第18話 初クエストを受けたよ

「あ、ヤマネコさん」


 それはニャルハラにおいてネコソノモノといってよい姿をしているヤマネコだった。


 ヤマネコは黒毛に覆われたしなやかな肢体を伸ばすと、空いたお皿が邪魔なのかちょっと気にした様子で前足をそろえた行儀のいい姿勢を作る。


 そして、まずわたし達と一緒にいるショコラを見つけて「ニャッ」と驚いたように目を見開いた。


「ニャ、ショコラじゃニャいか。どうして二人と一緒にいるニャ」

「ヤマネコさん。この度、ショコラはお二人のパーティに入れていただける事になったんです」

「そうか、それはよかったニャ」


 ヤマネコはショコラの前まで、器用に食器を避けながら歩いていくと、ポンポンとショコラの腕を肉球で叩いた。


 ショコラが、嬉しそうに「はい」と顔を綻ばせている。そんな二人〈二匹?〉のやりとりを眺めていると、なんだか和んでしまう。猫動画が世間で人気な理由もわかるなぁ。


 それにしても、ヤマネコは英雄猫という名のギルドマスターであり、わたしたち使い魔の元締めというだけあって、ちゃんと全部の使い魔の顔と名前を覚えているらしい。


「それは違うニャ」


 わたしがそれを伝えて、ヤマネコを賞賛すると、ヤマネコはにゃっと口角を上げて首を振る。


「別に、全員覚えてるわけないニャ。ショコラは、特別印象に残ってただけニャ」

「印象?」

「化け物と戦うと伝えたときの、ショコラの絶望した顔。今、思い出しただけでも三指に入るくらいいい顔だったニャぁ」


 そういうと、ヤマネコは恍惚の表情を浮かべる。感心したわたしが間違い。ただのクズだった。


「と、そんな事を話しに来たわけではないニャ」


 そう言うと、ヤマネコは居住まいを正して、わたし達をみた。


「せっかくにゃから、仕事〈クエスト〉持ってきてやったニャ」

「くえすと?」


 見知らぬ単語にわたしが首を傾げると、ミケが説明してくれる。


「クエストっていうのは、英雄ショップに寄せられる依頼の事だよ。内容は使い魔〈サーヴァント〉にわざわざ依頼するくらいだから、魔物の退治が多い。また、土着型の強力なMTTBなんかは、それの討伐が単独でクエストとして成立している事もある。ショコラがやっていたスライム退治なんかもクエストだよな?」


「そうです」


 ミケの言葉にショコラが頷く。


「たまーにあるんです」


 スライム退治の専門家であるかのように、指を立ててショコラが言った。


「ま、それはともかくとしてニャ」


 ヤマネコは無視すると、仕切りなおすようにニャホンと一つ咳きをすると、


「ルナの飼い主さま、猫アレルギーになっているらしいニャ?」

「っ!? ヤマネコさん、どうしてその事」

「ニャッバーンさまから、直々に連絡があったニャ。そしてもう一つ、ニャッバーンさまの粋な計らいがあるニャ」


「粋な計らい?」

「ルナの飼い主さまの猫アレルギーの元凶となっている元凶がすぐ近くにいるそうニャ」

「え、それって本当に?」


 わたしが思わず身を乗り出すと、ヤマネコが「にゃ」と頷きを返す。


「普通、ニャルハラの歪みがヒューマガルドに与える影響の特定なんて出来ないニャ。ルナは運がいいニャ。ルナと飼い主さまの繋がり、その残滓がルナをニャルハラに召喚する時にも微かに残っていたニャ。それを頼りにニャッバーンさまが特定してルナを元凶の近くに召喚してくれたというわけニャ」


 あのおじいちゃんの猫神さまがわたしの飼い主さまの為にそんな事をしてくれていたなんて。


「今ならば、ルナにも倒すべき敵を感じる事が出来るはずニャ」


 ヤマネコが不敵にニヤリと口角を上げて言った。

 飼い主さまを苦しめている敵。それが近くにいる!


「それが、ヤマネコさんが持ってきたクエストと関係があるんですか?」

「もちろんニャ」


 ミケが言うと、ヤマネコが笑顔で返した。


「元凶のいる場所でクエストが行われる。無関係なはずないニャ」


 ヤマネコはうんうんと頷くと、


「明日、グレートキャットフォレスト〈GCF〉で、大規模なMTTBの討伐会があるニャ」

「MTTBの討伐会?」


「そうニャ、グレートキャットフォレストはネコソギシティの近郊にある大森林で、そこに多数のMTTBが住み着いているのが確認されたのニャ。その中に、ルナの飼い主さまの猫アレルギーの原因となっている原因があるはずニャ」


