第二話
その夜――自室にて。
座して時を待っていた
もしや己は担がれたのではないか……と。
背筋を伸ばし、握った拳は脚の付け根に揃え置き、ただ静かに座していれば、様々な事柄が脳裏を過ぎっていた。
歳の頃は二十代も半ば。美丈夫とまでは行かないまでも、誠実さが前面に押し出されているかのように整った顔立ちに引き締まった体躯。
そして今、形のいい太めの眉は気難しげに寄せられて、眉間に深い溝が生まれていた。
悩んでいたのだ。思い出していたのだ。疑っていたのだ。
果たして己は、本当に光を取り戻せているのだろうか?――と。
事の起こりは一月程前のことだった。
町の警護を預かる
狙われるのは役人や高利貸し、卸問屋など、何かしらの権力を有している者や裕福な人々。
瓦版屋によって瞬く間にその存在を広められたなら、町民たちは口々に不安や興味を囁き合い、該当しそうな人々は、腕に覚えのある用心棒を雇い入れ、物々しい雰囲気になっていた。
そんな中で、ほぼ連日のように被害者は出た。
『町を守るはずの戍狩は何をしている!』
次は自分だと戦々恐々とした人々は、恐怖を怒りへ変換し、八つ当たりの如く陰で戍狩を責め立てた。
勿論。戍狩である雨験たちだって遊んでいたわけではない。悔しくないわけではない。
見回りも増やした。夜間に不用意に出歩かないように忠告もした。
何故か被害を免れた生き証人である丁稚の子供たちに、人相書きを作る依頼もした。
そして浮かび上がったのは、三十路も後半のやや長めのザンバラ髪の男だった。
表情だけ見れば、優男と言っても過言ではない。とても強そうには見えない男だった。
だが、時は夜。提灯一つでどれだけ相手の顔が見えるか分かったものではない。
ましてや、突如凶刃を抜いて襲い掛かって来るような場面に出くわして、冷静に相手の顔を見られる訳がない。
雨験たち戍狩は、あまり人相書きを信用していなかった。
何分、子供の言うことだと真に受けなかったのだ。
そもそも、どうして信じられようか。
相手が全く眼を開けずに斬り殺していたと言う話を。
眼の見えぬ者が、如何にして標的を見定め、獲物を一刀両断出来ると言うのか。
見えていても相手は動く。死にたくないと逃げ惑う。結果、仕損じることもあると言うのに、眼が見えない状態で、どうして追い縋り、命を取ることが出来ようか。
故に、雨験たち戍狩は相手の眼が見えないとは初めから思ってなどいなかった。
ただ、一日一日が過ぎるたびに被害者は増えて行った。
それは同時に、雨験たち戍狩の悔しさや怒りも嵩ますことに貢献していた。
町の地図を広げ、被害者の状況を書き入れ、何か犯行の法則や共通項はないのかと、徹底的に調べ上げ、おそらく次に人斬りが現われるであろうと思われる場所を三箇所までに絞り込んだその夜。雨験は討伐隊の一つに入り、人斬りを捜して町を巡回していた。
パラパラと雨が落ちる夜だった。怒りに血が上った頭を冷やすかのように、冷たくも優しく落ちる雨が、雨除けの笠の上で軽妙な音を立て、ゆっくりゆっくりと地面を濡らし、じわりじわりと足場を泥濘へと塗り替えようとしている中で、町の酒場は相も変わらず賑わっていた。
背中に縄の絡まりついた刀が白抜きで記された、深緑色の着物に袴。腰には二振りの刀を差し、袖に隠れて見えない腕から手の甲までを覆う深紅の手甲という出で立ちで、雨験は仲間四人と肌寒い町中を巡回していた。
「……ったく。のん気なもんだな」
仲間の一人が、恨めしそうに酒場から聞こえて来る笑い声に向かって悪態を吐いていた。
「庶民が狙われているわけではないからな」
仲間の一人が苦笑交じりに嘆息し、
「この件が終わったらパーッと俺たちも飲もう!」
やけっぱちのようにもう一人が提案したなら、他の二人も「そうしよう。そうしよう」と頷いたときだった。
