鋭く尖らせたのはオーウォンでした。
「どこだっていいじゃないか。この屋敷のどこかだよ」
「君に聞いてるんじゃない。僕はトーコに聞いているんだ」
いきなり険悪な雰囲気です。
「三階です。ムシキさん・・ムシキの隣の部屋」
「ああ、なるほど」
「どうしたの?何かした?」ムシキが不思議に首をかしげました。
「ほら、机が欲しいって言ったろ?いい物が見つかったんだ」
ああ。とその場のみんなが頷きます。
「一度見て見るかい?」
それから、塔子は食事後にアクタの部屋へ
彼の部屋は二階の階段を上がってすぐにありました。一歩中へ入ると、部屋というよりも、まるで倉庫のようです。
所狭しと物でひしめきあっています。窓は天井まで届きそうなほど物達で塞がれていました。
そのせいで、だいぶ部屋全体が暗く何故か、テントが部屋の真ん中に設えてありました。
「これは、僕の住居スペース」
アクタはテントの中を見せてくれました。何とも寝心地の良さそうなフカフカなベッドに小さなテーブルがあります。外とは反対にシンプルなインテリアでした。
テントを出てアクタについていくと、それは目の前にありました。
「これ。だいぶ、古いものだけど、状態は悪くない」
こげ茶色のロールトップデスクです。
「どうかな?」
アクタが綺麗にしてくれたのか、表面がピカピカ輝いています。とりわけ、目を引いたのは把手でした。真鍮で出来た、星と三日月、太陽の形。
「素敵」
思わず、声が…
「本当に?」
塔子は頷きました。一目惚れに近いほど気に入りました。
「嬉しいよ。椅子は、これに合うものを見つけておいたから、後で部屋に届けるよ」
アクタは、自分の宝物を失う事よりも、気に入ってくれたことの方が嬉しいようでした。
「ありがとうございます」
「今度は僕が屋敷内を案内するよ」
昼食後、オーウォンが塔子を誘いました。
「それはいいね。天気が良いから外も見てくるといい。お茶になったら呼ぶから」
ムシキが言いました。あれから、ムシキは赤いキルトのベッドカバーと替えのブラウスを数枚届けてくれました。
「まずは、二階から。アクタの部屋へは行ったよね?呆れた部屋だったろう?あいつの部屋は知っている通り、この黄色い扉が二部屋。ガラクタは増えるばかり。この調子だと三部屋になるのも時間の問題さ」
アクタの部屋は二部屋続いていて、空き部屋を二つ挟んで、オーウォンの部屋のようでした。
「どうぞ、入って」
オーウォンの部屋はシンプルで自然体の内装でした。部屋の中心には木のオブジェ。白いフクロウの置物が飾られています。その時、フクロウの首が一回り。
塔子はギョッとして声をあげました。
「驚かせてごめん。僕の友達のエン」
エンは、飼い主に向かって元気に鳴きました。
「どうした?お腹でも空いたかな?」
エンは塔子の方に首を回して鳴いています。
「君のことが気に入ったみたいだ」
三階へ上がろうとしてもう一度戻って、オーウォンは立ち止まりました。
「それから、あれが、スージーの部屋だよ」
そう言いながら、遠くを指差しました。視線の先には、太陽の形をしたノッカーの部屋が見えました。
「スージーは、寝てるから、今度部屋を紹介してもらうとして、次」
三階は自分とムシキの部屋がある階です。
「殆ど不在だけど、ここがヘルミの部屋」
不思議と一度もヘルミの気配を感じたことがありません。きっと、会える時間が限られているのでしょう。ヘルミの扉は薄い水色。部屋から風の音が聞こえています。
他にも扉がありました。
「あっちのはまだ部屋にしていない。扉は合ってもただの壁だよ。使うべくときに開ける。さあ、今度は中庭に行こう」
下へ降りていくと、ムシキは全身の力を傾けながらクリームを泡立てていました。と、同時にパンを焼く香ばしい刺激しました刺激しました。
「こっち」
中庭は外へ出る道へと繋がっていました。
解放された窓から光が植物たちに降り注いでいます。そして、ここはあの花が咲いていた場所でした。
“願いを叶える花”
あそこかな?それとも、一番日の指し込んでいるあそこ?
そんなことを想い膨らませて、中庭から、畑へ。植えたばかりの野菜の葉が青々と茂っています。
畑の横には大きなケヤキが見えます。
祝賀会をした場所でした。その奥に森が見えます。グルリと庭一周の森。
この屋敷は、どうやらその中心にあるようでした。
「この庭は数えきれないくらい沢山の種類の植物が咲くんだ。野菜以外のね」
どうやら、ここの植物たちは気まぐれに咲くらしく、野菜だけは毎年畑を作って手を加えて育てているようでした。
「あの道はどこへ続いているの?」
塔子の見つめる方向には裏庭から森の方へ続いている小道が見えます。
「あの向こう側?そうだね・・何やらあるよ。道はこの庭の塀まで続いてる。温室やあとはイシュが使う作業場とかあるよ」
塔子は今度行ってみようと思い眺めました。
中へ戻る途中、ふと、足を止めました。
「ただの水たまり。川が氾濫してそうなってるというか。何でああ、なっちゃったんだろう」
「いつも、何に使ってるの?」
「色々使ってるよ。行ってみる?」
その時、ムシキの呼び声が聞こえてきました。
「呼ばれてる。お茶の時間だ。こっちはまた今度にしよう」
塔子は何故か後ろ髪を惹かれる感じがして、その場を後にしました。
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