「つまり、そこで討伐されるMTTBに原因があるという事ですか?」


 ミケが訊ねるのに、ヤマネコは少し考えると、


「MTTB自体であるかも知れないし、MTTBが森を占拠しているという事象そのものかも知れないニャ。あるいは別の何か――」


 そこまで言うと、ヤマネコは鼻をツンと上げてわたしを見た。


「いずれにしても、ルナが行けばわかるはずニャ」


 難しく考えるような事じゃない。

 飼い主さまの猫アレルギーの原因がクエストが行われる場所にいる。だとすれば、わたしの取るべき選択は一つ。


「どうにゃ、このクエスト受けるニャ」


 ヤマネコが首を三十度傾けながら言うのに、わたしはミケとショコラの方を見る。


「このクエスト。受けたいんだけどいいかな?」

「反対する理由はねぇだろ」

「ショコラも大丈夫……です」


 二人の意志を確認すると、わたしはヤマネコに向き直る。


「ヤマネコさん、このクエスト受けるわ」

「そう言うと思ったニャ」


 わたしがはっきりとした口調で言うと、ヤマネコは尻尾を揺らす。


「住み着いているのは大体B級程度のMTTBばかりだと聞いてるニャけど、ただ数が多いので全体としての難易度は総じてBB級って感じかニャ。まっ、どちらにしても、A級をすでに倒している君達が手こずるような相手じゃないニャから、手慣らし程度の気持ちで気楽に受けたらいいニャ」


「B級……」


 ショコラの顔が青ざめている。


「大丈夫だって、なんとかなるよ」


 そんなショコラに軽いフォローを入れる。

 羽毛よりも言葉が軽くなってしまうのは、わたしもよくわからないからで、しょうがない。


「すでに、多くのパーティが参加を表明してるニャ。このクエスト自体は過去に何回も行われていて、初心者から中級者への登竜門的なクエストと見ているパーティも多いからみんな血気盛んニャ。しかも一番多く討伐したパーティには表彰と共に特別報酬も出るニャから、当日は熾烈な討伐数競争が予想されるニャ。猫アレルギーの事を抜きにしても腕試しには丁度いいクエストになるはずニャ」


 そうと決まればと、


「クエストの受け方教えるからついてくるニャ」


 ヤマネコはそう言って、テーブルを降りると上の階に上がる階段を上がっていく。

 わたし達もそれを追いかけて上へと上がる。


 先ほどニャルラトフォンを貰ったカウンターまで来ると、ヤマネコはテーブルに飛び乗り、脇に置いてあった縦横大体十センチ程度四角い箱状の機械を押して持ってきた。


「クエストを受けるにはニャルラトフォンにプリインストールされている英雄ショップアプリを使うか英雄ショップに来る事で受ける事が出来るニャ。よくわからなかったらとりあえず英湯ショップに来てくれればこっちで全部やってあげるから気軽に相談しに来てほしいニャ。というわけで――」


 ヤマネコがすっと四角い箱状の機械をわたしの方に押し出す。


「これに、ルナのニャルラトフォンでタッチするニャ」

「こう?」


 見知らぬ機械に、ニャルラトフォンをかざす。

 その間、ヤマネコは瞑想をするように目を閉じてじっとしている。


 おそらく、彼の瞼の裏では何かしらの処理が行われているのだろう。

 しばらくすると、『にゃおん!』と猫の鳴き声にも似た効果音が機械から流れた。


「おっけーニャ。これで、クエストの登録は終わったニャ」

「これでいいの?」

「ルナの端末を見てみるニャ」


 言われた通りに、ニャルラトフォンの画面を見るとクエスト情報という画面が表示されていた。

 そこには、日時はもちろんのこと、どんな事をすればいいのかという事も簡易な文ながら書かれている。


 もう一度見たいときはクエストという欄から、いつでも見ることが出来ると、ヤマネコが教えてくれた。

 また、ネットワークを通じて同情報はミケとショコラの端末にも送られているようで、二人も携帯の画面を見ている。


 それは、はたから見ると、せっかく集まったのに全員が携帯を弄っているという倦怠気味の友達グループのような図である。

 わたしはざっと目を通すと、画面から目を外した。


「ともかく、家猫同盟の初めての大仕事ね。頑張ろう!」


 はい、という掛け声と共に手の甲を前に出す。


「はい、えっと……」

「多分、円陣的な事がやりたいんだろ」


 差し出された手の甲を前に、困惑するショコラにミケが素っ気無く言った。


「分かってるなら早くしてよ。ちょっと恥ずかしくなってきたよ」


 突き出した手をもてあましながら、二人を見る。

 すると、それで察してもらえたのか、ミケとショコラもわたしの手の甲の上に手の平を乗せる。


「明日は一番取ろうね」


 わたし達は手を重ね合うと「おー」と掛け声を掛け合った。

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