夜も深まれば賑わうのは酒場だけ。他の店はと言えば戸締りも完了し、明かりさえ消して静まり返っているその通り。月でも出ていればまだそれなりに夜目も利くだろうが、生憎と雨雲が月を隠し、頼りになるのは手元の提灯の明かりのみ。
故に、雨験たちは初め気が付かなかった。
そいつが、そこに、いることに。
「――戍狩……藤堂冴信(とうどうさえのぶ)は……いるか」
突如、前方の闇から低い問い掛けの声が生まれたなら、雨験たち四人は即座に抜刀し、闇に向かって構えていた。右手に刀。左手に提灯を持ち、
「何者だ!」
鋭い誰何の声を上げる。
一瞬にして全身の毛が総毛立つほどの緊張感を雨験は感じていた。
位置的に、雨験ともう一人が最前列。その斜め後ろにそれぞれ一人ずつ『く』の形を取るように並び、前方の闇を警戒する。
ピチャリ……ピチャリ……と、何者かが濡れた地面を歩いて来る音だけが耳を打つ。
雨験は一刻も早くその姿を見んと、提灯の明かりを前方へ向けた。
幸いと言って良いのかどうか。雨足は強くなる気配はないものの、当然のことながら滴る雨の中では提灯の明かりが照らせる範囲などたかが知れている。
明かりの中に姿を見つけたときには、既に相手の間合いに入っていると言う事になるのだが、そいつは、けして明かりの中に入って来ることはなかった。
足音がやんでいた。
提灯の明かりの届かないところで足を止め、そいつは再び問いを発した。
「……藤堂冴信は、いるか?」
「おらん!」
仲間の一人が怒鳴りつけるように答えた。
「……偽りは、ないか」
男が念を押して来た。
「ない!」
仲間の一人が叩きつけるように言葉を返せば、
「……ならば、用はない」
闇の奥で、男の気配が翻ったのが分かった。
「待て!」
今ここで逃がすわけにはいかない!
雨験は反射的に追い駆けていた。背後で自分の名前を呼ぶ仲間の声が上がっていたが、このときの雨験の耳には何一つ聞こえてはいなかった。
雨験の頭の中にあるのは、眼の前にいるはずの男を捕らえること。
毎夜毎夜のように人を殺し、嘲笑うかのようにその姿を眩まして来た男。
日を重ねるごとに、不満と怒りを向けられて来た戍狩と言う名の誇りある仕事。
遊んでいるわけではない! と怒鳴り返せるわけもなく。
だったら貴様らも協力しろ! と責任転嫁が出来るわけでもなく。
常に苛立ちを募らせる日々だった。
いや。まだ直接陰で自分が罵られている分には我慢も出来たのだ。
ただ、住人の怒りの矛先は、戍狩の身内にまで及んでいた。
妻や子が、両親たちが、どれだけ肩身の狭い思いをしただろうか?
何もそれは雨験の家族だけに向けられたものではない。
多かれ少なかれ、戍狩たちは――その家族は、住人たちに怒りの矛先を向けられていた。
だが、雨験の妻は出来た妻だった。
『皆さんはただただ、不安なのですよ。今はまだ、お金持ちばかりが狙われていますが、いつ標的が自分たちになるか分かりませんから。怒りを向けられると言うことは、それだけ期待されているということです。初めから期待をされていない人には怒りすら覚えませんから。
ですから頑張って下さい。嫌味を言われている内が華ですよ』
そう言って、何でもないかのように流して笑う妻に、雨験は頭を下げて詫びることしか出来なかった。
戍狩の中では、『早く下手人上げてもらわないと、周りに嫌味言われるのはこっちなんですからね』と、身内にまで責められて参っている者もいるほどなのだ。
そこまでの影響を与えた人斬りが。それまで捜し続けていた人斬りが、今、眼の前にいるというのに、それを黙って見逃すことなど雨験には出来なかった。
雨験は駆けた。足場の悪さと、視界の利かない現状に怒りを募らせながら、戍狩を嘲笑うかのように犯行を繰り返す人斬りを捕らえるために。
ただ夢中だった。ただ目指していた。明かりの中にチラリと捕らえた、その足元の上に人斬りの体があると信じて。
ようやく捕らえた足を明かりの中から出してはいけない!
