12 備前国-1 / 聖也

 俺達は社から出ると、場の雰囲気が違っていた。ほんのつい先程までいた鞍馬山は、木々が生い茂り昼間でも太陽の光が届かない場所があり薄暗く感じてしまう。


 それがどうだ。社から出ると太陽の光が眩しくて目を開けるのも辛い。逆光だな。

 目の前には、大きな本殿が堂々と建っている。

 掲示板もあって、観光客用に色々と説明書きがしてあった。


「ふむふむ、鳴釜神事ナルカマシンジは本殿ではなく、御竈殿で行うそうだって。そりゃ、火を扱うから火事には十分注意しなくちゃいけないわね。


 【永禄十一年1568五月十六日に備中の吉備津宮に鳴釜あり、神楽料を納めて奏すれば釜が鳴り、志が叶うほど高く鳴るという】


 へぇ~そうなんだ。じゃあ、今日は観光客が少ないから、チャチャッとやって美味しい物食べて帰りましょうよ?」

「そうね、チャチャッと終わらせるかしら」


 もう、食べる事しか考えてないし……。


「そう言えばルーク、この神社には結界は張ってないのか? 卯月ちゃんの実家の神社には、お前が拒む程の結界が張ってあったみたいだけど?」

『ああそうだな。確かに卯月の神社には結界が張ってあったな。まぁ、あの場所には神器をまつってあったから、かなり強めの結界を張っていたからな。

 それでもこの場所は、どうやら大丈夫みたいだ。それでも神を祀っているから低級な妖は入って来れないだろう』

「ふ~ん、そうなのか。じゃあ、チャチャッと終わらすか」


 こうして俺達は分院へ向けて歩き始めた。長い長い回廊を抜けて行くのだが、回廊の精巧さに目を奪われてしまう。素晴らしい建築技術だ。


 すると5~6人の集団に出会った。


 歩きながら話をする集団は大声で話している。何々、これから鳴釜神事を行うらしい。何だと予約なしでも参加出来るのか? 折角、岡山まで来て珍しい神事に立ち会えるとは、これは絶対参加しないとな。俺はその集団を追いかけ、話を聞いた。定員は大丈夫なの?


 流れとしてはこうだ。


 まずは御祈祷所ごきとうしょで祈祷を受けて、それから鳴釜神事が行われる御竈殿へと移動。

 阿曽女あぞめという巫女の方に出迎えいただくと、かまどには火がくべてあり、おごそかな雰囲気。3つの大きなしゃもじがずっしりと並んでいた。

 釜には水がはられ、お湯を沸かし、その上に蒸籠せいろが乗せてあった。


 そわそわ待っていると、いよいよ神職が登場された。神札をお渡しすると、竈の前に祀ってくれる。阿曽女は神職と向き合う形で座っている。俺達も水を含んださかきで清めていただき、いよいよ神職による祝詞のりと奏上が始まった。阿曽女が立ち上がり、湯気のあがった蒸籠の中に玄米を振り入れていくと……。

 やがて釜が鳴り出す。



【ウオォォオオオオ――――!】


 騒音だ。耳鳴りなのか。頭の芯に直接響くような音がする。思わず耳を抑えたくなる様な音だ。みんなは煩くないのか? 大丈夫なのか? 俺は辺りを見回した。みんなは平然としている。ひょっとして俺だけなのか?


「う、卯月ちゃん、釜鳴の音、煩くない?」

「えっ? ボワーっという音は聞こえるけど、煩くはないわよ。聖也さん、顔が真っ青よ。大丈夫?」

「ごめん、ちょっと気分が悪くなっちゃったから、外に出てるよ。卯月ちゃん達は、最後までいていいよ」


 俺は一人御竈殿から外に出た。先程の耳鳴りのような騒音は消えていた。

 何なんだ、一体? 俺はポケットにいるルークに聞いてみた。


「ルーク、さっき釜が鳴った時、メチャクチャ煩く感じたけどお前はどうだったんだよ? 卯月ちゃんは大丈夫そうにみえたけど」

『騒音? 俺には影響は無かったが、もしかすると直接お前に働きかけたのかもしれないな。それで、今は大丈夫なんだろ? もし又何かあれば俺様が対応してやるから気にするな』

「あぁ、まぁそうなんだけどな……」


 何だったんだろうな。もしも何かあれば、いやあってもルークを始め、エキドナや卯月もいる。大丈夫だ。うん!



 そうなれば、天狗のお使いを終わらせないと。釜鳴神事が終わり、御竈殿から人がいなくなるのを待たないとな。




 皆と合流して、本殿に戻り神社内を散策する事、一時間。そろそろ御竈殿も人の気配が無くなるだろう。


 目当ての分院の前に着くと、辺りの気配を伺う。大丈夫、人の気配は無い。

 本来なら竈に火がくべる前には、関係者以外入室禁止だ。扉を開けて抜き足差し足忍び足で竈の前に跪く。ソロリ、ソロリ・・・・・・。


 ポケットから大天狗に貰った、例の黒い石を四隅に置いた。パワーストーンでモリオン黒水晶というらしい。この石にも例の梵字が彫ってある。この石の持つ力は、魔除け。邪気払いだそうだ。天狗も妖なのに魔除の石を持っているって変だな。


 見つかって捨てられてしまわない様に、少しだけ掘って埋めた。以上。任務終了! 

 ミッションコンプリート。



 鞍馬の大天狗のお使いは簡単すぎる程に終わってしまった。一瞬で京都から岡山まで来たのだから、お昼には食レポを楽しみにしている女性陣が騒ぎながら歩く。


 神社の境内から鳥居へと向かう。卯月は相変わらずスマホでポチポチやっている。

エナさんは卯月の側でスマホの画面を覗き見している。次の移動先は何処だ?







 しかし、大鳥居を出た瞬間、空気が変わる――。


 鳥居を出た先に居たのは佇む一人の女。なんだか雰囲気が怪しい。長髪で浴衣を着崩きくずしている。夏の晴天なのに体が濡れている。頭の先から全身ずぶ濡れ状態だ。どうして晴天の日に全身濡れているんだ。小脇に何かを抱えている。変だ、異様だ。何を抱えているんだ?


 その女の視線はコチラを向いている。


「な、なによ?」

「何なのかしらねぇ~?」

『何だ?』

「ちょっと、何がどうしたの?」


 困惑している俺に卯月がぼそりと呟いた。


「聖也さん、何か面倒な事になりそうよ。彼女はアヤカシよ」

「うぇ、何で昼間っから妖が出るんだよ~。ってか、霊感1の俺でも敵意は無いみたいな気がするけど。なんか訳有みたいだな……。どうしよ?」


 その怪しげな女は、俺に視線を合わせると此方に向かって歩み出した。


 その怪しげな女は絞り出すような声で呟いた。



「う、うしおにの、封印が解かれてしまった。牛鬼を殺して下さい……」




「「「『えええっ――――! 鬼だって?』」」」


 俺達三人と一匹の声がハモった瞬間だった。










吉備津神社の参考画像はコチラからどうぞ~。(^o^)


https://kakuyomu.jp/users/kaiami358/news/16818023212939089289

 

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