第19話 習性ならしょうがないよね
わたし達が英雄ショップから出た頃にはすっかり日も沈み夜の帳が下りていた。
その為、わたし達は明日に備えて宿を探して休む事にしたのだが、ネコソギシティは、ものすごく都会である。当然目に付く宿は高級ホテルしかない。
「うわぁ、高そう」
石造りの重厚な建物に、地面に敷き詰められた光沢有り余る光り輝く大理石のタイル。
そして、そのホテルの入り口に止まるのはタキシードに蝶ネクタイという、いかにも高級車であると言わんばかりの外装の高級ネコタクシーが、すました顔で停まっている。
「……っ!」
うわ、ネコタクシーと目が合った。
すると「ふん、この貧乏人が、オレさまに乗れると思うなよ?」と言わんばかりに、上から目線のしたり顔を向けてくる。
なんかムカつくんですけど。というか、たかが車のクセになんなの? あの偉そうな態度は。一丁前にタキシードなんて着ちゃって、車に洋服着せるってちょっとおかしいと思う。持ち主の神経を疑うわ。
「おい、行くぞ」
「あ、うん」
ミケに声を掛けられて、わたしは高級ネコタクシーにあっかんべをすると、はたはたと駆け足で追いつく。
ネコタクシーの態度はむかつくが。一方でそんな高級な所に宿泊する事が出来ないのもまた事実だった。
ヤマネコからニャルラトフォンを貰った時にみた所持金を考えれば、泊まれない事もないかもしれないが、この先いつお金が必要になるか分からないわけだし、無駄遣いをするわけにはいかない。
「あ、こっちです」
先頭を歩くショコラが、指を示しながら曲がり角を曲がる。
そういう理由もあり、わたし達はもっと安い庶民向けの宿を探していた。
幸いな事に、ショコラがその辺の事に詳しかったので、ショコラの案内で宿はすぐに見つける事が出来た。
場所は町の中央からかなり外れており、石造りの建物が中心の市内にあって珍しく木造の建物だが、簡素ながらも清潔そうで悪くない。
わたし達はチェックインすると、それぞれ二部屋とって一つにわたしとショコラ、もう一つの部屋にミケという風に分かれた。
わたしにとってミケは一緒に暮らしていた猫のわけだし、一緒の部屋でも構わなかったのだが、ショコラもいるという事で別々に部屋を取る事にしたのだ。
それからシャワーを浴びて、後は寝るだけという段になり、
「はぁ、こんなちゃんとしたお布団久しぶりです」
白のネグリジェに着替えたショコラが、ベッドに腰掛けシーツを撫でる。
「今まで、最低料金で泊まれるカタコンベホテルばかりだったので」
淡い光のランプに照らされるショコラの顔が安心したように綻ぶ。
この宿屋の風習なのか、ベッドの脇にはチョコレートが置かれていた。これは食べていいって事だよね。
むしろ食べろと言われているに違いない。わたしはそのチョコレートの包みを摘みあげると、包装の銀紙を開いて中身を取り出し、口の中に放り込む。
「カタコンベホテル?」
わたしも自分のベッドに腰掛けると、見知らぬ単語に首を傾げる。ちなみに、わたしもショコラと同じネグリジェを着ている。これは宿が用意したもので、意図せずお揃いの格好となった。
口の中のチョコレートがほろほろと溶けて、甘い味の中から不思議な味の液体が出てくる。
その独特な味に「ん?」と、わたしはちょっと顔をしかめるが、そもそもチョコレートというものを食べるのは初めてなので、こういうものなのかなぁと思うしかない。
何しろ、チョコレートは猫が中毒を起こすことで有名な危険食材の筆頭なのだ。
チョコレートに含まれている『テオブロミン』というカカオの苦味成分を猫は分解することが出来ない。
そのため食べると中枢神経にダメージを受けてしまうのだ。なので、元の世界では食べることはおろか、口に入れることも飼い主さまから固く禁じられていた。
だから、もちろん味なんて知らない。
もう一個食べてみよう。
もう一つまみすると、銀紙を解いて口の中に入れる。
「建物の中に、猫一人眠れるだけのスペースの箱が幾つも置かれているホテルのことですよ。とにかく料金が安くていいんですけど、なにぶん石造りですからね。寝心地はお察しって感じです」
「へぇ」
これは、あれだろうか。いわゆる人が言うところのカプセルホテルってやつ。もしくは猫でいう所のケージみたいな? あれは、動物病院に連れて行かれるイメージがあるので、あまりわたしは好きじゃないんだよなぁ。
猫の中にはあれを寝床にしている猫もいるらしいけど、ほんと? って思う。もちろん、わたしは飼い主さまの布団で一緒に寝る派である。
あ、もう一個食べよ。
「それはちょっと嫌かも。くすくす」
苦笑すると、「そうなんです」とつられるようにショコラも笑う。
うーん。
「……」
なんだか、落ち着かない。なんだか頭がふわふわする。ショコラのネグリジェ姿がなんだか色っぽいから。というのは冗談にしても、シャンプーの甘い香りに混じってなんだか懐かしい香りがくるからかもしれない。あーうずうずする。
「どうかしたんですか?」
わたしが黙って見つめている事に気づいたからだろう。ショコラが子リスのような目で見つめ返してくる。
「あのさぁ」
お揃いの格好をしているからというのもあって、より顕著にそれは現れているような気がする。それというのは、微妙に、わたしとショコラって見た目のキャラ被ってない?
