17 伝令

 「取り合えず、木箱から神器の一つである太刀の封印を解除出来た。には出来たが……。この太刀は聖也殿が持っておられよ」

「俺が持っていても良いんですか?」

「仕方なかろう? お主しかこの太刀を使える者が居ないからのう。試しにもう一度、さやに刀を収めてみてくれぬか」

「あ、はい……」


 俺は葉月に言われるまま刀身を鞘に納めた。


「どれ、もう一度鞘から抜けるかやってみるか? う~ん、やはり、無理か」


 そういって葉月は鞘から刀を抜いてみようとするが、他の二人も同様に決して鞘から刀は抜ける事は無かった。


 一巡して又、俺の手元に太刀が戻って来た。


 鞘を持ち柄を握ると先程と同じ感覚で、ス~ウっと刀身が現れた。

 刀身は赤錆に覆われていたように見えるが、柄を持っていると妙な感じで手に馴染むのが不思議だ。もしかして、俺はこの刀を昔に使っていたんじゃないだろうか。既視感。デジャブーか?


「あのぅ~俺、思うんですけど神器って無理に封印を解除する必要は無かったんじゃないですか」

「何を言うとるんじゃ。確かに【神器目覚める時、悪鬼目覚める。神器を持って悪鬼の業を断罪せよ!】とは有るが、逆もしかり。悪鬼が目覚めるから神器も又目覚めるのじゃよ」

「そうなんですか……?」

「まあ、今まで長い間、封印されておったモノが姿を現したんじゃ。取り合えず、一歩前進かのぅ~? 今宵こよいは、これまでじゃな。解散するとするか。卯月よ、いい婿むこを連れてきたな」

「そ、そ、そんな婿だなんて……」

「ヒョッヒョッヒョ……。まぁ、よい。夜が明けたら、又話そうかのぅ。そうじゃ、その前に、式神に使いを頼もうかのぅ。神器復活について緊急連絡ぐらいはしておかんとな。さて、何人が動いてくれようか?」


 そういうと、葉月は祭壇から白い紙の束を一掴みして境内に向かって歩き始めた。神殿から襖を開け廊下に出ると、何やら小さな声で呟き始めた。

 そして、掴んでいた白い紙の束を空中に投げ上げた。


 するとその紙の束は、紙吹雪の様にバラバラになり、折鶴の姿に変わり、そしてそれぞれが各方面に向かって飛び始め、夜の闇に消えていった。


「何なんですか? あれは、一体?」

「ほぉっほっほっ、あれこそが、式神じゃ。このババの念をあれによって、全国に散らばっている一門に連絡したのじゃ。スマホの一斉送信より便利かも知れん。なにしろ電波が来ない所でも、確実に相手に届くからのう」

「すげぇ~」

「さあさぁ、今夜はこれでお開きじゃ。又、夜が明けてから話そうかのぅ。解散じゃ、解散」






 ◇ ◆ ◇




 ここは、某県、某市から少しはなれた山間部。そこには代々酪農をしている家があった。乳牛ではなく50頭ほど食用和牛を育てている結構それなりの規模の農家。


 その家の家長である祖父と呼ばれる80過ぎの田吾作たごさくは、長年の経験からくる知識で一日の終わりを牛のチェックをして床に就くのであった。 

 しかし、今夜は異変に気がついた。やたらと胎のデカい牝牛がいる。


「なんでだ? 急に産気づいたって、昨日はなんとも無かっただろうに、不思議な事もあるもんだ。けんど、この腹の膨れ具合は子牛がいるんだろうけんど、取り合えず出産のテゴ手伝いをせんと母牛も死んでまう。今夜は、きばれょ~」


 慌てて家に帰り、夕食をかき込むように採り終えると牛舎へ向かう。牛舎では例の牝牛が辛そうにしていている。


「がんばれよ~。がんばれ~」


 声を掛けて牝牛の背中やお腹を藁で摩りながら声を掛ける田吾作。

 出産の痛さに溜まらず尻もちをつく牝牛。そのタイミングで子牛の頭が少しづつ出始めた。


「よ~し出て来たぞ~。ワシが出産を手伝っちゃるわぃ。それ、がんばれ~」


 掛け声をかけて、生まれ出て来るモノを掴み引っ張ろうとするが、田吾作の手が止まる。


「な、なんじゃ~こりゃあ――――!」


 牝牛からずるりと生まれ出たモノは、震える四本足でようやく立ち上がると、いた……。


【く、くる……。凶悪な、角の生えた輩が、天より、地より、集まって、この地を赤く染める。ぎゃうぉ~~~~】


 言葉を呟いたモノは牝牛から生まれた四本足だった。頭にも小さな角が二本あった。

 見た目は子牛。ただ、変わっていたというより、奇妙だったのは顔が人の顏だった事だ。

 その奇妙な生き物は、未来を予言するようなセリフを呟くと横たわり死んでしまった。


「く、く、くだんが出た――! 大変な事が起きてしまう! は、早く、誰かに……。しかし、誰に知らせばいいんじゃ――――!」



くだん:牛の妖怪。

 江戸時代後期に出回った牛の身体に人の顏を持つ妖怪。凶事を予言し、すぐ死んでしまうという。良いことは何も言わない為、くだん自身が凶兆であるとされる予言する妖怪。なんと的中率は100%だというらしい……】





 ◇ ◆ ◇





 場所は岩手県平泉――。


 1683年天和3年、仙台藩主・伊達綱村によって館跡に義経堂ぎけいどうが建てられ、内部には義経よしつねの木像が安置された場所がある。


 これは義経の魂をなぐさめる為の慰霊碑的な物。兄弟で争い、更には自害した義経にとっては無念しか残らないだろう。


 義経堂を管理している年配の巫女は妙な胸騒ぎがして深夜に目覚めた。


 布団から起き上がった瞬間、外に落雷の轟音が響く。


 なんじゃ、雷でも落ちたのか? あの音だと近くに落ちたのか? ならば、何処に落ちた?

 

 独り言を呟き外に出た。外に出て義経堂を見ると、社から薄煙が上がっていた。空を仰ぐと、黒い雨雲など無い満点の星空だった。


 有り得ない……。満点の星空から急に雷が落ちて、義経の像が真っ二つになってしまうなんて……。


「大変な事が起こってしまった。もしや、言い伝えられていた事が起こってしまうのか? 早く、伝えなければ……」


 義経堂の像を管理していた巫女は恐れおののいた。


 不意にもう一度空を見上げた。

 夜空から白い何かが落ちてくる。それは、ゆらゆらと風も無いのに、あたかも空を飛んでいるかの様だった。

 そして、巫女の前に来ると、巫女はそれを受け止めようと両掌で受け止めた。


 巫女の掌の中にうづくまるのは白い折り鶴。まるで生きているかの様に羽を広げると、霧のように離散してしまった。そして、その離散したモノは巫女の身体の中に吸い込まれる様に消えてしまった。

 その瞬間、巫女の脳裏に何かが語りかけてきた。


『…………』

「なんと、そのような事が……。神器が見つかったのか? ならば、鬼が出るというのか? この時代に? しかも、この時代を選ぶ意味とは? もしや、義経公の木像が割れるという事は、良くない事の前兆かもしれぬ。これは、早速返事を送らねば……。われの式神が届く事をただ祈るだけか……」


 そう呟くと、その巫女は懐から和紙を取り出し、何やら呪文の様な言葉を呟くと、掴んでいた和紙を宙に投げた。


 宙にばら撒かれた和紙は、先程の折鶴の姿に変化し夜の闇に溶けるようにそれぞれの方角に飛び去ってしまった。






 ◇ ◆ ◇





 葉月の一言で解散となった。高齢な葉月が神殿から出ると、母親の弥生が俺達をうながした。


「聖也さん、お疲れ様~。驚いたでしょう? 詳しい話は又、明日話しましょうね。

 卯月、聖也さんを寝室へお連れして……」

「はい、わかりました……。じゃあ、聖也さん寝所へ戻りましょうか」

「ああ、そうだね。でもこの神器、どうしようか? 取り合えず、神棚に置いておいた方が良いんじゃないんですか?」

「そうね、そのほうが気が楽よね。

 分ったわ。私が奉納しておくわ。二人はもう下がって」

「はい、お母さん」


 弥生に促されて俺達は、いいやれぬ不安を抱いたまま神殿を後にした。




 








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る