第5話 勧誘の電話にご用心
「は?」
思わず、拍子抜けした声を出してしまった。
『どんな怪我でも、回復魔法で一発回復! いまなら新規ご契約得点として最上最高位の回復魔法ウルトラスーパーライトヒールが待ち時間〈ウェイトタイム〉なし、即時発動で無料で一回使えるキャンペーンを実施中ですよ』
これは、飼い主さまがいつも愚痴っている勧誘の電話っていうやつなんじゃ。飼い主さまはいつも勧誘の電話を即切りしていた。話を聞いても時間の無駄だからって。でも……。
「あの、どんな怪我でも回復魔法を使えば治るんですか?」
わたしは食いつかざるを得なかった。
『おっ、回復魔法に興味がおありですね。そうですねー。怪我の度合いにもよりますが、最上位の回復魔法なら切り傷、裂傷、貫通傷、火傷に凍傷、内臓破裂から毒、麻痺、魅了、幻覚症状といった状態異常まで大体なんでも治りますねー』
「本当に!」
やった、ミケを治してあげられるかもしれない。
『そうですねー。現在ご契約している回復魔法会社の方はありますか?』
「え……。ちょっとわからないです」
『わからない? 失礼ですがご本人様ですか?』
「あ、その。わたしは……。今は、本人は大変な事になってて、それで電話が鳴ったから出たんですけど……」
コミュ障バリバリの拙い受け答えになってしまった。
『ああ、じゃあパーティの方ですか? パーティの方でも代理で契約していただくことは可能ですよ』
「あの、それもよくわからなくて。何分まだ来たばかりなので。一緒に行動してるのがパーティっていうなら、多分そうだと思うんですけど……」
『えーと。あなた様御自身のニャルラトフォンはお持ちですか?』
は? 何それ?
「いや、持ってないと思いますけど……」
『持ってない。じゃあ、まだ英雄ショップにも行ってないような感じですねー。わかりました。こちらの方で直接入植管理局に連絡してみますので、申し訳ありませんが、御自身さまのお名前とあなた様のお名前を聞かせてしてもらってもよろしいでしょうか?』
「御自身さまはミケで、わたしはルナです」
『わかりましたー。では調べて参りますので少々そのままでお待ちください』
そう言うと、女性の声が受話器から消えて、代わりにピロピロピロリーンという軽快な音楽が聞こえてくる。わたしは焦りながら、電話の画面とミケを交互に見ながら、早く早くと心の中で何度も念じる。
早くしてくれないと、間に合わなくなっちゃうよ!
『お待たせしました。入植管理局に確認した所、どうやらお二人はパーティのようですね。ニャルラトフォン入手前にパーティ登録されているという事は、お二人は人界〈ヒューマガルド〉でもお友達だったのでしょうか?』
「ひゅーま……がるど?」
『あなたが元いた人間の世界の事です』
ああ、そういう事か。
「友達っていうか……、一緒に住んでて……」
『一緒に住んでいた。ご結婚なされてるんですか?』
「結婚っ?! ちっ、ちが……。ミケは飼い主さまが飼っていた先住猫で……」
わたわたと受け答えしていると、電話口の女性は落ち着いてくださいと丁寧な口調で言った。
『飼い主という事は家猫同士だったんですね。確かに、パーティであってもおかしくない間柄のようです。そういう事ならば、代理で御契約していただく事が可能ですよ』
「本当ですかっ」
よかった。
『それで、やっぱり御本人さまとは連絡つかない感じですかね?』
「死にかけてるんです!」
『あー、死にかけちゃってる感じですかー。それは大変ですねぇ。ぜひとも当社の回復魔法を御利用していただきたいですぅ。それで契約の方なんですけどー』
相手の説明にはい、はい。と頷く。
『はい、ありがとうございます。それで、御本人さまが他の回復魔法会社と契約している場合ですが、こちらで勝手に破棄してしまってよろしいですか?』
「はい、いいです!」
『次に、御契約プランなんですけど。現在Aプラン、Bプラン、Cプランとございまして。当方のおすすめと致しましては、Cプランがおすすめですね。こちら基本料金はお高めなんですけれども、定額で下位の回復魔法が使い放題となっておりまして、初心者さまにはとてもおすすめのプランとなっております。さらにオプションと致しまして、エフェクト増加サービスというものもやっておりまして、こちらも一緒に御契約していただきますと、エフェクトが豪華になりますが。どうしますか?』
「それでいいです!」
『それ以外にも音がゴージャスになるエフェクトとかもありますが。それもアリという事で?』
「はい。いいです!」
『では、プランCでエフェクト全部乗せという事で』
「いいって言ってるでしょ! 早くしてよ!」
早くしないとミケが死んじゃうでしょうが!
『はい、御契約ありがとうございます。では、この電話が切れた後、最上最高位の回復魔法ウルトラスーパーライトヒールをメールでお送りいたしますので、ぜひぜひお試しくださいませー』
そう言うと、電話が切れた。そして、しばらくしてメールの着信音が鳴った、
「きたー、回復魔法きたー」
わたしは慌てて、メールの受信画面を開く。
なんか沢山画面にボタンがあるけど、どれだろう。まあ、いいや全部おしちゃえ。
携帯電話の画面が眩しく発光する。画面には、ウルトラスーパーライトヒール発動準備の文字。わたしはそのボタンを勢いよく押す。
「さあ、わたしに神の奇跡をみせて。ウルトラスーパーライトヒール!」
いや、多分口に出さなくても発動すると思うけど、一応ね。
わたしが回復魔法を発動すると、ミケの体が光に包まれて、フワリと浮き上がる。それに合わせて辺りが薄暗くなっていく。
空から一条の光が降りてきたと思ったら、どこからともなく管弦楽の音色が流れてきた。
光芒の中には何人もの天使がいて、それらがヴァイオリンで奏でているのだ。
いや、ヴァイオリンだけではないヴィオラ、チェロ、ホルン、ティンパニーといったオーケストラの楽器をそれぞれが持っていて、彼らは浮き上がったミケの体を中心にオーケストラを作ってしまった。
天使のオーケストラが奏でる荘厳なクラシック音楽に乗せて、男女ペアになった天使が前に出てきて恋愛をテーマにしたオペラ劇を始める。
男は女を抱き、よく通るテノールで高らかに愛を歌い上げていった。
っていうか演出長すぎ。まだ、回復しないのかよ!
無駄に長いエフェクト演出が終わってから、ミケの体が降りてくる。
わたしは駆け寄ると、安堵する。
ミケの傷は、完全に塞がっていた。
「はぁ、よかった……」
わたしは、その場にヘナヘナと座り込んだ。
もう、なんか色々疲れてしまった。ある意味、怪物との戦いよりも疲れたかもしれないよ。
わたしが額の汗を拭っていると、程なくしてミケが目を覚ました。
「俺は一体――? どうして生きてる?」
「わたしが回復魔法で治してあげたのよ」
わたしがドヤっと、ミケに向けて携帯電話の画面を向ける。
いつも飼い主さまに向けているみたいな、褒めて褒めてオーラを纏いながら感謝の言葉を待つ。
「回復魔法?」
しかし、ミケはわたしの手から無造作に電話を取り上げると、端末を弄くりながらぶつぶつと、
「あー、お前、勝手にクソ高い回復魔法会社と契約しただろ。あーあー、こんなにいらないオプション山ほど付けやがって、解除するのも結構めんどくさいんだよなぁ」
そう言いながら、携帯電話の画面をしきりに操作し続けている。
食い入るように画面ばかりを見つめるミケに、わたしはポカンと見つめる。それからワナワナと体震える。
「ねえ、わたしに言うことあるんじゃないの?」
「お前、契約する時はもっとよく考えないと駄目だぞ? お前みたいな奴がオレオレ詐欺に簡単に引っ掛かったりするんだよ。全くこれだから家猫は」
「わたしが……」
「お前、なんで泣いてんだよ?」
ミケがぎょっとした顔をしてわたしを見てる。多分、わたしの目から大粒の涙が零れて止まらないからだ。
「わたしがどれだけ……心配したと思ってるの。ミケが死んじゃうと思ったから、わたし必死で……。なのに文句ばっかり。……やな奴。やな奴だよ!」
わたしは座り込むと、わんわんと泣いた。
「……悪い、ありがと、助かったよ」
そう言うと、わたしの頭にミケが手を置いた。
「最初から言え。馬鹿」
わたしは赤くはれ上がった目で、ミケを睨みつけた。
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