第6話 装備を整えよう

「何してるの?」


 ミケはMTTBの残骸。つまりは灰が残り溜まっている場所まで歩いていくと、その中から何かを探すように腰を屈めると灰を払った。

 そして、拳程の大きさの結晶を掴み上げた。


「それは?」

「結晶化マタタビ。まあ核みたいなもんだ。強力なMTTBを倒す手に入る、ま、ドロップアイテムってやつだな」


 琥珀色の結晶の中には、何か木片のようなものが入っている。ミケはそれをポケットにしまった。


「それにしても、よくこんなの倒せたよね。ちょっと自分でも信じられないんだけど」


 思い返しても、怖気が蘇る。残骸があるのだから事実なのはわかっても、実感の方はあまりわいてこなかった。どう考えても、あれはただの猫が倒せるような化け物じゃなかったから。


「それが、使い魔〈サーヴァント〉の力だからな。人界からニャルハラに召喚された猫の中には、稀に強力な力を持つ者がいる。


 それをニャルハラは使い魔〈サーヴァント〉として、天界の戦争に利用してきた。


 起源を辿ればナイル文明発足時までに遡る事が出来る古くからの因習らしい。急に、人界で猫がふっと前触れもなく消えてしまうことがあるのも、これが原因だ。


 ただ最近は人間社会が猫ブームだとかで、人間社会との軋轢を考えて自重気味だったんだが、MTTBとの戦いが激化して、それどころじゃなくなって来てるみたいだな」


「ふうん」

「まあ、それはいいとして、早く街に行ってルナのニャルラトフォンを貰わないとな」

「ニャルラトフォン?」


 そういえば、電話口の女性もそんな名前を口にしていたような。


「これだ。使い魔なら必携のアイテムだぞ。決済からパーティの登録、魔法の発動まで全部これでやる」


 そう言うと、ミケは自らが手に持つ携帯電話をもう一方の手で指さす。

 ああ、その携帯電話の名前がニャルラトフォンだったのね。とわたしは納得した。


「端末が全てニャルラトネットワークに繋がっているから、使い魔〈サーヴァント〉同士の交流に必須だし、使い魔〈サーヴァント〉なら無料でもらえるから、貰わない手はない」


 ちなみにニャルハラに住んでいるニャルハラ猫が普通の携帯電話として持つ場合は、契約料がかかるという補足があった。かなりどうでもいい。


「じゃあ、街に行くのね」


 ニャルハラの街というのがどういう所なのか非常に気になっていたわたしとしては、俄然声が弾む。


「いや……」


 うきうきしながら訊ねるわたしに、ミケは言葉を濁すと、


「先に、寄る所がある」


 わたしのワンピースを指差して言った。


「まずは装備を買いに行く。そんな下着みたいな格好で街中を歩けるわけがないからな」







 草原から少し歩いた森の中に、寂れた山小屋が一軒ひっそりと建っていた。

 ミケは木製のドアをノックすると、ドアノブを捻り中に入る。わたしもそれに続いた。


「ほえー」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。


 外の景観からは想像も出来ないくらい、沢山の武器やら鎧やらがおもちゃ箱をひっくり返したみたいにごっちゃりと展示されていた。

 ミケ曰く、穴場の店なのだそうだ。木造の家だけど。


「ミケの旦那!?」


 店主らしき厳つい体の禿男、もちろん猫耳。が驚いたようにカウンターの席から腰を浮かすと眼を見開く。


 そういえば、飼い主さまが、漫画とかいう紙の束を読みながら、猫耳のキャラって人間の耳の方はどうなってるわけ? 猫耳あったら人間の耳いらんやん。


 なんて紙面に向かって文句を言っていたけど、禿の猫耳キャラが登場したことで結論が出た事になる。


「ああ、久しいな。ディンゴ」


 ミケが軽く手を上げてそれに応える。

 どうやら、禿男はディンゴという名前らしい。


「旦那、あんた死んだって事になってるぜ。死体になってヒューマガルドに送還されたってね。何せ、あの当時この近辺の最強の脅威だったAAA級MTTBに自分たちだけのパーティで挑んで、帰ってこなかったもんだから。それで他の面子は?」


「ヒューマガルドで眠ってるよ。俺だけが生き残っちまった。人間に助けられてな。今じゃすっかり家猫だよ」


「そうか。そりゃ何よりじゃねぇか。野良から家猫なんてめったになれるもんじゃねぇ。いや、ヒューマガルドの猫社会の事情はあまり知らねぇが。レアケースなんだろ」


「ああ」


 ミケが頷くのにディンゴは「そうかいそうかい」と顔を綻ばせてから「ん?」と片眉を上げた。


「つーてっと呼び方はミケの旦那でいいのかね? 家猫になったってんなら新しく名前があったりするんじゃねぇのかい?」

「いや、飼い主から貰った名前もミケだ」

「ほほぅ、そりゃいいや。やっぱり三毛猫はミケが鉄板ってわけだ」

「単に安直なだけだ。安直な人だからな、あの人は」

「なんだ相性ばっちりじゃねぇか!」


 ディンゴが盛大に笑うのに、ミケは少し居心地が悪そうに眉を潜めると「俺の飼い主が付けた名前を知りたがるなんて、そんな事訊いてくるの多分お前くらいだぞ」と不貞腐れるように言った。


