希少種屋(きしょうしゅや)
橘紫綺
第一話
へい、いらっしゃいやし。
やや。これはこれは……お侍様がこのような場所においでとは……。
へぇ。確かにここは『希少種屋』でございやすが? 表にもちゃんと看板を出していたはずですが……と、もしやお侍様、その手の中の杖といい、閉じられた
はぁ。この度はその件で来たと。
つまり、その眼に再び光を取り戻したいと言うことで?
確かに。手前どもが扱う品々はそん所そこらの物とは似ても似つかない物ばかりでございます。
北は蝦夷地の神の依り代となる枯れないフキや、南は琉球に伝わる黄金の実を付ける珊瑚の欠片。果ては、夜な夜な髪が伸びる人形や、掛け軸から抜け出して部屋ァの中片付けて元の絵に戻る奇特な掛け軸。へそが茶を沸かすほどに下らない話を聞かせると、本当に茶を沸かす土瓶など、普通の人様から見れば、胡散臭いものや眉唾物と思われても致し方ない物が数多くございやすが……。
はぁ、今はそんなことはどうでもいいと。眼に再び光を取り戻せる物はあるのかと。
まぁ、ないわけではないんですがねぇ~って、落ち着いて下さいやし、お侍様。別に出し惜しみをしているわけでも、勿体ぶっているわけでもありゃァせん。
少しばかり扱いに問題があるんでございますよ。
――って、お侍様! 一体何をなさるんで!
そんな場所でお侍様が膝を付くなんて……ましてや、手前どもに頭を下げるなんて、そんなこたァしちゃァいけません!
分かりやした。分かりやしたから、どうかお立ちくだせぇ!
そんなことされちゃあ、さすがに手前どもも肝を冷やしやす。
ええ、ええ。分かりやすよ。
お侍様は刀をお使いなさる。刀を扱いなさるからこそ、お侍様だ。お侍様でなくとも、眼が見えなくなるのはこの世の終わりのようなものでさァ。それが、刀を扱うお侍様ならば尚更死活問題でございましょう。
一度光を失ったなら、お医者様だろうが高僧だろうが祈祷師だろうが、蘇らせることはほぼ不可能でございやす。
まぁ、原因が怪異やら妖怨霊の類だったなら、祓って祈って治ることもあるかもしれやせんが……。
やや! 先程も言いましたがね、別に手前どもは勿体ぶっているわけじゃァございやせん。
繰り返しになってしまいやすがね、扱いが難しいんでございますよ。
はぁ……。見えるようになるのであれば何でも良いと……。
まぁ、心情としてはそうでございましょうが……。
はあ、はあ。なるほど。ふむふむ。そうでございますか。それほどの覚悟がございますか。
分かりやした。そこまで仰るのであれば致し方ございやせん。
おい。『
へぇ。お侍様がご所望の物の名を『宿光蟲』と申しやして……お察しの通り、『蟲』でございやす。
まぁ、そのようなお顔になるのも分かりやす。
ですが、一度光を失った眼が再び光を得るこたァございやせん。
それを無理矢理にでも取り戻すには、この『蟲』の力が必要となるんですよ。
ですが、ここで一つだけ守って頂きてぇことがございやす。
なに。そんなに難しいことじゃァ、ございやせん。
単に、本当に必要なとき以外は、けして眼を開けないで頂きたいんでございますよ。
いやですねぇ。この『宿光蟲』なんですが、光を自分で作ることが出来るんですがねぇ、その分で済めば、眼に宿して見る分には不都合などどこにもありゃァしません。
ですが、眼に宿した状態で、あまりにも長くお天道様の光を見ちまうと――
――――見えちまうんですよ。見えちゃァいけない別のもんがね。
それが何かと問われれば、『妖の世界』……としか言いようがございやせん。
まぁ、お侍様が鼻でお笑いになるのも無理もないこととは思いやすがね、これァ本当のことなんでございやすよ。
今までも何人かのお客様がお試しになってんですがね、見えない眼で再び物が見えるようになったなら、初めは忠告を守っても、徐々に闇の世界に戻ることに恐怖を抱くようになって、当たり前のように、見えていたときと同じような生活を営むようになっちまうんです。
するとどうだい。徐々に不可思議なものが見えるようになったって言うじゃありませんか。
初めは気の所為だと思うんですがね、一度見えるようになっちまったら、もうおしまい。どうしたところで不可思議なものが消えなくなった。
どうしたものかと駆け込んで来たこともございましたが、では『蟲』を抜こうかと言うと、再び失明するのは嫌だと言う。
あれには本当に参りました。
ですから、お侍様。これだけはお守りくだせぇ。
決して、不必要に光を見ようとはしないで下さいまし。必要なときだけ、その眼で物を見て、素早く事をお済まし下さいまし。
なに。世の中には眼が見えないままでも凄腕の剣客と言うのもいると言う話ですし……。
って、なんと?! その剣客に光を奪われたので?
これは手前、口が滑りました。どうか平に御容赦を!
ですが、お侍様。物は考えようでございやす。眼が見えずとも鍛錬次第では如何様にでもなるというもの。ましてや、本当は『見える』と言う隠し技があるのですから、見えずに戦う方法を極めた後、いざと言うときその眼を開くようにしてもらえば、お侍様は長く光を見続けることも可能でございますし、その名を広く轟かせることも可能となりやしょう。
故に、ゆめゆめ、このご忠告だけはお守りくだせぇ。
さもなければ、手前どもにはお侍様をお救いすることは出来ませんので……。
では、『宿光蟲』が来たようです。お侍様、覚悟はよろしいですかな?
よろしければ、今ここに、お侍様のご所望の物をお渡しいたしやしょう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます