第17話 家猫同盟結成
「また勇者とは、大きく出たな」
「いいでしょ? 言うのはタダなんだし、っていうかミケだって英雄や勇者になれるっていってくれたじゃない」
「なれるとは一言も言ってないけどな」
わたしが詰め寄るのにミケが訂正する。
あれ、言ってなかったっけ?
まあ、いいや。わたしは気を取り直すとショコラに視線を戻す。
「どうかな? わたしのパーティに入らない?」
わたしは手を差し出すと、改めて誘う。ショコラはと言うと、突然の申し込みに困惑しているらしく目を瞬かせていた。
「ショコラがわたしのパーティに入って、わたしが勇者になれば、全部万々歳っ。ショコラもきっと元の世界に戻れるわ」
「あの……」
「真に受けない方がいいぞ。勇者はなりたいからってなれるようなもんじゃないから。こいつは適当な事言ってるだけだからな」
「うっ」
適当とは失礼な。一応、わたしなりに考えた最良の結論だというのに。とミケに抗議の目を向ける。
「あの、いいんですか?」
「ん?」
「ショコラをパーティに入れてもいいんですか?」
震えるようにピンク色の唇が小さく動く。ショコラは相変わらず不安そうな表情を崩していない。パーティから断られ続けた結果、彼女はすっかり猫不審になってしまっているようだ。
「もちろんよ」
わたしは安心させるように頷く。
「さっきルナが言ってた、勇者になってマルッと解決大作戦に期待してるなら、やめた方がいいぞ」
「大丈夫です。違います」
ミケの言葉にショコラが苦笑し否定する。
「あれ……」
なんかさらっとひどい事言われたような。
「あ、その。えっと」
わたしがズーンと頭に岩をのっけたような顔をして睨んでいるのに気づいて、ショコラが取り繕うように言った。
「違うんです、ルナさんが勇者さまになれないと言っているわけじゃなくて。そうですね。そんな虫のいい話に打算でついてきたと思われたくないと言いますか。それじゃあ結局コバンザメですし……」
考えがまとまっていないのだろう。要領の得ない説明をしながら、目を左右に泳がせている。
「結局、元の世界に帰るお金は、地道に自分で集めるしかないって事くらいわかってますから」
泳いで泳いで、ショコラは結論を出す。
「わかったわ」
とりあえず、わたしが勇者になるという所を否定していないという事は。
「だから、ショコラはあんまり強くないし、もしかしたら足を引っ張ってしまうかもしれないですけど、それでも一生懸命頑張りますから、ショコラをパーティに入れてくださいっ!」
そう言うと、ガバッとショコラが頭を下げる。
わたしはミケと顔を見合わせた。ミケも異存なしと顔に書いてある。
まあ、文句があるならもうミケの性格から言ってきてるはず。わたしはにっと顔を綻ばせると、ショコラに向き直った。
「先に誘ったのはこっちだよ。こちらこそよろしくね。ショコラ」
「はい、よろしくお願いします」
わたしがショコラに向かって手を差し出すと、慌ててショコラもわたしに向かって手を差し出す。そうして、お互いの手を握り合う。
そしてがっちり握手。ちなみにこの握手という動作、多分猫の体の時にやったら、お互いの爪が刺さり合って、さぞや大変な事になると思う。
「さて、パーティメンバーも増えた事だし、そろそろこのパーティの名前を決めようと思うの」
ニャルラトフォンの画面を操作しながら言う。
あの後、お互いニャルラトフォンを取り出して、パーティ登録というのをミケの指南の元やっていたのだ。
まあ、特別難しいような事でもなくて、ショコラがニャルラトネットワークを通して送ってきた申請状なるものを、わたしの側の端末で承認するだけの作業。そうすると、しばらくしてパーティという欄にショコラの顔のアイコンと共に、名前が追加される。
パーティの欄にはわたし、ミケ、ショコラの名前が並んでおり、これでわたしはショコラとパーティを組んだという事になるらしい。思っていたよりもかなりお手軽で、ちょっと拍子抜けである。
そこで、目についたのがパーティの名称が空欄というものだった。
「そういえば、パーティの名前がありませんね」
ショコラもその事に気がついたのか、画面から顔を上げる。
「そうなの。だから、これから名前を決めるわ」
わたしは席から立ち上がると、大仰に宣言する。
さあさあ、何か案はない? と二人を見回す。
そうですね。とショコラは一つ咳きをすると、
「じゃあ、〈ショコラと愉快な仲間たち〉というのはどうでしょう?」
「ふざけんな、次!」