 それに対してディンゴはくっくっと抑え気味に笑う。


「ま、そうかも知れねぇな。俺も訊いてからセルバンテスとかになってたらどうしようかと思っちまった所だ。仮に名前が変わってたとしても俺達にとっちゃやっぱりミケの旦那はミケの旦那。確かに訊くだけ野暮ってもんだ」


 そう言ってから浮かせていた腰を席に下ろすとカウンターに肩肘をつき真顔になりミケを見る。



「で、ミケの旦那よ。そんな家猫の身分を捨てて、なんでまた戻ってきたんだ? 復讐の為かい?」


 ミケは軽く瞑想をすると、自嘲気味の笑みを浮かべた。


「いや、好奇心旺盛な箱入りお嬢様の護衛だよ」


 そう言うと、ミケはわたしを顎で示した。わたしはというと、様々な珍しいアイテムの数々に目を移ろわせながら店内を物色していた。


「みてみてー。金の鎧があるよ! 鉄の鎧から着替えるとやっぱり魔法とか使えるようになるのかな?」

「お嬢ちゃんよ。何をイメージしてんのか知らねぇが。鎧を着替えたって魔法は使えるようになんねぇよ」

「そーなんだ」


 えーと名前なんだっけこのハゲ。そうだディンゴだ。ディンゴ。


「ディンゴさん、ありがとー」


 わたしはそう言うと、ディンゴに笑顔で手を振る。


「くぅ。素直でいい子じゃねぇか」


 ディンゴが鼻をすすり上げる。


「え、そうか? かなり性格に難のある奴だと思うが」

「何言ってんだ旦那。そうだ、名前はなんていうんだ?」

「ルナだ」

「ルナちゃんか、ま、しっかり守ってやんな。あの様子じゃMTTBどころかスライムも倒せそうにねぇ」


 ディンゴは「がははは」と豪快に笑い思い出したように笑いを止めた。


「と、そういえばまだ用件を聞いてなかったな。顔みせに来ただけってんじゃないんだろ?」

「ああ」


 ミケはわたしを親指で指差す。


「あいつの装備を整えたい。出来るだけ安くな」


 ミケに呼ばれて行ってから、そこから小一時間ほど、わたしたちは試着タイムを続ける事になった。だって、なかなかしっくり来る服が見つからなかったのだからしょうがない。


 結局、黒を基調とした皮製の鎧にする事にした。鎧といってもいわゆる硬い部分は胸の部分くらいで後は布製の服みたいなものだ。ディンゴがいうにはもはや剣士というよりも弓兵に近い服装という事だった。

 

 ポイントはおへそが見えてる事。

 猫の姿だった時もお腹の三日月模様がトレードマークだったので、人間の姿でもわき腹あたりにある三日月模様が見えるようにしたかったからだ。


 ちなみに下はスカートを履いている。「お前。防具なめてんだろ」と散々罵倒を浴びながらも、なんとか服を決めることが出来た。


 防具は決まったので、次は武器を選ぼうという件〈くだん〉になった時。


「あ、剣は木刀でいいから」

「えっ?!」


 わたしが剣を物色しようとすると、牽制球を投げるように先んじてミケが言った。


「剣とか買う金ないから」

「ええー」


 思わず、声を出してしまう。

 余裕ぶっこいてるから結構お金を持っているのかと思っていたけど、どうやらそうでもなかったらしい。


 わたしの防具を買うお金で、所持金が尽きたそうだ。ちなみに、当然のことだが、わたし自身の所持金はゼロである。

 まあ、奢ってもらっている立場で贅沢はいえない。


 別に木刀でもいいか。

 そう思いながら店内を散策していると、一本の剣に目が留まった。


「お、嬢ちゃん。なかなか見る目あるな。それは叉三郎猫村正〈またさぶろうねこむらまさ〉これ以上あるかないかというくらいの名刀だぞ」


 ディンゴが説明してくれる。


「へぇ、いくらなの?」


 まず値段をきいてしまう系女子。わたしです。


「残念ながら、それは売りもんじゃねぇ。非売品だ」

「え、どうして?」


 わたしがびっくりして、問いかけるとディンゴはにやりと口角を上げた。


「そりゃ誰も使えねぇからよ。猫村正は持ち主を選ぶ。その剣を鞘から抜けた奴はいままで一人もいねぇ。もし、嬢ちゃんがその剣を鞘から抜くことが出来たら、タダでやるよ」

「マジで!」

「マジマジ。まあ、無理だろうけどなぁ」


 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、ディンゴはわたしが猫村正の鞘に手をかけるのを眺めている。抜けないと思っていて、わたしの無様な姿を肴に楽しもうというのだ。


 ふふん、なかなかに意地が悪いじゃない。まあ、でも多分抜けないんだろうな。おそらく、抜けない細工がしてあるに違いない。

 そう、思いながら鞘と柄を持ちゆっくりと力を込めた。


 ぬるりと滑るような感触。

 特に抵抗もなく鞘と鍔が離れる。


 剣を抜いているという感触もないくらい、自然に鞘が抜けていき、怪しい光を放つ刀身が段々と露になっていく。


「なっ、まさか」


 にやついていたディンゴの笑みは凍りつき。驚愕へと変化していた。

 そして、光り輝く猫村正の刀身全てが姿を現した。


「抜けた……。抜けちゃったんだけど?」


 この場にいる全員が驚愕に包まれていたが、実は一番びっくりしていたのはわたしだっただろう。


「ああ……、抜けたな」


 ディンゴが辛うじて、搾り出したような声を出した。


「って事は、タダで貰っていいってことよね。男に二言はないわね?」

「ああ……」


 ディンゴが呆然と頷く。


「やったぁ。ありがとー」


 わたしは猫村正の刀身を軽く振ってみたり、光の反射具合をひとしきり確かめた後、ふと思いついて、鞘に戻した。


「ちょっと試し切りしてくるー」


 妖しく輝く刀身を見つめていたら、無償に何かを切りたい衝動に駆られてわたしは猫村正を持ってディンゴのお店から飛び出した。


 残された店内では無気力な監視カメラのように、その様子を目で追うディンゴの姿があった。


「まさか、本当に嬢ちゃんが猫村正に選ばれるとは……」

「おい、ディンゴ」

「ん?」


 そんなディンゴにミケが目を細めて話しかける。


「本当にタダなんだろうな? 俺は前に使った超最高位暗黒魔法ブラックホールデストロイジェノサイドクラスターのローンがまだ残ってるからマジで金ねぇぞ」

「……旦那、まだあれ完済してねぇのか」


 そんな会話が室内でされているとは露知らず、わたしは勢いよく森に飛び出すと試し切りによさそうな物を探していた。


 そこら中に沢山木があるのだから、それでいいじゃないかと思うかも知れないが、わたしは木には目もくれずに試し切り出来そうなものを探した。


 試し切り、試し切り、試し切り――――。


 同じ単語が、頭の中で絶えずリフレインし続けている。


 しばらく森の中を散策していると、木陰で剣の素振りをしている袴をはいた侍風の、髪が白いから多分白猫の男の人を見つけて声をかけた。


「あのぅ。そこの白猫のお侍さん。ちょっといいですかぁ?」


 やばい。思わず発情期の猫みたいな上ずった声になってしまった。

 白猫の侍は手を止めると、わたしに目を向けた。


「はて、なんでござるか?」

「わたしと、ちょっとバトルしてくれませんか?」


 わたしがそう頼むと、白猫の侍は「ふむ」と穏やかな顔で顎を触って思案する。侍には向かなそうな、優しそうな猫だ。


「バトルというと、決闘の事でござるな。しかし、何ゆえでござる?」


 わたしは新しく剣を買ったので、とにかく使ってみたいという旨を正直に伝えた。すると、白猫の侍は微笑みを携えて深く頷いた。


「ふむ、その気持ち。わかるでござるよ。武士なればこそ、新品の刀を買ったら早く血を吸わせてやりたいと思うものでござろう」


 いや、別にそこまでは言ってないけど。っていうかわたしは武士じゃないし。

 白猫の侍はうんうんと思案するように頷くと、


「よろしい。拙者でよければお相手申す」

「ほんとうにっ。ありがとう!」


 わたしが頭を下げると、白猫の侍はシュッと露を払うように、剣を袈裟に振り下げ中断へと構える。わたしも慌てて、猫村正を鞘から抜くと前に構えた。


「決闘の前は名を名乗るが礼儀、拙者、雪之丞〈ゆきのじょう〉と申す」

「あー、ルナです」


 一応名乗り返すが、別に名前に興味はないので左猫耳から右猫耳へと受け流す。多分それは向こうも同じ事だろう。


「ふっ、俺に決闘を挑んでくるとは愚かな奴め。この西表山猫流〈いりおもてやまねこりゅう〉剣術奥義、ニャンクルナイ斬でズタズタにしてくれるわ」


「あのー、何か言いましたか?」

「なんでもないでござるよ。それでは始めるでござる」


 そう言うと、彼はにっこりと笑顔で微笑み、駿足で間合いを詰めてきた。

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