第5話 手帳

 気がつくとベッドの上。辺りには薬品のような香り。そこが病院であると察しがつく。鮠眉は檜山と目が合った。青年は今にも泣き出しそうな顔で「よかった」と安堵した。早速、須賀沼邸での出来事を語り始めた鮠眉に二人は困惑するも呪いの実在を鮠眉の姿を前にして認めるしかなかった。そして須賀沼邸から持ち帰った手帳についての話題へと変わる。


「そこに書かれたことから察するに須賀沼の御堂ミサキ殺害容疑は考えにくくなった」

「確かに、コレってミサキさんの事件について独自に調べた内容が書かれたノートですよね。でもこの手帳自体は須賀沼の物なんでしょうか」

「無論断定は出来ない。ただそれをしまっていた机には強い呪いがかかっていた。執念というような気配だ。そのことからも須賀沼の私物と僕は判断する」

「しかし字が汚ねえ野郎ですね。ほとんど読めねえ」

「ただ須賀沼も"生徒B"にたどり着いた形跡が記されている」

「B……イニシャルでしょうか?」

「そこまではわからない。当時の御堂ミサキが担当した塾生の名簿でもあれば」

「わかりました。私が再度聴き込んでみます。塾の職員の方々も協力的でしたのでもしかしたら見せてもらえるかも」

「わかった。頼むよ芹川くん。それと須賀沼についてだが……彼はおそらくもう亡くなっている」

「どういうことですか?」

「この手帳を封じていた呪いに触れた時、そう感じた」

「事件の真相にたどり着いて口封じされた、とかでしょうか」

「そこまでは。ただあれは生きた人間の執念ではない。その片鱗を辿れば、今須賀沼がどこに在るのかが掴めるかもしれない。負傷と引き換えに呪いを僕自身に取り込んだ。もう少し回復したら追ってみようと思う」

「それって大丈夫なんすか! 無茶はしないって約束でしょ!」

「檜山、もう少しなんだ。これは警察が手を出せない理由だ。我々だからこそ出来る手段でやるしかない」

「檜山くん、ここまで来たら私たちも付き合いましょう」

「……」

「檜山、お前たちのことは必ず守る。だから」

「そうじゃないんですよ。俺は鮠眉さんに無茶しないでほしいんです。俺だって、もうあんな思いしたくないから」

「檜山……」

「先生、私、先生が倒れている間にもう一度御堂家について調べたことがあるんです」

「何かわかったのか」

「あそこの姉弟は昔からかなり仲が良いと評判だったのですが、御堂京が高校時代に起こした暴力事件がキッカケでそれからその関係性にも異変が出始めたみたいで、だとするとその手帳に書かれた御堂の部分とも辻褄が合う部分もあるんじゃないかって」

「暴力事件か。御堂のことも調べてみよう。檜山、頼めるか」

「……ったく。都合よく使うんだから。あーもう! わかりましたッ任せてください!」


 須賀沼のものと思しき手帳には所々読み取れない部分があったものの、手帳の主は「生徒B」と呼ばれる人物に目星をつけていた。その身元を割り出すべく芹川は再度、御堂ミサキの勤務先を訪ねる。名簿は確認できたもののリスト内にBと判断できる人物はいなかった。そのリストを元に芹川と檜山は当人達の現在を追ったが怪しい人物には辿り着けなかった。檜山は御堂京の起こした暴力事件について、当時の被害者から証言を得るも、それが決定的な何かとは言えず、残された手段として鮠眉達は宿した呪いを手がかりに須賀沼の所在を掴むことを急いだ。


「チカゲ、あなたはどうしてそんなに頑張るの。死んだ人間のことなんて、ましてやあなたとはなんの関わりもなかった者でしょう」

「だが関わった。不遇の死を遂げた者がまだ未練を持つなら、僕に出来ることをする。キミが暴走した時のように、それが些細な繋がりであっても一度交わりを持てば被害は拡大する。僕には二人を巻き込んだ責任もある。もう嫌なんだ。知った人間を失うのは」

「チカゲ、その者の死はその者の宿命よ。あなたみたいなちっぽけな存在が足掻いてどう出来るものでもないはず」

「そうかもしれない。だが僕は力を持った。かつて父がなぜ必死だったのか今ならわかる。その時からの後悔があるんだ。塔雨くんも救えたはずなんだ……今やれることを僕はやる」

「そう。あなたがその道を進むなら、わたしはいずれあなたと相対することになる。でも今はまだ協力してあげるわ。元恋人のよしみでね」

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