ただそれだけに囚われて、追い駆けて――
だから、次の瞬間、
「!!」
雨験は明かりの中で、人斬りの足が反転したのを捉えて眼を瞠った。
明かりの中に、一歩踏み込む人斬りの足が見えた。
風を切り裂く気配を感じた。
雨験は本能のままに身を引いていた。
だが、その一刀は確かに雨験を捕らえていた。
両目の上を、何か冷たい物が通り過ぎたと思った刹那、激痛は……灼熱の痛みは、すぐに雨験を襲い――
「が、ぁああああああああああああああああっ!」
眼を斬られたと思う間もなく、雨験はこの世の終わりのような絶叫を上げていた。
刀も提灯も放り投げ、バシャリと濡れた地面に膝を付き、両手で顔を押さえる。
冷たい雨粒よりも熱い血潮が両手に溢れ、滴り落ちる。
両目が熱を持ち、体の芯が凍えていた。
(斬られた! 斬られてしまった! 俺の目が! 俺の両目が!)
視界を奪われた恐怖が、容赦なく雨験を襲った。
自分の悲鳴すら自分で上げているものだと認識出来なかった雨験の耳に、低い男の声が直接差し込まれるかのように入り込んで来たのはそのとき。
男は……人斬りは言っていた。
「……命までは取らぬ。そなたは『良い人間』だ」
「ふざけるな!」
と、雨験は言ったつもりだった。
だが実際は、ただの唸り声でしかなかった。
「雨験! 大丈夫か、雨験!」
背後から仲間の声が聞こえて来ると同時に、眼の前にいたはずの人斬りの気配が遠ざかる。
(ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! 何が『良い人間』だ。何が命まで取らぬだ!
両目を奪われて、これからどうやって生きろと言うのだ! いっそ殺しておけば良かっただろうが!)
灼熱の痛みは、身を焦がすほどの怒りへと塗り替えられていた。
呪い殺さんばかりの憎しみが冷静な心を食らい尽し、明確な殺意が雨験の口から咆哮と化して雨に濡れる夜の町に木霊した。
◆◇◆◇◆
それが、雨験が『希少種屋』を訪ねる十日ほど前のことだった。
まだこのとき、雨験は『希少種屋』なる怪しげな店の名前など全く知らなかった。
そもそも、その時点で雨験は、ほぼ放心状態だった。
人斬りの男が言ったとおり、雨験の命には何ら別状はなかった。
ただし、その眼は二度と光を取り戻すことはないと、宣告されてしまった。
その衝撃たるや、生きながらに殺されたも同然だった。
眼が見えずして、いかに戍狩の仕事を行えと言うのだろう?
慣れ親しんだはずの家の中ですら満足に動き回れない状況で、一人でまともに食事も取れない状態で、仕事の心配をしても始まらないと言うのに。
雨験はただぼんやりと、白とも黒とも付かない不可思議な色彩の中で考えていた。
自分はこれからどう家族を養って行けばいいのだろうかと。
眼が見えない侍など侍にあらず。子供にだって勝てる訳がない。
だとすれば、職を辞するのは当然の流れ。
だとしたら、どこから禄を貰うのだ?
