第6話 吊るされた男

「須賀沼が見つかったってのは本当なんですか」

「はい」

「どこで」

「今日は随分と落ち着いてらっしゃるんですね。御堂さん」

「どういう意味ですか」

「いえ、以前は須賀沼理士のことをすぐにでも見つけ出したいご様子でしたから」

「何が言いたいんですか! 須賀沼はどこで見つかったんだ!」

「どこに"居たんだ"ではなくてですか? 須賀沼理士は遺体となって県境付近の山中で発見されました。既に白骨化しており、死因の特定は今警察が行っている最中ですが、あなた、須賀沼さんが既に亡くなっていたことをご存知だったのではないですか」

「なんだと? 憶測でものを言うな」

「あなたは、お姉さんの事件をずっと須賀沼がやったものだと決めつけてこられました。僕には頑ななあなたの態度が気になった。あなた、お姉さんから須賀沼さんの家庭内暴力について相談されたと仰いましたね」

「そうだよ。僕は姉からずっと聞いてたんだ。奴は姉さんが抵抗しないのをいいことに毎日、毎日」

「いつご相談を受けたのですか」

「それは姉が亡くなるひと月ほど前に」

「これはお姉さんの通院記録です。ミサキさんは妊娠中でした。ミサキさんは勤務先の進学塾でとある生徒との間に問題を抱えており、そのストレスなどもあってか体調を崩した彼女は事件の三日前まで一ヶ月間入院されておりました。その間、彼女の見舞いに訪れたのは夫である須賀沼さんと同僚の講師だけであなたが来院した記録はありませんでした。御堂さん、どこで、何を聞いたんでしょうか」

「二ヶ月前だったかもしれない。そうだ! 姉さんを殺したのは奴なんだ!」

「話が飛躍しています。あなたの証言が曖昧なものであるなら須賀沼さんが暴力を働いたというのも信憑性に欠けます。この手帳はご存知ですか? 須賀沼さんが生前、ご実家に保管していたものです。ここには事件について彼自身が直接調べあげた内容が記されている。あなたが須賀沼さんの犯行を確信するのとは逆に須賀沼さんはあなたのことも疑っていた。幼少から随分と仲の良いご姉弟であったことは近隣の方々も仰っていました。ただ些かいきすぎた愛情というのも感じ取れたと。あなた達がまだ十代の頃、お姉さんに付き纏っていた男子生徒をあなたは殴ったそうですね。その生徒は全治二ヶ月の重傷を負った。彼にも話を聞きました。当時のあなたに対してただならぬ殺意のようなものを覚えたと仰っていました。あなたはお姉さんへの愛情から少々やりすぎるところがあった。それはお姉さんご本人も感じていたことでしょう。だからあなたに入院した事実を伏せた。須賀沼さんの手帳にもそのことは書いてありました。結婚してからのミサキさんは極力あなたとの接触を持たないようにしていた。須賀沼さんとのことを快く思っていないあなたに対して夫に危害が及ぶことを懸念したのだと思います」

「いい加減にしろ! 姉さんを殺したのも僕だって言いたいのか!」

「いえ、そうは言ってません。須賀沼も結果的にはあなたを容疑者から外しています。ですがあなたは今、姉さんも、と言いましたね」

「ッッ!」

「須賀沼は数々の調べからあなたが犯人ではないことを確信し、真犯人を突き止めるためにやむなく協力を求めたんじゃないですか? あなたと同じか、それ以上に彼はミサキさんのことを愛していた。だから警察も信用せずに自分の手で真犯人を突き止めるべく奔走した。あなたが彼に対して抱いた感情とは違った方向で彼もまた復讐を望んだ。あなたはそんな彼の思いに触れたはずです。だが聞き入れなかった。手を取りあえば真実に辿り着いたかもしれないのに、あなたは自らの傲慢な考えを信じ込んだのです! そしてあなたは」

「ちがう! ちがうちがうちがう! 姉さんは奴が! 僕は何も間違ってなんか! 僕が正しいんだ! 僕だけが  え? 姉さん?」

「御堂?」

「姉さん! 来てくれたんだね!」

「マズい、止せ御堂! 耳を傾けるな!」

「ちがうよ姉さん! 僕は姉さんの仇を討ったんだ! ッ! 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いやめて痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!」

「くそッ! アキ!」

「だめよ 間に合わない」

 宙に浮かんだ御堂の身体は風船が割れるような音を鳴らした。次の瞬間にはまるで皮膚が反転したかのように剥き出しになった肉質から血が飛び散った。凄惨な光景に芹川は気を失ってしまう。御堂だった肉体はそのまま逆さ吊りのような状態となり、宙に浮いたまま静止していた。

「御堂ミサキだな」

「タッタヒトリノオトウト シンジタカッタ」

「ここはもうあなたの居るべき場所ではない」

「サトシ サトシ サトシ サトシ」

「須賀沼さんももういないんだ! 頼む! これ以上苦しむな!」

「Bチャン Bチャンビィイイイイチャンンンンッッッッッッッッッッッッッッッ」

「鮠眉さん! これって、これって」

「アキ!」

「いいの? 彼女を救えないわよ 一生呪いのまま」

「やむを得ん! 二人を守る」

「そう。やはりあなたは未熟。でも好きよチカゲ」


「B ッB バベバB Bビビビィイイイイバボァァ美bBビィbbビィイイイイチャァァァァァァッッッッッッッッッッ」

「醜い お前のような醜い者とわたしでは込めた呪詛の厚みがちがう 消えなさい さよなら」

 写路燁子の周囲から黒い何かが発生し、室内を覆い尽くした。御堂ミサキの呻きは次第に遠のき、鮠眉達が視界を取り戻す頃には御堂京の姿ごと異形は消え去っていた。

「鮠眉さん、俺たち助かったんですか」

「ああ、なんとかな」

「芹川! 大丈夫か芹川!」

「ッッ!」

「……ウウ、よかった……」

「泣くな」



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