16 神器:天叢雲剣

 自分の話に興が乗ったのか、葉月の表情は恍惚としている。俺を見ているようであって、俺の後の見えないナニカに話している様な感じがする。


「それとは別に、このような話もある。


 その昔、鎌倉時代に朝廷の争いから逃れ、東北に逃げ延びた貴族がいた。

 位が高い女は貴女と呼ばれた。この貴女は当然気位が高く、気に入らない事があれば癇癪かんしゃくをおこし、下人に命じて理不尽な暴力をふるった。この女の不条理な扱いに里の人々は、女に隠れて貴女きじょ鬼女きじょと呼んだ。という説も在る。と言うのが鬼姫伝説の始まりじゃな。


 しかし更にもう一つ。これが一般的に知られとる話じゃな……。


 京都に出た酒呑童子。茨木童子。岡山の桃太郎伝説にも出てくる鬼は、どれも頭に角が生えており、強靭な肉体を持っておったそうじゃ。怪しげな術を使い、多くの若い女人をさらい、そして食らった。

 備前の国の温羅も鬼じゃ。全国には鬼についての伝説は幾らでもあるじゃろう。あれらは迷信や言い伝えだけじゃなく、本当に鬼が居ったんじゃよ。


 山姥やまんばや鬼ババァもしかり。人を襲い、怪しげな術を使い人を惑わす。子供の人肉を好んで食らうのは、鬼という以外に、他は居らん。人を恨むのはまだいい。しかし、人肉を食らうのは許しがたい事じゃ。


 幼い子供が襲われて、食らわれた事実を後に知れば、親はどう思うじゃろう? 狂うしかないのじゃ。この行為が行われば、憎しみの無限ループの出来上がりじゃ。恐ろしい……。怨霊の出来上がりじゃ。これを狙っているならば、恐ろしいのじゃ。


 その時代背景は、大和から平安時代にかけて中国へ遣唐使が行き来していた。

 その時、中国から仏教や様々な物が日本にやって来た。その中にのろいというモノも紛れ込んでいた。


 陰陽師などが流行り始めたのもこの時代。つまり、中国から呪術が入り、念に憑りつかれたモノが鬼化したと思われる。


 そもそも、神社関係者は陰陽師の名残だと思っても、不思議ではないのじゃ。我らもその家系で、見えないモノが見える体質なのじゃ。女系家族故にか知らぬがな。





 そして、実は我が家には非常に興味深い伝承がある。


 壇ノ浦の戦いで、幼い天皇が入水自殺を図った時に三種の神器を伴った。と言われておる。天叢雲剣アメノムラクモノツルギ。別名、草薙剣クサナギノツルギと云えば解り易いじゃろう。その草薙剣だけは行方不明だと言われ続けているが、あの戦いの時に武蔵坊弁慶が偶然にも、入水した天皇と共に草薙剣を掬い上げた。と我が家では代々伝わっておる。


 弁慶は刀剣を集めるのは有名な話じゃな。牛若丸源義経と出会った時も、1000本目の刀を集めておったそうじゃ。当然、喜々として草薙剣を手に入れ牛若丸に献上したそうじゃが……。


 しかし義経は神器を恐れた。刀から何かが漂っているのを予感したのかもしれん。只、一度だけ使ったそうじゃ。


 兄、頼朝との確執によってこじれた関係はいさかいまで発展してしまった。都落ちした義経達は、ここ岩手に逃げ延び、この地にいた鬼を草薙剣にて退治してくれたそうじゃ。それが義経が草薙剣を使った一回だと云うらしい。


 その刀は弁慶から天狗によってここ、烏山からすやま神社に奉納されている。それは桐の箱に入っていてな、複雑な寄木細工の仕様となっておる。

 更には鍵が必要になっていて、鍵の行方も不明で、開ける事は困難な状態がもう五百年続いておる。


 それが、草薙剣が封印されているこの箱じゃ! フゥ~、ハァハァ~~~~」


 興奮して話す葉月の内容は今一、良く分からない。内容がまとまっていないようだ。兎に角、鬼伝説の事例や、この神社にまつわる内容なのだと思うのだが、何が言いたいんだ?


