第3話 黄昏が運ぶ種子

 木の根を絡みあげたような異様な風貌、それでいて生物である事は疑う余地のない生々しさを有す。


形容し難き異形は厄災を体に纏い惨禍を撒き散らさんと大きく吼えた。


「―――――――ッ!!!!」


 何を言っているのか、聞き取ることは出来ない。

しかし、それは生きとし生けるものに死を想像させるに十分な恐怖と狂気をはらんでいた。


「なっ……」


 ミケが絶句する。当然だ。ずっと室内で猫をやってきて、生存本能がなまくら刀よりも鈍りまくっているわたしですら、悲鳴を上げることすら出来なかったんだから。


「強襲型A級MTTB……だと。今はこんな奴が街の近くに出るってのか……」

「ミケ。あれがMTTBなの?」


 ミケはわたしの質問には答えずに、わたしを庇うように一歩前に出ると剣を抜いた。


「ルナは下がってろ! アレは素人が相手をしていいようなモノじゃない!」

「う、うん」


 わたしは言われた通りに、離れるしかなかった。

 確かに、あんなのわたしにどうにかできるわけがない。


 MTTBの筋肉を形成していた木の根が解れ、無数の触手となった。まるでタコの足のようにそれらが蠢いている。一瞬ピタリと動きが止まる。


 次の刹那一斉に触手がミケに向けて打ち出された。


 ガィンという鈍い音が連続して響く。


 ミケは向かってきた触手を一本一本驚異的な剣速と精密な剣さばきで打ち落としていく。


 剣舞という程、優雅なものではなく。むしろ剣闘士のような無骨な素振りながらもそのスピードは目を見張るものがあり、打ちもらしはない所か、むしろ、わたしの目にはミケの剣の方が押しているかのように見えた。


 もっとも、わたしは怖くてあまり直視することは出来てなかったんだけど。


 一進一退の攻防、その中でも一瞬の隙というものは生まれるものらしい。


 MTTBが触手の何本かをミケに向けるのを止めた。違う攻撃に切り替えようとしているのだ。


 長く続いた膠着状態に先にしびれを切らしたのはMTTBの方だった。ミケへの攻撃から外れた触手は、絡み合いながら形状をドリルのように変えた。


「――――――!!!!」


 咆哮。

 しかし、それは攻撃への気合ではなかった。


 それは、痛みによる絶叫。

 MTTBの体に一太刀、大きな傷跡が出来ていた。


 MTTBが攻撃をドリルに切り替えようと、ミケの攻撃を緩めた刹那、ミケの剣が煌き、大きく切り落とすと剣線が一太刀の暴風となって全ての触手とMTTB本体の体を抉り取ったのだ。


 いわゆる必殺技というやつだろうか。

 ミケは、ずっと必殺技を決める必殺の間合いを計っていたのだ。


「すごい……」


 思わずわたしは声を漏らしていた。


 っていうか、わたしもミケと同じ立場なんだから、練習すれば同じ事が出来るって事じゃないの。


 すごいすごい。

 なんか、すごいわくわくしてきちゃった。

 もうわたしに恐怖は全くなくて、ミーハーな野次馬となっていた。


「ミケ頑張れー!」


 なんて声をかける余裕すらある。

 ミケが声援に応えるようにこちらを見た気がした。

 その時、わたしたちは気がついていなかった。


 必殺の間合いを計っていたのは、何もミケだけではなかったという事に。


 斬撃によって抉られた傷跡の中心部に、およそ直径十センチ程度の光の円が現れる。


 それはMTTBの体を抉りとりながら、その背後より直進してきたのだ。そして、その閃光は今、最後の皮膜を食い破り表に出ようとしていた。


 すべては、この瞬間の為に仕込まれていた罠だったのだ。MTTBはおよそ百メートル離れた場所に地中で根と繋がっている自らの一部を待機させていた。


 銃口のような形をした自らの一部を。当然、こちらからそれは見えない。

 MTTBは常に自分と相手が共にその銃口の射線上に入り続けるように立ち回り続けていたのだ。


 そして百メートル先からのビーム放射を必殺の技と決め、好機がくれば自分もろとも打ち抜く。それがMTTBの狙いだった。


 完全な死角からの攻撃。


 トドメを刺そうと間合いを詰めジャンプ切りを決めようと空中で剣を振りかぶっていたミケに、不意にMTTBの体を食い破って現れたこのビーム攻撃を回避する術はなかった。


 閃光はミケのわき腹に直撃、肉を抉り突き抜けていった。


「あ……っ」


 吹き飛ばされ、赤い血液を撒き散らしながら転がるミケの体をわたしは呆然と見つめていた。


 MTTBが体を微細に振動させながらも、動く。


 それはそうだ、ミケにとっては致命の一撃でも、巨大なMTTBにとって直径十センチ程度の穴なんて致命傷になるはずもない。ミケにトドメを刺すべくにじり寄ってくる。


「ル……ナ、に……げ……ろ」


 掠れるようなミケの声が聞こえる。

 勝てるわけがない。わたしじゃ勝負にすらならない。

 逃げた方がいいに決まってる。


 そう頭ではわかってるはずなのに、わたしの体は全く逆の行動を起こしていた。


「ば……か、なに……して……んだ」


 ミケが顔を歪めている言っているだろう声が背後から聞こえる。


 わたしは、ミケが手放した剣を取り、ミケとMTTBの間に割って入っていった。

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