という事である。
これは由々しき問題なのではないだろうか。
「うんうん。はっ」
ってそういう事が言いたいんじゃなかった。わたしはブンブンと頭を振ると、ショコラの目を正面から捉えた。
「もしかして、ショコラってロシアンブルーじゃない?」
わたしが訊ねると、ショコラはビックリしたように目をパチパチさせる。
「そうですよ。なんで、わかったんですか?」
「やっぱり」
わたしは思わず身を乗り出す。やっぱり、勘違いじゃなかった。
「あのね! わたしのママもロシアンブルーなのっ」
ロシアンブルーはロシア原産の猫で毛の色はブルー系呼ばれる独特の濃いめの灰色をしている。
わたしのママもロシアンブルーなのでロシアンブルーの事はわたしもよく知っていた。
ロシアンブルーは一般的に灰猫と呼ばれるけど、ショコラの髪色は元からなのかニャルハラに来た事によるものなのか灰色の色がかなり濃いめで黒に近い、逆にわたしは純粋な黒よりも少し黒色が薄めなのでわたし達の髪色はとても似ていた。
わたしやショコラくらいの髪色の猫はこの世界では一纏めに黒髪の扱いになるだろう。
ショコラがロシアンブルーであるならば、多少のキャラ被りも仕方なしである。
ちなみに濃い灰色をブルーというように、薄い灰色をシルバー、濃い茶色をレッド、薄い茶色をクリームと言ったりもする。
「それは、ともかく」
そんな事よりも、とウズウズと手をもきょもきょさせる。
「わーい、ママの匂いだっ」
「ちょっ、ルナさん?!」
わたしはそのままルナに飛び掛ると押し倒す。
ショコラからする懐かしい香りはママの匂いに似ていたのだ。
これはおっぱいを揉まざるを得ない。
おっぱい。おっぱい。頭の中をおっぱいがリフレインする。
一時的な幼児退行モードに移行したわたしはショコラの上に馬なりになると、無心でおっぱいを揉みまくる。
「あっ、ちょっと。ん、駄目です。おっぱい揉んじゃ駄目」
「ハッ」
もう、散々揉みしだいてから我に帰る。
「あ、ごめん。ついクセで」
「はぁはぁ……」
わたしの下敷きになりながら、ショコラが荒い息をついている。
「ほら、なんか無性にもみもみしたくなる時ってあるでしょ?」
「わかります。はぁはぁ、ショコラもよく飼い主さまによくやってしまいますから。はぁはぁ」
「そうそう、わたしも飼い主さまによくもみもみしちゃう」
「これって飼い猫の習性らしいです」
「習性だもんね。しょうがないよね」
「そうですよ。だから、早くどいてくださいね」
微笑を浮かべ諭すようなショコラの声。
「やだ。もっと揉む」
「ひゃぅっ」
曰く、飼い猫がもみもみするのは、子猫の時を思い出しているからだという。母猫のおっぱいを押すと、乳腺が刺激され乳の出がよくなる。
それ故、子猫は両手でおっぱいを押しながら乳を飲むのだ。そのなごりがもみもみである。
「やっ、あん。そんなに、駄目、駄目ですっ」
猫がもみもみしている時、それは楽しい時代を思い出しリラックスしているらしい。
だから、わたしはショコラのおっぱいを揉んでいるのだろうか。このマシュマロのような柔らかい弾力の中には安息が入っているというのだろうか。
それは、わからない。
しかし、そんな事はどうでもいいことだ。所詮この宇宙の広さに比べたらわたしがおっぱいを揉む理由などちっぽけな事柄に過ぎない。ただ、そんなわたしにも一つ言える事がある。
それは、ショコラのおっぱいがわたしより大きいという事だ。
「って、ほんとにショコラの方がおっぱいが大きい!? わたしの方が年上のはずなのに」
着やせするタイプなのか、実際に揉むまでわからなかった。
「はぁはぁ、もう満足ですよね」
上気した顔でショコラが見つめてくる。そんなショコラをみていると、ゾクゾクしてくる。これはもうフルヌッコするしかない!
「フルヌッコ、フルヌッコ!」
わたしは完全なるフルヌッコマシーンへと進化し、ただひたすらフルヌッコし続けるフルヌッコ戦士となった。
「あんっ、もう、いい加減に……」
「フルヌッコ、フルヌッコ!」
このままフルヌッコし、フルヌッコ時空へと旅立たんとした時、
ドンッ――――。
壁を叩く音に、正気に戻された。
「おい、うるさいぞ! さっさと寝ろ!」
壁ドンされた。ミケの声が隣から聞こえてくる。
「むー」
わたしは一体何を? 途中からドーパミン出すぎててあんまり思い出せない。
「あの、どいてくれませんか? ね?」
「あれ、なんでわたしショコラの体に馬乗りになってるの?」
「それはこっちが聞きたいです……」
「ふーん」
わたしはショコラの体からどくと、自分のベッドに戻る。
「ふぁぁ。なんかわたし眠くなってきちゃった。もう寝よっか?」
「え、は、はい」
なんだかショコラが怯えているような。なんでだろう。ま、いっか。
わたしは、一度大きくあくびをすると、布団に入ってランプの灯を落とす。
暗くなった部屋の中で、ふぅという安堵の吐息、
「あ、これお酒入ってる……」
ショコラは枕元に置かれたチョコレートを摘み上げるとむぅと目を細め、すやすやと寝息を立て始めている、わたしに目線を移す。
「……フルヌッコって何なの?」
ショコラの方から、そんな声が聞こえたような気がした。
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