6 一本ダタラ / 聖也

 三平河童を先頭に立たせ、俺達は山の中を歩く。道無き道を歩くが、道はエナさんが魔法で切り開いてくれるから楽チンだ。


 1時間位歩いただろうか。 卯月が俺達の方に向かって呟いた。


「そろそろ、出て来るかも?」

「そう願いたいかしらね」

『俺様も、山から出てくるヤツを拝見したいものだ』

「ごめん、お腹の調子が悪くて、オナラ出そうなんだけど……」

『「はぁ⁉……。勝手に出せば」』


 出る、出るっていうからさぁ、軽いジョークを言ったつもりだったけど、1ミリもウケなかった。




 そんな俺を置いてきぼりにして、ルークは俺のポケットから飛び出したままフワフワ宙に浮いている。


「お~いぃ。タタラ~。出て来てクレヨン~。お願いがあるんだよ~。俺に力を貸してケロよ~……」

「誰じゃ、この禁足地に踏み込む、愚か者は? このワシに食われたいのか?」


 河童の三平の声に、やぶの覆い茂った奥の方から声がした。





【一本だたら。

 一本だたらの「だたら」はタタラ師鍛冶師に通じるが、これは鍛冶師が片足でふいごを踏むことで片脚がえ、片目で炉を見るため片目の視力が落ちる事と、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説がある。

 一つ目の鍛冶神、天目一箇神アメノマヒトツノカミの零落した姿であるとも考えられている。

 アマテラス祖母が天岩戸に引きこもった際に銅鐸どうたくなどの祭具や刀剣などの武器を作ったと言われている。名前に「目一箇」と名前にあるのは、鍛冶屋が鉄の温度を測る為に片目を閉じていたり、跳ねた火の粉で失明するといった職業病に由来する。つまりは読んで字のごとく単眼…というより、隻眼の神様というわけである】




「誰じゃ、この禁足地に踏み込む、愚か者は? このワシに食われたいのか?」


 ――ドシン――!


 上空から何かが落ちる音がした。それは地面に振動を与え、俺達にも分かるような威嚇だ。大きな落下音の後、河童の三平の声に、藪の覆い茂った奥から声がした。

 河童の仲間だと言われる山童を想像していたのだが……。


「うぉら~~。問答無用で、食らってやろうぞ~~!」

「ヤロウゾ~」

「ヤロウゾ~」


 大音響ともとれる叫び声に鼓膜が痛くなってしまった。山彦やまびこの様に反響しているから余計に耳に響く。一体何㏈あるのか? 耳元で叫ばれている様な錯覚すらしてしまう。しかし、ヤツの姿はすぐそこに居るようだ。音の属性持ちなのか?


 ガサガサと藪を押しのける音と共に異様な姿を現したのは……。


 それは、身長は2mぐらいの大きさ。単眼で一本足。ずっしりとした体躯で全身毛むくじゃらの妖怪というしかない姿をしていた。


 一本足で飛び跳ねるアヤカシの振動は足元を揺らし、俺達は立っているのもままならない。


「何だ、あの妖の所為でまともに立っていられないじゃないか。ルークは宙に浮いているからいいものの、エナさんは大丈夫ですか?」

「どうやら、あの一本足も地属性かしら。でも大丈夫よ。これぐらい何とかなるかしらねぇ~」


 そう言うとエキドナは鉄扇を杖に変化させ地面に突き立てる。


「—―Capture捕らえよ――!」


 エキドナの短い呪文に反応して、地面に生えている樹の根やつるがウネウネと動き始めて、一本ダタラを捕まえようと縦横無尽に動き始めた。


 その樹の根や弦を器用にピョンピョンと片足で跳び跳ねながら躱していく。


「ふん、やるわね。でもさっさと諦めないと、痛い目どころか死ぬ目に遭うかもかしらよ? 妾は加減が余り上手くなくってよ……。どう? 死ぬ前に、早く降参しなさいな」


 そう言うとエキドナは、地面から土槍を発生させた。なんだかエキドナの攻撃がヒートアップしているみたいだ。

 

 地面から現れる土槍を飛び跳ねたり、器用に左右の拳で破壊していく一本ダタラ。どうやら元鍛冶の神だったのか、腕力はかなりのモノがあるみたいだ。



 しかしながらエキドナの方が、一枚もニ枚も上手だった。片足で器用にエキドナの根や弦をかわしていたが、実はエキドナに誘導されていた。


 ある場所まで逃げながら移動すると、エキドナは笑った。


「オォ~ホホホッ……。チェックメイトかしら!」


 そう言うと、いつの間にか空中につるで張った網状の物が一本ダタラ目掛けて降り掛かる。まるで投網に掛かった魚の様に、暴れても脱け出す事は出来ない。


「ジタバタしないで大人しくしてくれるかしら。何も命まで取ろうと思っていないのよね~」

「煩い、煩い、煩い――! こんな弦で編んだ網なんか、引きちぎってくれようぞ~。うぉら~~~~!」


 つるで編んだ網に捕まって自由を失ってしまった一本ダタラ。いくら叫び、力の限り暴れても自由にならない。自慢の一本足で飛び上がろうとするが、網に押さえつけられているのか、飛び上がる事も出来ない。地面から次から次へと樹の根が生えて一本ダタラを締め上げていく。


「一本ダタラさん、落ち着いて下さい。私達はアナタに危害を加えに来た訳じゃありません。どうか落ち着いて私達の話を聞いて下さい」

「うぉら~、そんな訳がなかろう。ウヌ等の妖力は異常に高すぎるではないか。このオデを殺しに来たんじゃろ~。むざむざとられる訳にはいかんのじゃ~」

天目一箇神アメノマヒトツノカミ様、どうか落ち着いて下さい」

「一本ダタラよ~、落ち着くケロよ~」

「どいつもこいつも煩い――!」


 聞く耳を持たない一本ダタラ、まるで小さな子供がダダをこねているみたいだ。


 呆れかえる姿にルークがぼやく。


『ふん、一応、神が零落したとは聞いていたが、見てみるとガッカリだな。その恰好じゃ、かつて呼ばれた鍛冶神とは思えないじゃないか? どこで、どう転んで落ちぶれたのか? これじゃあ、期待外れもいい所だ!』

「煩い、五月蠅い、ウルサイー、何処までもこのワシを愚弄するのか? 己ら全員食らってやろうぞ――!」

『まだ悪あがきをするのか? ふん、それならコレを見て見るがいい!

 聖也、あの太刀のさやを抜いて見せてやれ!』

「あ、あぁ……」


 俺はルークと例の鍛冶神の成れの果ての妖に見える様に、草薙剣クサナギノツルギを鞘から抜いて見せた。鞘から刀身が現れると、刀身に纏わりついていた赤錆の周りに光が集まって行く。


 その様子を見ていた一本ダタラの表情が変わる。憤怒。険悪の顔から、付き物が取れた表情に変わった。単眼の目から一滴の涙が流れ落ちた。


「こ、これは……まさか……。お、ぉぉん~~。おぉ~、この様な時と場所で、まさか、お目に掛る事が出来るとは……」


 赤錆にまみれた草薙剣クサナギノツルギを見た瞬間、一本ダタラは泣き伏してしまった。












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