第9話 英雄ショップの黒猫

「ねぇ、ミケ。選挙ってなぁに?」

「なんだよ急に」

「実はね――」


 わたしはミケとはぐれた原因でもある、先ほど市長候補の事について話した。


「ああ、選挙ってのはこの街の長を投票で選ぶことだよ。投票ってわかるか? 早い話が多数決だな。このネコソギシティの市民の多数決で市長を決める。さっき、チラっと街頭テレビでニュースを観たが、今ネコソギシティじゃこの話題で持ちきりみたいだな。なんでも前市長が突然不祥事で辞任したらしい」


 ミケは壁に無造作に貼られていた選挙ポスターを剥がすとそれを観ながら続けた。


「それで、候補はこのアドルフ=ネコラーとかいう奴とスターニャンとかいう奴に絞られているらしい。


 ネコラーは使い魔〈サーヴァント〉の権利拡大を訴えていて、スターニャンは使い魔〈サーヴァント〉の排斥を訴えているようだな。


 かなり両極端。というかこいつの公約滅茶苦茶過激でヤバイな……スターニャンが当選したら、多分俺たちこの街から追い出されるんじゃないかこれ」


 ミケはポスターのスターニャンの方の顔写真の脇に書かれている、小さな文章を見つめながら苦笑いを浮かべる。


「ま、でも普通に考えたら、ネコラーが勝つよ。この街で使い魔〈サーヴァント〉排斥を訴えて勝利した候補はいない。表に出てくる声のでかさほど、住民と使い魔〈サーヴァント〉の仲は悪いわけではないし、防衛と経済も使い魔〈サーヴァント〉に依存している。極めつけは住民の四割を占める使い魔〈サーヴァント〉も選挙権を持っているんだから勝てるわけがない」


「ふーん」

「選挙に興味あるのか?」

「えっ、うーんどうなのかな?」


 わたしは首を傾ける。


「さっきも言ったが、ニャルハラに来た使い魔〈サーヴァント〉は神の導きによってこの街の市民にされるから選挙に参加することも出来るぞ。投票日になったら投票してきてみるのもいいかもな」

「うーん」


 わたし、少し考えた後、


「やっぱり、いいや。だって勝つ候補は決まってるんでしょ。だったら行く意味ないもの」


 という結論に達した。


「まあな。だから俺も選挙とか行ったことないんだよ」


 なんだ、ミケも行ったことないんだ。もしかして行かない猫の方が多いのかな。それにしてはかなり詳しかったけど。


「十分もテレビ観れば、このぐらいわかるよ」


 どうやらそんなものらしい。


「ま、それでもしスターニャンの方が勝ったら、俺たちどんだけ間抜けなんだって話だけどな」


 そう言うと、ニケはもう一度大きく苦笑した。


「と、着いたぞ」


 話しているうちに、結構歩いていたらしい。風景が華やかな表通りから一変していた。

 薄暗く感じる裏通りで、猫の気配もほとんど感じられない。

 たちこめるアンダーグラウンドな香りに、わたしは思わず体が硬くなる。


 ミケはドアの取っ手に手を掛けると、そのまま開いて中に入った。

 わたしも続く。ドアにはカウベルがつけられていたらしくカランカランとけたたましく音を鳴らした。


 正面にはチケット売り場にあるようなカウンターがあり、横にある手すりから下を覗くと眼下には広めの酒場が広がっていた。


 という事はここは二階? いや多分ここが一階で酒場の部分が地下一階なのだろう。


 どっちみち天井まで吹き抜けているから、下から見ればここは一階というよりもバルコニーのような感じに見えているはず。脇にある階段で下に行けるようだった。


「英雄〈えいゆう〉ショップにようこそニャ。とオレは亡霊でも見てるのかニャ。ミケの姿が見えるニャー。悪霊退散悪霊退散ニャー!」

「ヤマネコさん。俺は亡霊でも悪霊でもないですよ」


 ミケは前方のチケット売り場っぽいカウンターに行くと、その中の猫に親しげに話しかけた。


「ニャ? じ、実体ニャ。生きてたニャか」


 ふぅとヤマネコと呼ばれた猫は息をつくと。落ち着きを取り戻したようだった。

 が、わたしの方は内心穏やかではなかった。


「ね、猫だ」


 わたしは、そのカウンターの中に居る猫を見て思わずそう呟いていた。


 小さい顔、突き出た鼻、大きな耳、そしてしなやかな肢体に尻尾。その猫は間違いなく猫だった。


 ニャルハラに来てから、猫の造形的定義が怪しくなっていたが、ヤマネコはまさに猫。普通、猫と言ったらこれをイメージするくらいに猫。


 わたしやミケのように猫耳がついてるから猫なんだよ。と言っているのをあざ笑うかのように圧倒的に猫だった。


 しかも、わたしと同じ黒猫だ。これは親近感が沸かざるを得ない。


「下界に居たんですが、わけあってこいつと一緒に戻ってきまして」


 ミケがヤマネコと込み入った話をしているが、わたしはそれどころではない。


「なんニャ、この子は?」


 目をキラキラとさせているわたしに、ヤマネコは怪訝な表情を作っている。でも気にしない。


「新人の使い魔〈サーヴァント〉ですよヤマネコさん。ニャルラトフォンを貰いにきました」

「ほう、新猫ニャか……」


 ヤマネコが値踏みするような目で見つめてくる。か、かわいい。はぁはぁ。


「ねぇミケ! この子撫でてもいい?」

「本人に訊けよ」


 それもそうか。わたしはヤマネコに改めて向き直った。


「ねぇ、撫でてもいい?」

「……少しだけニャよ?」


 そう言って、ヤマネコはカウンターの奥から出てくると、ゴロンと横になった。


 まずは、定番頭から。頭を撫でるとヤマネコは気持ちよさそうに目を細めている。そんな態度を見ているともっと喜ばせてやろうと思うのが人情、いや猫情であろう。


 次は喉を掻くように撫でてあげた。ゴロゴロと喉を鳴らしている。


「喉、ゴロゴロ鳴らしてるよ。嬉しいのかな?」

「ああ、本人かなり喜んでると思うぞ」


 ヤマネコはゴロンと寝返りを打つと、仰向けになった。これはお腹を撫でろという事だろうか。お腹を見せる猫って結構いるよね。わたしはやったことないけど。


 わたしは柔らかいタッチで、胸に触れる。そして、そこからお腹の方へとゆっくりと下ろしていき、足の付け根へと進めていく。


「待てルナ。それ以上はマズイ!」

「へ?」

「言うまでもない事だと思うが、ヤマネコさんは同族で男だぞ」

「どうぞくでおとこ……」


 唐突に思い浮かぶフグと白子のイメージ。食べたことないのに。顔がケトルのようにカァっと熱くなる。

 わたしはぱっと手を引っ込めた。


「あれ、もう終わりかニャ。これからがいい所だったのにニャー」


 ヤマネコは立ち上がると、前足で顔を洗いながら残念そうに言った。


「でも、なかなかうまかったニャ。きっと将来いいお嫁さんになれるニャ。太鼓判を押すニャ」

「……」


 どう返答していいのかわからない。

 顔を真っ赤にして黙り込む。


「あの、ヤマネコさん。話を戻してもらってもいいですかね」


 そんな気まずい雰囲気を察してか、ミケが話を進めた。

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