第11話 職業選択の不自由
「おー」
端末を手に取ると、画面がぱっと明るくなる。
画面上に沢山の文字が表示されていた。
その意味はわたしには、よくわからなかったけど、見てるだけでなんかわくわくしている。
これがガジェットを手に入れる喜びってやつなのね。
アマソンで商品が届くと、いつも飼い主さまが狂喜乱舞している理由がちょっとわかった気がした。
「と、一番大切な事を質問し忘れたニャ。ちょっと返すニャ」
え、返すの? 人が折角盛り上がっているのに返すの? しょうがないので、わたしはヤマネコに端末を一旦返した。
「さて、ルナ。これから君に大切な事を決めてもらうニャ。これからの成長に大きく関係する要素だからよく考えて決めるニャ」
「成長に大きく関係する要素?」
「そうニャ」
ヤマネコは頷くと、
「ルナには、今から自分の職業を決めてもらうニャ」
そういって棚から一枚のパンフレットを取り出して、わたしの前に広げた。
「職業?」
「ま、肩書きみたいなものニャ。何を選んでもステータスは変わらニャいけど、得られる福利厚生が変わってくるニャ。自分にあった職を選択することでより効率よくキャリアアップしていく事が可能になるはずニャ」
「キャリアアップですか……」
突然、そんな事言われても困る。わたしは、まじまじと渡されたパンフレットを眺めた。
そこには、新卒使い魔さんに向けた就職のすすめというタイトルと共に、ずらずらと細かい文字で何やら文章がみっちりと書き込まれていた。
「まず職業は四つあるニャ。すなわち戦士〈ファイター〉、魔法使い〈ソーサラー〉。治癒師〈ヒーラー〉、非正規〈フリーター〉の四つニャ。これから順を追って特徴を説明するからしっかり聞くニャー」
そう言うと、ヤマネコは身を乗り出して、パンフレットを指し示しながら、
「一つ目の戦士〈ファイター〉は、剣などの武器を使って戦う職業ニャ。武器や回復アイテムの割引が受けられる他、それらを買うと、二百コネで一ポイントの現金に還元できるC(cat)ポイントを得ることが出来るニャ。あ、コネはニャルハラの通貨単位ニャ。知ってるニャ?」
わたしは首を振る。「じゃ、覚えとくニャ」とヤマネコが先を続ける。
「二つ目は、魔法使い〈ソーサラー〉、主に攻撃魔法を使う職業ニャ。攻撃魔法会社との契約に割引がある他、魔法使用の料金にも割引が掛かるニャ。
さらにさらに、魔法会社の優良顧客になれば、順番を割り込ませて貰えたりすることもあるから、待機時間が短くなったりお得な事ばかりニャ。
魔法を沢山使いたいなら、魔法使い一沢。体力に自信がなくても金さえあれば強くなる事が出来る魔法使いは人気職ニャ。
攻撃魔法使用料五千コネで一ポイント現金に還元できるCポイントを得ることが出来るニャ。雀の涙ニャ。ポイント沢山溜めたい人には向かないかも知れないニャー」
さらに続ける。
「治癒師〈ヒーラー〉は、契約会社が回復魔法会社ってだけで、魔法使いと内容ほぼ一緒だから省略するニャ。
前線で戦いたくない猫向けの職業ニャ。
回復魔法使用料五百コネで一ポイントCポイントが溜まるニャ。契約料金が安めの攻撃魔法会社と一緒に契約して、回復魔法で溜めたポイントで攻撃魔法を使うという運用をしている治癒師も結構多いみたいニャ」
さらに続ける。
「最後に非正規〈フリーター〉ニャ。これはサービスの奴隷になりたくない人向けの職業ニャ。
全てのサービスが受けられないかわりに、サービスに縛られる事もないニャ。
非正規の最大の目玉は、全ての買い物で百コネで一ポイントのCポイントが貰える事ニャ。
剣、魔法、アイテムはもちろん日用雑貨から果ては住宅まで全部にポイントが貰えるニャ。普通に生活するなら、実はこれが一番かもしれないニャ。
でもデメリットもあるニャ。まず、魔法会社の中には非正規〈フリーター〉とは契約してくれない会社があるニャ。それに非正規だとローンを組む事が出来ないニャ。
ローンを組めないと強力な魔法を使うのが大変になるニャ。魔法会社との契約は信用が一番。魔法を使いたいなら、この職業は避けた方が無難ニャよ」
長い、それに結構複雑で、わたしの脳の処理範囲を超えてしまっていて、聞いているだけで乗り物酔いになりそう。
うーんとわたしは頭を一通り悩ませると、ミケを見た。
「ミケは職業何にしたの?」
そうだ、手近な存在を手本にしない手はない。
「俺? 俺は魔法使い〈ソーサラー〉だけど?」
「ふーん、魔法使いなんだ」
っていうか戦士じゃないんだ。剣を使ってるからてっきり、戦士なのかと。
「じゃあ、わたしも魔法使いにしようかな」
「お前じゃ無理だな」
バッサリといかれた。
「攻撃魔法をサービスしている会社って何社あるか知ってるか? 大小合わせて軽く百は超えるぞ。契約の面倒くささ、運用の難しさは回復魔法の比じゃない。回復魔法は大手三社のどれかと契約してればいいけど、攻撃魔法は使いたい属性、効果、威力。その他もろもろ、色々な魔法を使おうと思ったら多重契約が基本だ。お前の猫の額ほどの脳みそじゃ絶対に無理だな」
ひどい言われようだった。というか、猫の額ほどの脳みそはお互いさまでは?
「じゃあ、治癒師〈ヒーラー〉は?」
「治癒師ねぇ。まあ、微妙だな。結局は魔法使いの下位職だろあれ。回復魔法ってみんな大体契約するから一応使えるし、割引と割り込みのメリットを加味しても、専門職としてのアイデンティティが限りなく怪しいんだよな。実際不人気職だし」
「じゃあ、戦士〈ファイター〉?」
「戦士か。あれはぶっちゃけ得られる恩恵が少ないよな。ある程度まで来ると店売りの武器なんて買わないし、アイテムも魔法に比べると使い勝手が悪いし。
回復アイテムって名前に騙されてるけど、あれ、漢方薬だからな。飲んでも健康になるだけで一瞬で傷が治ったりはしないぞ。戦士って響きが好きか、考えるのがめんどくさいか、脳死してる奴が選ぶ職だろあれは」
「うぅ、なら非正規〈フリーター〉は?」
「まあ、なりたい職業がないなら非正規でもいいんじゃないか? 元々〈その他〉みたいなもんだしな。ただ、俺は今まで職業を非正規〈フリーター〉にしている奴に会った事がないという事だけは言っておく」
なんなのっ、このネガティブなレビューだけを抽出したかのような解説は。
「全部、駄目じゃない」
「そう言われてもな。結局は、ルナがなりたいものになればいいんだよ」
振り出しに戻った。わたしはパンフレットを穴が開くくらいに見つめながら、「うー」と唸る。
すでに、わたしの中では、戦士か非正規の二つに候補が絞られているのだが、その先で決めかねているのだ。
すでに猫村正がある以上、ミケの言うとおり店売りの武器を買う事はもう多分ないだろう。そうなると、戦士は本当に名前だけの職という事なってしまう。
だったら、非正規にしといた方がいろいろお得そうだ。でもなんかイメージがなー。
違う名前にしてくれればいいのに。と思う。
名を取るか実を取るかの選択。
「よし決めたわ。わたし非正規〈フリーター〉になる」
「うん、じゃあ、ルナは今日から非正規〈フリーター〉ニャ。それで登録するニャ」
ヤマネコは頷くと、ポンと判子を押すようにテーブルに置かれたニャルラトフォンの画面に肉球をつけた。すると、画面が眩しく発光してから、収束した。
「はい、登録終わったニャ」
そう言うと、ヤマネコはわたしに口でニャルラトフォンを手渡した。
「ちょっと所持金の所を見てもらえるかなニャ」
それから端末を持つわたしに、あれやこれやと指示をする。ヤマネコの指示に従いながら端末を操作していくと、所持金という画面が表示された。
「きっと、今一万コネと表示されているはずニャ。それがルナの今の所持金。一万は御祝儀ニャ。本当は、それで装備を整えてというんニャけど……」
そこで言葉を切ると、あたまからつま先まで、撫でるようにわたしの姿を見た。
「ルナに関してはその必要はニャさそうニャねぇ」
ヤマネコは苦笑を浮かべる。しかし、わたしはそれどころではなかった。画面に表示された数字に目を見張る。
「あのぅ。七十六万って表示されてるみたいだけど?」
「ニャ!? いや、そんなはずはないニャ。ちょっと見せるニャ」
ヤマネコが首を伸ばして、覗き込んでくるのにわたしは画面を向けてあげる。
「あれ、ほんとニャ。どういうことニャ?」
いや、わたしに聞かれましても。見つめられても困惑を返すことしか出来ない。その疑問に答えたのはミケだった。
「別に不思議な事じゃないですよ。ヤマネコさん。俺たちはすでにA級MTTBを一体討伐してるんですから」
「ニャニャ、そうなのかニャ」
「ええ、だからそれくらい入っててもおかしくないんですよ」
そう言うと、ミケはあの時MTTBの灰の中から拾い上げた、MTTBの核である結晶化マタタビを懐から取り出すと、ごとりとヤマネコの前に置いた。
ヤマネコは鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐ。
「こ、これは! 間違いなく最高級マタタビ。MTTBロマネコンティオ! このサイズは確かにA級以上ニャ。はぁ、とろけるニャー。二十五万で買い取るニャ」
「まいどあり」
なぜか成立する商談。ついていけないわたしは目を白黒させるしかない。
「しかし、もうMTTBを倒してたニャンて。さすがは、かつて勇者とまで呼ばれたことがある男だけのことがあるニャ。手が早いニャ」
「いや、倒したのは、ルナですけどね」
そういうと、ミケは自分のニャルラトフォンを操作し、何か画面を表示させるとヤマネコに見せた。
「確かA級MTTBの討伐報酬は百万でしたよね。ほら、俺の方に二十五万。ルナの方に七十五万、振り込まれているでしょう?」
「ニャ、ほんとニャ」
ヤマネコは目をぱちくりさせてからわたしを見ると、
「ニャンとまぁ。ルナすごいニャないか。びっくりしたニャ。新人の君がA級を倒してしまうなんて。驚天動地とはまさにこのことニャ」
大げさすぎる。でも、褒められて悪い気はしない。
「えへへ、まあ、それほどでもあるかなぁ」
わたしは頭を掻きながら、頬を緩ませた。
「これからも、これに慢心せずに立派な非正規〈フリーター〉になれるよう。精進するニャ」
「う、うん」
ああ、なんだろう、このムズムズする感じ。やっぱり、戦士にしとくべきだったかな。
『プルルルルル』
と突然、わたしのニャルラトフォンが発信音を鳴らす。初めての電話が掛かってきた。
え、どうしよう?
点滅する携帯の画面を握り締めながら、わたしは落ち着きなくあたりをキョロキョロと見回す。すると、ミケが出たら? という風に顎で示した。
そうだ、出なきゃ。
わたしは受話器のボタンを押すと、ニャルラトフォンを耳に当てた。
『こんにちは、こちら暗黒魔法会社ニャンコデストロイです。暗黒魔法はどうですか? 直接手を下さす、相手が悶え苦しむ姿に御興味は?』
勧誘の電話であった。
「結構です!」
わたしはブチッと電話を切ると、はぁとうな垂れる。
「ま、最初は勧誘の電話くらいしか掛かってこないだろ」
ミケが素っ気無く言った。勧誘の電話はちょっとわたしのトラウマになりそうだ。
ガシャンッ――――!
なんて考えていると、階下の酒場で騒ぎが起きた。
皿の割れる音に男の怒号。
場全体の空気に、煤けたような嫌な緊張感が漂っている。
「なに?」
わたしは手すりから体を乗り出すと、階下を見た。丁度、ここはバルコニーのようになっているから下の階の様子がよく見える。
「……っ!」
わたしが見たのは、一人の大男が小さな女の子に殴りかかろうとする、まさにその瞬間。
「あ、おい、ルナ!」
ミケの静止の声を掛けるのを無視して、わたしは勢いよく手すりを飛び越え、そのまま階下へとダイブした。
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