 やがて興奮状態の葉月は祭壇から長細い木箱を俺の前にデンと置いた。


「これがこの神社の御神体じゃ。よく見るのじゃ! その箱の窪んだ個所に、お主の持っている、天狗から貰った木片を入れるのじゃ」

「えっ――‼」


 いきなりの話に俺は驚いた。何が何だか分からなくなってきた。壇ノ浦から京都へ、そして岩手とくれば、牛若丸こと、源義経にまつわる軌跡じゃないか! 神社関係者は陰陽師の名残の者だと言ってるし、目の前に失われた三種の神器の一つである草薙剣が有ると言う。これが、興奮しない訳が無い。マジか—―!


「さあ、早く封印を解くが良い……」

「は、はい……」


 俺は、鞍馬山で天狗から貰った木片を目の前の木箱の窪みに当ててみた。


 俺が置いた木片は、木箱の窪みにピタリと嵌ると、木片の梵字の辺りから薄く青白い光を放ち始めた。その光は木箱全体を覆うと光は収まった。


 そして、自動的にカシャカシャと寄木細工が動き始めて蓋が静かに開く。


 神殿内の提灯に照らされて木箱から浮かび上がるそれは、つばの無い薄汚れた一振りの太刀。


「「「オ、ォォオオ~~~」」」


「やはり、言い伝えは本当じゃった。ここに失われた神器が……。

 という事は、同時にこの現代の世に破滅の時が近づいてきておるのか?

 う――む…………。

 どれ、神器がどれほどのモノか?」


 葉月は目の前の、刀を手にするとさやから刀を抜こうとした。しかし、幾ら引っ張ろうとも刀は微動だにしない。

 やがて、葉月から弥生へ、そして卯月へと渡るが誰も鞘から刀を抜く事は出来なかった。


「ふぅ~これでは使い物に成らぬではないか。我ら先祖代々から守ってきたのに、使えないとは、何の為に武芸を磨いてきたのやら……」

「聖也さん、聖也さんがこの箱を開けたのだから、聖也さんも試してみたら? いいでしょう。おばあ様?」

「おぉ、ああぁ――、試してみるが良かろう」


 箱の封印が解けた時には、凄い驚いて嬉しそうだったが、今の顔色は落胆しているから、見ていると非常に気の毒な感じがする。


 まぁ無理だろうけど、もし鞘が抜けたらそれはそれで大変かも知れない。そんな、感じで鞘に手を掛けてみた。


 左手で鞘を掴み、右手でつかを握りしめる。右手で握った瞬間、手に馴染むような気がした。

 力を入れず、す~っと右手を引くと、鞘から刀身がスルリと抜けて姿を現す。


「「ぬ、抜けた~……」」

「何と、抜きおった……」

「うぇ~何で、俺が?……」


 抜いた本人の俺でさえも驚いた。柄を持った右手の先には、さびだらけの刀身があった。


「これって、使えるの?……」


「使えるに決まっておるじゃろうが、ワシには判断がつかん。これは刀匠に研磨してもらわんと……。早速、式神を飛ばして全国の一門に連絡してみるが……。う~む。備前の長船に知り合いが居るには居るが……。しかし、その刀は長い間封印されていた神器じゃ。是非とも使える様にしないと……」

「ちょっと、慌てているようですが、何があるんですか? 大事な所を聞いていないようなんですが?」

「説明が足らんかったわぃ。

【神器目覚める時、悪鬼目覚める。神器を持って悪鬼の業を断罪せよ!】というのが我が家の伝承じゃが……。最初に言ったように、鬼じゃ! 鬼が、この世に復活するのじゃ。それは、この神器を使わないとワシらは、いや、この世は大変な事になってしまう。

 解り易く言い換えると、この箱に秘められたモノが封印を解かれると、再び邪悪な鬼達が現れ、この世に恐怖と絶望を連れてくるから、この太刀によって、邪悪なモノを断罪せよ! と言う事じゃ!」

「ええっ――!」




 それって、無理に木箱から出して、鞘から抜かなくても良かったんじゃないの〜?










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