14 門の中 -1 / エキドナ

 

 エキドナは漆黒の鳥居のようなゲートへ向かって歩いて行く。

 

 門にかけたエキドナの土魔法の封印は、内側から途轍もない力技で破られた。


 破られた門からは相変わらずゴブリン達が出て来てエキドナに襲い掛かる。

 小さくても数の力で襲いかかればやがて力負けするだろう。まるでピラニアに襲われる様な感覚かもしれない。


 エキドナを取り囲むように、新たに湧いたゴブリン達は襲い掛かる。

 しかし、女帝は別格だ。そんな状況でも堂々としている。自ら手にした鉄扇を広げ、風魔法を操りゴブリン達を寄せ付けない。まるで台風の目の様に自分を中心に暴風をまとい歩いていく。


 そのエキドナの風魔法から逃れた多くのゴブリン達は、抜け目なく島の至る所へと逃げていく。まるで蜘蛛の子を散らすかのように四方八方に逃げまどう。




 やがて、エキドナは門の中に一歩足を踏み入れた。そこは、外見と同様にその空間も漆黒で覆われていた。

 門の外見は横から見ると、柱の厚みしか見えない。奥行きは無いように見えるが、足を一歩踏み入れると暗闇が無限のように広がって見えるから不思議だ。


「ふぅ~何だか、懐かしいような、それでいて嫌~な感じのする空間かしらねぇ。

 行きたくはないけれど、でもまぁ、行くしかないかしら」


 更にエキドナは漆黒に染まった闇の奥へと向けて歩いて行く。


 ――ガシャン――。


 途端にエキドナの後ろで音がする。

 エキドナが振り向くと先程入った門が、大きな音を立てて閉じてしまった。光の無い闇がこの空間を更に覆いつくす。


 なに、これは? かつて妾が封印されていた場所に似ている。もしや……?


 イヤダ、あんな処には二度と行きたくない。あの場所は暗く冷たく自由など無い空間だった。いやだ、嫌だ、イヤダ――。思い出したくない場所。


 そこはかつてエキドナが封印されていた場所に酷似していた。


 インキュバスによって現世に召喚されてルークに敗北はしたものの、卯月達の共同生活が楽しくて仕方ない。

 魔界に居た時よりも心地よい刺激と共に、新しい発見に胸をときめかせる日々が堪らなく楽しい。味わった事がない喜びが体を駆け巡っている。


 ――この暮らしを失いたくない……。

 途端に寂しさが恐怖に変わる。


 堪らずエキドナは頭を抱えて座り込む。


「イヤダ――――!」


 エキドナの周りを取り巻く暴風の勢いが増していく。

 暗闇の中から見えないけれども襲いかかるゴブリン達を暴風が更に大きく巻き上げていく。


「グギャガヤギャ……ギ・・・グゲゴ……」


 何処からともなく生まれ、そして消えていくゴブリン達。魔物といえど、小さな命が消えていく。




「ヤメナ――!」


 暗闇の奥の方から怒号がエキドナに向かって放たれた。それは威圧に似た衝撃波。それは、エキドナが纏っている暴風に当たると、エキドナの暴風が掻き消えた。


「なによ? 何が起きたのかしら?」


 すると奥の方からボンヤリと灯りが灯る。


「よくも、アタシの子供達を沢山殺してくれたわねぇ~。この代償は高くつくわよ~! 覚悟するがいいわ!」


 その魔物が声を上げた瞬間、周りの壁に松明のような灯りが灯る。

 声と共に現れたのは、逆光を浴びた女の姿をした魔物。椅子に座っている左右には色違いの魔法陣が浮き上がっている。

 片側の床からは禍々しい色をした魔法陣が浮かびあがり、その魔法陣からは多くのゴブリン達が次々と現れている。


 漆黒の闇の中で仄かな灯りにエキドナの精神が落ち着きを取り戻す。


「あなた、だれ?どこかで、見た事があるような気がするのだけれど、誰かしら?」

「ワタシハ、マザー。よくも、私の子供達を……。ウ~ヌ、ユルサン、ゆるさん、許さん。決して許さぬぞ~!」

「一体何を言ってるのかしら? 仕掛けて来ておいて、何を戯言タワゴトを言っているのかしらねぇ。妾が誰か知らないのかしら~。返り討ちにしてあげるかしら!」

「フン! 知るか!」


 逆光を背にした女の魔物は床の魔法陣を一旦消した。消された魔法陣の有った場所からはゴブリン達は出て来なくなった。


 そして、ユックリと椅子から立ち上がり移動しながら姿を現す。


 仄かな灯りに照らされ、ようやく相手の容姿が確認できた。


 2mに満たないエキドナの身長に対して、声の主は3mの巨体。いや、身長だけではない。縦横に太っている巨体の持ち主。見た眼は土偶。薄汚れた腰巻を巻いている。飛び出しそうな大きな目は濁り、昆虫のような複眼。ゴブリン以上に醜悪な面構えをしている。 

 髪型は肩までの編み込んだドレッドヘア。頭には短いながらの角が三本生えている。額の髪の生え際に対角線上に二本。更に額の中央に一本生えている。

 そして太っている巨体だからか動き辛いのか右手に杖をついている。


 辺りの仄かな灯りが、首元のネックレスに反射して時折輝いているのが似合わない。

 

「ワタシハ、マザー。マザーゴブリン。

 よくも~私の子供達を……。許さぬ、ユルサヌゾー!」

「何言ってるのかしら。でもまぁ、理解したわ。あのゴブリンの数をどうやって生み出していたのか、不思議に思っていたのよねぇ。

 ふ~ん。なるほどねぇ。ゴブリンのオスが人間の女を襲って、人間に子供を産ませる。と思っていたのに、今回はゴブリンの数が多すぎるから不思議に思っていたのよ。

 その消した魔法陣で異界からゴブリン達を呼び寄せていたのかしら。ふ~ん、数の暴力も、もう終わりかしら」


 マザーゴブリンの悪態を、自ら手に持つ鉄扇を広げ優雅に自分を扇ぎながら悠然と佇むエキドナ。


「オノレ~これでも喰ラエ――!」


 

 マザーゴブリンとエキドナの間には30m程の距離がある。警戒して傍に歩み寄らなかったエキドナに、自らをマザーゴブリンと名乗った魔物は、右手に持った杖をエキドナに目掛けて突いた。


 距離があるから物理攻撃は届かない。と思っていたエキドナ。

 しかし、マザーゴブリンの放つ杖からの突きは長く伸びて、エキドナの胸目掛けて襲い掛かる。


 ――シュッ!


 寸での所でエキドナの胸に迫っていたマザーゴブリンの杖先を、エキドナは広げていた鉄扇を閉じて受け流す。


「ッチ!ヤルジャナイ……」

「危ない危ない、妾じゃなければ今の一突きは確実だったかしら。アナタ、妾が誰か知らないんじゃなくて?」

「知ルカ!」

「あら、そうなの?妾は結構有名だと思っていたのだけれど、下々には妾の名前は届いてなかったのね~。いいわよ、教えてあげる。

妾の名は、エキドナ。テメェに死を!」


 エキドナは鉄扇を杖に変え地面へ突き刺す。突き刺した地面から罅割ヒビワれが稲妻の様に起こり、マザーゴブリンへ向かって走り出す。


「—―Earth Spear貫け。凶悪な槍


 地割れはマザーゴブリンの手前で治まると、地面から無数の石槍がマザーゴブリン目掛けて姿を現し襲い掛っていった。




 



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