第8話 都会ってめんどくさい
しばらく草原を進むと、大きな城壁が見えてくる。
あの巨大な城壁で囲われている一帯。それ全てが街なのだとミケが言った。
魔物が入ってこないように城壁で囲まれているのだ。一体どれだけ巨大な街なんだろう。ちょっと見回しても城壁の終わりが見えない。それくらいに超巨大な街だった。
城壁につけられた門を潜ると、街の内部が露になる。
「うわぁ」
思わず感嘆の声を上げてしまう程に、街は巨大でとても美しかった。
背が高めのレンガ造りの建物が所狭しと建てられており、その中には様々なお店が入っている。パティスリーやブティックやヘアサロンなどその他もろもろ。
遠くに見える環状交差点〈ラウンドアバウト〉には四足で元気に猫を乗せて走り回るネコカーとネコバス。空には猫顔の膨らんだトラフグっぽいものが浮いており、それにつけられたモニターでは、ノルウェージェンフォレストキャット風のキャスターがニュースを読み上げている。
ザ、都会。まさしくそこは都会であった。ここはあれだ。飼い主さまが読んでいた旅行雑誌に載っていたヨーロッパのパリなる場所にそっくりではないか。
「全ての金と猫と富と名声、そして神の意思! この世の全てが集まるニャルハラ一番の街〈ネコソギシティ〉へようこそ!」
そう言って、貼り付けたような笑顔と共に兎の耳のアタッチメントを猫耳につけた露出度の高いお姉さんがわたしに風船をくれた。
「あ、ありがと――」
お礼を言おうと思ったが、違うバニーガールのお姉さんに割り込まれてしまった。
「あなた使い魔〈サーヴァント〉ね。ネコソギシティは初めて? 今、この街が市長選の真っ最中なのは知ってる? その顔知らないわね? 猫乙女〈ニャルキリー〉さまに選定された使い魔〈サーヴァント〉もれっきとしたこの街の市民。選挙に無関心ではいけないわ。ぜひとも我が候補の話を聞いて、あなたの清き一票を!」
「あの、えっ? ちょっと」
バニーガールはわたしの手首を掴むとぐいぐいと引っ張っていってしまう。まずい、このままじゃミケと離れ離れになってしまう。
しかし、振り払えるはずもなく、流されるままにグイグイと引っ張られていってしまう。
「あちらにおられるのが、今市長選の最有力候補アドルフ=ネコラー候補よ。さあ、話を聞いてあげて」
そういうと、スーツ姿のおじさん猫の前に突き出された。
「やあ、お嬢さん。私はアドルフ=ネコラー。よろしくね」
そういうと、おじさんはわたしの手を勝手に掴んで両手で握手をする。
「今、この街で何が起こっているか知っているかね。今、MTTBとの戦いの激化において、このネコソギシティでは急速に使い魔〈サーヴァント〉の数が増加している。市民の中にはそれが気に食わないものも少なからずいるようだ。治安が悪化するといってね。中には強制収容所を作って、そこで住まわせればいいなんて極端な事を言う輩もいる」
「は、はぁ……」
「実にけしからんことだ。使い魔〈サーヴァント〉は我々の代わりにMTTBと戦ってくれているというのに、それを無碍に扱おうなどとは。しかも彼らは神の意志に導かれてこの街の市民となった。彼らを否定するのは神を冒涜するも同じ。神にイタ電をしたりピンポンダッシュをするに等しい行為なのだ。わかるかね?」
「は、はぁ……」
「しかし、安心してほしい。私が市長になった暁には君達を厚く保護しようではないか。今以上の福祉サービスを約束しよう。君も使い魔〈サーヴァント〉なら誰に投票するのが得策なのかわかるね? ぜひ、君の一票を私に投票してくれたまえ」
「は、はぁ……」
っていうか、手強く握りすぎなんだけど。おじさんの握手からやっと解放されたわたしは痛みを和らげる為に手をヒラヒラと振る。そして、案の定、ミケとははぐれてしまったようだ。いわゆる迷子である。
こんな見知らぬ大都会で迷子は、かなりやばい。