確かに、職務の中で負傷したため、手当ては出る。
だが、ずっと出るわけではない。ましてや、働いていたときと同じ金額が支給されるわけではない。
元より余裕などなく、随分辛抱してもらっていたと言うのに、これまで以上に貧しい思いをさせるのかと思うと、雨験は己が不甲斐なく情けなくて、滂沱の涙を流していた。
腹立たしくて腹立たしくて、気が狂いそうになった。
その度に、雨験の妻はただ傍にいて、子供を宥めるように背中を擦り、『大丈夫です』と何度も何度も言い聞かせていた。
だが、妻が大丈夫だと呟く度に、雨験は己の無能さを実感せずにはいられなかった。
いっそ死んだ方がましだと何度思ったか分からない。
一度などは本当に死を決意して刀を手にしたこともあったが、直前で見舞いに来た仲間に取り押さえられ、あえなく失敗した。結果、雨験の手の届くところにあった刃物類が全て隠されてしまった。
死ぬことも出来ず、養うことも出来ず、生きていてくれるだけでいいのだと言われる度に後ろめたさと申し訳なさを感じ、家族の荷物になっていることを耐え続けなければならないのかと絶望し、何も見えない不可思議な色の世界で時の流れすら満足に捉えられなかった雨験は、ある雨の日、唐突に決意した。
雷が時折落ちる、激しい雨の日だった。
その雨音たるや、近くにいても大声を張らねばならぬほど。
普段であれば、襖を開ける音や、廊下を歩く音で移動が知られてしまうところだが、この雨音では音を拾うことすら不可能だと判断した雨験は、その日、着の身着のまま素足で庭に出た。
瞬時にして全身がずぶ濡れになった。打ち付ける大粒の雨が、容赦なく頭からつま先までを包み込む。
そんな中、雨験は一歩一歩慎重に足を進めた。
裸足の足から伝わる泥濘が、まだ小さかった頃のことを思い出させた。
何とも言えない泥の感触が楽しくて仕方がなかったことを思い出す。
口元に薄っすらと笑みすら浮かべて、雨験は何かに躓くことなく庭を横切り、家の敷地を後にした。
視界を閉ざしたせいか、やけに雨音が大きく聞こえていた。
ザアザア叩き付けるように降る雨が、問答無用に雨験の体温を奪って行く。
それでも雨験は足を止めなかった。
ふらりふらりと幽鬼の如く、雨に白ける道を歩いて行く。
だが、特に雨験には目的があったわけではなかった。ただ、どこかへ行きたかったのだ。
逃げたかったのだ。今の自分から。今置かれている現状から。
悪いもの全てを雨が洗い流してくれるのではないかと思ったわけではない。
周囲に自分の動きを悟られない絶好のときだと思っただけだった。
事実。誰も雨験を追い駆けては来なかった。
これだけの雨脚の中、用もないのに出歩く者もそうはいまい。
仮にいたとしても、笠を目深に被り、足早に通り過ぎれば、雨験の姿を見咎める者もいない。
だから雨験は随分と遠くまで歩いていた。
視界が変わるわけでもない。誰かが現在地を教えてくれるわけでもない。
ただひたすら真っ直ぐに歩いていたなら、不意に雨験はバラララララ、バラララララと言う軽い音を聞いた。
「……こんな大雨の降る夜更けに、傘も差さずにどこへ行くのだ」
どこかで聞いたことのある低い男の声だった。
そして自分が、男によって傘を差され、夜更けに家を抜け出したことを知った。
どおりで誰にも見咎められないわけだ……と、ぼんやりとした思考の片隅で思う。
「……そのままでは風邪を引く。死のうとしていたのでなければ付いて来い」
気配だけで、男が背を向け、歩き出したことは分かったが、初め雨験は動かなかった。
再び大きな雨粒が雨験の体を打てば、突如着物の袖が引っ張られた。
「……手間を、掛けるな」
人の良い男だと、雨験は思った。
逆らうことすら億劫だった雨験は、そのまま男の住まいに連れて行かれた。
「……体ぐらい、自分で拭け」
言葉と共に投げて寄越された手拭いの束が、雨験の頭や肩、足元に落ちて行く。
「拭き終わったら、そこから四歩前に進め。お前に着せる着物がない。火に当たってそのまま乾かせ」