「ええ……」
ショコラが涙眼でテーブルに撃沈。
「勇者になりたいんだから、〈勇者になり隊〉でいいだろ」
「は? 何そのかっこ悪い名前。却下」
一刀両断。ミケは涼しい顔をしているが、きっと心は撃沈してるはず。ざまぁ。
「はぁ、どうやら、まともな案は出ないみたいね。わたしが決めるしかないか」
アメリカンショートヘアーになったつもりで、やれやれと手を上げる。「いい名前だと思ったのに」とか「お前、最初から俺らに決めさせる気なかっただろ」という抗議かつ非難の声は完全に無視。
はっきり言って、二人に訊いたのは建前。何事もクッションをはさまなければ角が立つものなのだ。だから、ちょっとヤスリがけをしてみたに過ぎない。
実は、ちょっと考えていた名前があって、わたしの中では、半ばそれで決まっていた。
「あのさ、わたし達全員家猫なわけじゃない? だから〈家猫同盟〉なんてどうかな?」
「家猫同盟ですか。いいと思います」
ショコラが同意してくれるのに「ほんと」と笑顔を作る。
「はい、ショコラ達がこの名前で活躍したら。きっと、家猫の地位向上にも繋がりそうですし、こっちの世界で辛い思いをしている家猫たちの励みにもなるはずですよね」
「うん、そうなの」
ぶっちゃけ、そこまで考えてたわけじゃないけどね。
「家猫の地位向上はいいんだが、家猫同盟って名前だと、もし野良がパーティに入ってきたらどうするんだ?」
ミケの指摘にむぅと唸る。確かにこの先、野良の猫もパーティに入ってこないとも限らない。そんな時に家猫同盟という名前では齟齬が出てしまうだろうという指摘は最もだ。
思えば、ミケは元々野良だったのだから、野良への配慮が気になるのも当然。でも、実はそんな時の事も、わたしはちゃんと考えてあった。
「安心して、その時は〈家猫同盟featuring NoRA〉にするわ」
「なんだか、ミュージシャンみたいな名前ですね」
わたしが親指を立てて言うのに、ショコラが苦笑いを浮かべる。
「異論は?」
見回すが特になし。
最大公約数を掬い上げたと確信し、わたしは宣言する。
「じゃあ、わたし達のパーティ名は家猫同盟に決定ね」
ぽちぽちとニャルラトフォンの液晶画面をタッチして文字を打ち込んでいく。
パーティ名の欄に家猫同盟という名前を入力すると送信のボタンを押した。
ネットワークに接続してしばらく待つと、パーティ名の部分に家猫同盟という名前が反映された。それに少し遅れてミケとショコラの携帯にも、パーティ名が家猫同盟と表示される。
こうして、わたし達のパーティ名は無事決まった。
「お待たせしました」
そのタイミングで、注文していた料理を持ったウェイトレスがやってきた。テキパキとした手さばきで、料理の載った皿をテーブルに並べていく。
ニャルハラに来てからというもの、わたし達はまだまともなご飯を食べていなかったので、思わずじゅるると涎が出てしまう。
ショコラもショコラで、まともなご飯を目の前にするのは久しぶりといわんばかりに目を輝かせている。
ちなみに、わたしの前にあるのはうな重、ミケの前にあるのはフィッシュアンドチップス、ショコラの前にあるのはローストビーフが載ったサラダだった。
酒場で出てくるうな重ってどうなんだろうと思ったが、お箸で簡単に切れるほどの柔らかい身をほぐして、ご飯と一緒に口に入れた時にはどうでもよくなっていた。
もちろん、わたしはうな重を食べるのは初めてだし、うな重の何を知ってるわけでもないけれど、もうものすごく美味しかったからだ。
はふはふと頬張ると、口の中一杯にうなぎの油の旨みとタレがじゅわぁっと広がり、鼻に抜けていく。
ふっくらとした食感で、うなぎ自体がもうフワフワ。噛まないでも溶けてしまいそうなくらい。
タレのしみこんだごはんがまた美味しくて、もうパクパクとお箸が止まらない。
「はぁ」
思わず頬杖をついてため息をついてしまう。
高い猫缶も猫缶で美味しいし、カリカリだって嫌いじゃない。でも、これには勝てない。そう思わせるだけの衝撃が、このうな重にはあった。
わたし達は、お互いの料理をシェアしたりしながら、しばらく無心で食べ続けた。もはや食べる機械状態。まあ、猫にはよくあること。
一気呵成〈かせい〉に料理を食べつくしたわたし達は、食休みという名の放心状態に陥っていた。
「やあニャ」
そんなわたし達のテーブルに、小さな影がちょこんと乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます