第10話 ニャルラトフォン、ゲットだぜ
「ん? おお、そうニャ。ニャルラトフォンが欲しいんにゃったな。ちょっと待つニャ」
そう言うと、ヤマネコはピンと体を反らせて目を閉じた。
「何してるの?」
それが一分近く続いた為、わたしは痺れを切らしてヤマネコに訊ねた。
「ネットに接続してるニャ」
「ネット」
何か端末のようなものを使っている様子はない。傍目にはただ瞑想しているようにしかみえないけど。
「オレくらいになると、目を閉じただけでネットに接続できるニャ。いわゆる特異体質ってやつだニャ」
「へー」
という事はきっと今、彼の瞼の裏には様々なサイトのページが浮かんでいるに違いない。
それはすごい。
寝ながらネットサーフィン出来るじゃん。
もし飼い主さまがこの能力を得たら一日中布団から出てこないんじゃないだろうか。
あ、でも、そうするとわたしのご飯が出てこないという事になるから、この能力を飼い主さまが得るのは遠慮してほしいかも。
「ほぅ、ニャッバーンさま直々に、これはこれは――」
ヤマネコが口元をにやつかせながらブツブツと呟いている。なんか怪しい。
「ん、終わったニャ。確かにルナ、君の情報が届いているニャ。今端末を準備するからちょっと待つニャよ」
そういい残すと、ヤマネコはカウンターの奥へと消えていった。
「ねえ、なんでヤマネコさんって猫の姿をしてるの?」
わたしはヤマネコの後ろ姿を見つめながら、ミケにそう訊ねる。
だって、おかしい。
なんでヤマネコは猫の姿をしているのか。
いや、むしろ人間の姿になってしまっているわたし達の方がおかしいのはわかっているのだが、それでも、やっぱり疑問を抱かざるを得ない。
「俺も詳しくは知らないが、ニャルハラには時々ヤマネコさんみたいな生粋の猫の姿をした猫が生まれてくるらしい。彼らは神の使いとして考えられていて、敬意を込めて〈英雄猫〉と呼ばれる。
そして、英雄猫は代々使い魔〈サーヴァント〉を率いて、数々の脅威と戦ってきたそうだ。
つまりヤマネコさんは俺たち使い魔〈サーヴァント〉を率いてMTTBと戦っている英雄〈マスター〉。俺たちは便宜上ヤマネコさんに使われている使い魔〈サーヴァント〉という事になるわけだ」
へー、そんなすごい猫なのか。ぶっちゃけただのギルドの受付嬢にしか見えないけど。
そんな、わたしの思考を読み取ったのか、ミケがフッと息を吐いた。
「というのは建前上の話。実際は戦いっていう面倒ごとを全て押し付けられた。祭り上げられた社畜だよ。なまじ時代時代で使い魔〈サーヴァント〉の統率に便利な特異体質を持って生まれてくるもんだから、家畜と一緒でそういう目的のために生み出された生命だと信じてる奴もいるくらいだ。もちろん表向きは英雄猫として感謝しながら、だけどな」
「そうなんだ……」
なんだか、ヤマネコさんの悲しい境遇を知ってしまった。
今後、この手の話をヤマネコさんに振るのはやめよう。
きっと、暗い気持ちになってしまうから。
ミケに先に訊ねたのはわたしにしては珍しく英断だったのかもしれない。
「お前、ヤマネコさんの事憐れんでるけどさ。俺らなんてその社畜にこき使われる社畜でもっとひどいんだぞ」
「え、そうなの? 全然社畜の実感ないんだけど」
わたしが言うと、ミケはわたしの頭にぽんと手を置いた。
「ま、そういうことだ。あくまでも、そういう事を言う奴がいるってだけ。あんまり気にすんな。ヤマネコさんも、今お前が思ってる程、気にしてはいないよ。むしろ社畜ネタはあの人〈猫〉の好物でな。鰹節よりもよく食いつくぞ」
鰹節は一回、実家でもらった事があるけどあれすっごいおいしいんだよね。
イノシン酸をメインとしたうまみ成分が、舌の上にじゅわーって広がって、頭がトロンってなるの。あれなみに食いつくのか……。
しばらくすると、ヤマネコが奥からニャルラトフォンを口にくわえて戻ってきた。ヤマネコはカウンターのテーブルにニャルラトフォンの端末を置くと、
「お前達はTPO〈Time Place Occasion〉をまきまえるって事を知らないのかニャ。お前たちの会話は奥までまる聞こえだったニャ。オレが社畜ニャって? ふん、よくわかってるじゃニャいか。そうニャ。オレは社畜ニャ。世の中の為にがんばってるニャ。全国の高校生はオレの為に合唱コンクールで社畜讃頌を歌うべきなのニャ。
ああ、いつこの無味乾燥なメビウスのリングから抜け出せるかと夢見ながら、毎日エール酒をかっ喰らう毎日。トラックにでも轢かれて、異世界にでも転生して、ハーレム作って幸せに暮らせたらいいのにニャー」
にゃー。それにしても、よく喋る。
にゃーにゃー、と体を縦横に振っていたが、不意にピタリと止まった。
「さて、それじゃ。仕事の話に移るニャ」
きりっとした表情で、ヤマネコは声のトーンを落とした。切り替えが早い。
「さてルナ。端末を渡すにあたっていくつかの質問に答えてもらう事になるけど、いいかニャ?」
「え、まあ、はい」
曖昧に頷く。
「君は、今このニャルハラに起こっている危機の事を知っているかニャ?」
「MTTBでしょ?」
「MTTBって何か知ってるニャ?」
「化け物でしょ?」
「君がこのニャルハラに召喚された理由はわかるかニャ?」
「とりあえず、ぶっ倒せばいいんでしょ?」
「……」
しばしの沈黙。
「あっれー、なんで知ってるニャ? もしかして」
ヤマネコは、ミケの方に首を向けた。
「ミケがほとんど話しちゃった感じかにゃ? そうなってくるとオレの仕事がないニャ。困ったニャー。可憐な少女が化け物と戦う宿命を背負わされて絶望に歪む顔を見るのが唯一の楽しみニャのに」
「悪趣味……」
わたしはジト目をしゅんとするヤマネコに向ける。ヤマネコは特に意に介した様子もなく、
「もう、めんどくさいニャ。さっさと端末渡すニャ。もってけ泥棒ニャ」
そう言うと、鼻でテーブルに置かれたニャルラトフォンをわたしの方に押し出した。
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