「いい」と突っぱねられたならどんなに良かっただろうかと雨験は思ったが、実際に口を吐いて出た言葉は、『かたじけない』……だった。
実に情けない話だが、その頃になって雨験は凄まじい寒さを体験していた。
まるで氷付けにされたかのように、体が勝手にガタガタと震えていたのだ。
「……飲め。ただの湯だ」
差し出された気配を頼りに手を彷徨わせると、男は大きな嘆息を一つ吐き、雨験の両手を取って湯飲み茶碗を握らせた。
火傷しそうなほどに熱い椀だった。包み込むように持った手のひらが痛かった。
だが、手のひらを伝い、暖かさが体全体へと広がって行くと、不意に雨験は涙を零し、掠れる声でもう一度感謝の言葉を紡いでいた。
今更のように、己の無謀な行いに気が付いたのだ。
自分は何をやっているのかと、情けなくて泣けて来たのだ。
「……訳ありか」
男は言葉少なに促して来た。
だから雨験は、誰にも話せなかった心の澱を吐き出すかのように語り出していた。
一つ一つ言葉を紡ぐ度に、涙が後から後から溢れ出して来る。
いい年をした大人の男が、見ず知らずの人間の前で泣き崩れるなど、情けないにも程があるが、このとき、雨験の言葉を遮るものは何一つなかった。
「俺は悔しいんだ。守るべきはずの町の人間を守れず、両目を失って家族すら守れなくなった自分が! 腕の一本、足の一本ぐらいなら、失ってもまだ刀を握れる。刀を握って刀を揮える!
仮に戦力外だと言われても、眼さえ見えれば、何かしらの職を手に出来た。
だが、眼が見えねば俺に何が出来る?! 今更何を手に入れられると言うのだ!
これでは家族を……妻を守れない!」
「……お前は、お前から光を奪った人斬りのことが、憎いか?」
「憎い! 殺してやりたいと思うほどに憎い!」
「……それは、町の人間たちが殺されて行くときに抱いた感情と、どちらが強い?」
「っ!」
その静かな問い掛けは、雨験から言葉を奪った。
「……もしも、今の感情の方が強いのであれば、お前はただの人間だ。人斬りと何ら変わりはない。怒りに突き動かされるだけの通常な思考の持ち主だ」
その言葉は、深く心の臓に突き刺さった。
「なに……を……」
侮辱するなと叫び返せたらどんなに良かっただろうか。
しかし、実際に雨験は問い掛けることしか出来なかった。
対して、目前に座っているはずの男は答えた。
「……調べれば分かるだろうが、人斬りが手に掛けて来た者は、本来はお前たちが守らなければならない町民たちを苦しめていた連中だ。その中には、町民を守るはずの戍狩の姿もある」
直後、雷の如く雨験の脳裏に思い出された声があった。
――藤堂冴信は、いるか。
「……お、まえは……」
思わず雨験は腰を浮かしていた。
今更のように、眼の前にいる存在が何者なのか、雨験は気が付いてしまったのだ。
誤魔化しようのない恐怖が心の臓を握り締め、全身が総毛立つ。
「お前……は……」
「……本来、無関係な人間を巻き込むつもりはなかったのだ。
成り行きとは言え、お前から光を奪ったこと、申し訳なく思う」
言葉と共に男が――人斬りが立ち上がる気配を感じる。
逃げなければ殺される!
一度ならずとも『殺された方がましだった』とか、『死んでやろう』と思った人間が思うことではない。
だが、眼の見えないと言う現状が、必要以上に恐怖心を煽り、雨験の理性を吹き飛ばそうとしていた。
「……許してくれとは言わぬ」
人斬りが近付いて来る。
雨験は本能のままに逃げ出そうとして、不様に土間へ転がり落ちた。
死にたくない! 死んで堪るか! こんな状況に追い込んだ奴の手で殺されて堪るか!
雨験は遮二無二出口に向かって手足を動かした。
距離感などあるわけもなく、殆ど戸口に激突する有様だった。
「……だから、どうしても再び光を取り戻したいなら――」
覆い被さるような人斬りの気配。しっかりと背後から肩を掴まれ、そして、聞いた。
――『希少種屋』へ行くと良い。
直後、ガラリと戸が開けられて、吹き付ける雨の中、雨験は人斬りによって放り出された。
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