「こういう時は、変に動かない方がいいのよね」
近くのお店の軒先まで移動すると、そこで壁に寄っかかってミケが迎えに来てくれるのを待つ事にする。
しばらく待っていると、男の人が慌てた様子で駆けてきた。
「大変だ。君の連れが向こうの広場で倒れているぞ!」
「えっ!?」
「暴漢に襲われたんだ。腹を刺されて瀕死の重傷だ。俺はその猫に長くて黒い髪の黒猫の少女を連れてきてくれと頼まれたんだ。一応名前を確認させてくれないか!?」
「ルナですけど……」
「ルナ……、ああルナだ。間違いない。さあ、はやくおじさんと一緒に行こう。早くしないと死んでしまうぞ!」
「大変! それで彼女は、彼女は大丈夫なんですか!?」
「今は、まだ息があるがいつまで持つか……。さあ、早く、早く彼女の元に行こう!」
わたしははぁとため息をついた。
「わたし行きません」
「どうしたんだ、友達が死んでしまってもいいのか! さあ、はやく!」
「行かないって言ってるでしょ」
「なんだって、なんて白状な奴なんだ。友達が苦しんでいるのに駆けつけてもあげないのかっ。鬼か! 悪魔か!」
わたしはもう一度ため息をつくと、刀の柄に手をかけた。
「あの、それ以上付きまとう様なら、あなたの首を飛ばしますけど?」
「うっ……」
男は後ずさった。
「後悔するぞ。君の友達はいつまでたっても迎えには来ない。来てくれなかった君の事を呪いながら路上で惨たらしく死んでいくんだからな。本当に君はそれでいいんだな」
「それは……」
想像するとちょっとくるな。
「ほら、そうだ。君は君の良心には逆らえない。嘘だと思っているのだろう。その気持ちはわかる。こんな怪しいおじさんの言葉が信じられるはずないよな。でも、嘘かどうかは君の目で確かめてみればいいだけじゃないか。君は確かめればすむ事で君は悩むのか。確かめて嘘だったら、私を罵ればいいんだ」
「確かめて嘘だったら、おじさんの首を飛ばすけどいいの?」
「うっ……」
男が唾を飲む。
「かまわん! さあ一緒に行こう」
「うー、わかりました」
「わかるな。このアホが!」
バンと後ろから、思いっきり叩かれた。
「いったぁ……ってミケ?!」
いつの間にいたのだろうか。振り返るとミケの姿があった。
「おい、おっさん。次こいつに一言でも声を掛けたら、俺があんたの首を飛ばす」
「な、君は誰だね? 私は善意から――」
「いいんだな?」
「…………」
ミケが剣の柄に手をかけ、刀身を三センチほど露出させると、
「後悔するぞ。友達を見捨てるのか、なんて薄情な猫なんだ。これだから最近の若いもんはけしからん――」
などと喚きながら男は全力で去っていった。
なんという負け惜しみ。
「ミケ……」
「ほんっと、お前はアホな家猫ちゃんだな。あんなみえみえの誘拐に引っ掛かるなんて」
「ひっ、引っ掛かってないわよ。ちょっと確認くらいはいいかなって思っただけで」
バシッともう一度叩かれた。
「うー」
「ああいうのはついて行った時点でアウトなんだよ。大体、お前『彼女は』って言って鎌掛けて、嘘だってわかったんだからその時点で会話を切れよ」
「なっ……」
わたしは驚いてミケを見る。
「一体、いつから見てたの?」
「割りと最初から見てた」
なら、さっさと声を掛けてくれればいいものを、この男……。
「もしかしたらって事があるでしょ」
「もしかしたらねぇ……。ま、お前を一人にしたら危険って事がわかっただけでもよしとするか」
「うぅ……」
反論したいが、言葉が浮かんでこない。今回のことは完全にわたしに落ち度がある。
「ほら、さっさと行くぞ。今度ははぐれるなよ」
「う、うん」
先を歩く、ミケの後をわたしは慌ててついていく。
都会っていうのは、ものすごくめんどくさい場所っぽい。
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