15 卯月の実家-4

 すると奥の方から人が出てきた。老婆だ。その老婆を見て俺は驚いた。


「あれ、先程の?」

「おお、やはり客人とは貴方でしたか?ワシは卯月の祖母の葉月はづきと申す者。ところで、石段はどうでしたかの? ふぉふぉふぉ……」

「はい、体力には自信が有りましたが……。結構キツイですね。まだまだ、鍛えないと……。

 あの〜チョット聞きたいんですが?」

「何じゃな?」

「この神社の境内に入った時に、どうしてか急に体が動かなくなってしまったんですが……。

 それでですね、無意識の内に深呼吸を数回行ったら、俺、いや、自分の体に何かが入って来て……。そして、何かが抜け出して行ったのが見えた。って云うか、感じたんですよ。あれって、一体何だったんですか?」

「ふぉふぉっふぉ、あれは式神によるみそぎじゃ。お主の心が少しばかりけがれれておったんで、このババが式神を使って払ったんじゃわ。御主の心が軽くなったじゃろ……」

「えっ、式神って何ですか?」


 困惑している俺に卯月が会話に入る。


「聖也さん、式神っていうのはね、神様の力をホンの少しお借りして、私達巫女の思いを代行するモノ達なのよ」

「へぇ~何だか、陰陽師みたいですね」


 ここでこの卯月の実家の神社にまつわる話を聞いてみた。


「ところで、此処の神社の御神体って、何ですか?」

「いきなり御神体とは? セッカチですなぁ?

 それより、ここの地名何か変わっている事に気付きませんでしたか?」

「地名って?」


 地名がどうしたのか、どういう名前だったか忘れてしまった。俺は卯月をチラリと見た。


「もう、鬼無里きなさよ。聖也さん。鬼の居無い里と書いて鬼無里きなさ

「鬼無里? なるほど変わっていますね。それが、御神体と何か?……」

「その昔、ここら辺りには鬼が居ったのじゃ……。その鬼共が悪さををしていてな、有る時に旅の修行僧がその鬼を退治してくれたのじゃ、やがて鬼が居なくなって村が平和を取り戻した時に、鬼の居ない里。鬼無里。と呼ぶようになったのじゃ……」

「あ~そうなんですか」


 何だ、何処にでも有るような話じゃないか。俺はボンヤリ聞き流していると葉月は話を続ける。老婆の眼差しは厳しい目をしていた。


「実はな、お主を見た時から感じておったんじゃが、酒が抜けてから話した方がいいかのぅ。なにせ、大事な事じゃからな」

「あ、……。はい……」

「今は、夕飯を楽しむがよい。話は、後で卯月と一緒に神殿に来るが良い」


 葉月の一言にその場に不穏な空気が漂った。


 何だ、俺は変な事言っちゃったのかな?


 俺が困惑していると、卯月の父親の幸四郎がビールを勧めてくれた。


「まあまあ、そんな話はさておいて、食べましょう。飲みましょう。卯月は大食いですから、聖也さん、うかうかしてたらオカズが無くなっちゃいますよ」

「ああ、知ってます」

「もう~お父さんたら~…」

「「はははっ……」」


 幸四郎の助け舟に、夕食は和やかな雰囲気に包まれて終わった。


 俺はいささか飲み過ぎて早い床に就くのであった。








 深夜、寝ている俺を起こす声がする。


「聖也さん、起きて~もし、も~し」

「うっ、何だ、卯月ちゃん、どうしたんだ?」

「眠いのにごめんなさい。おばあ様が、神殿に来て。っていうから、聖也さん来てくれるかな?」

「ああ、眠いけど、大丈夫だよ。多分、大事な話なんだよな。こんな夜更けだから」


 両目を擦り、卯月を改めて見てみた。

 卯月は白衣に緋袴ひばかま。上が白で下が紅い巫女装束を着ていた。神社に仕える巫女の礼服だ。初めて見る卯月の巫女装束姿に俺はドキリとした。何だか不思議なオーラが出ているような気がした。


 住居棟から本殿までは長い渡り廊下がある。廊下の両脇に電気の灯りじゃなくて、ローソクの提灯がぶら下がっていて、夕方の様子と打って変わって、幻想的になっている。


 卯月の後を静かに歩くと、本殿に着いた。ふすまの前で卯月が言う。


「連れてまいりました」

「ああ、入ってもらいなさい」

「失礼します」


 卯月の後について本殿に入った。本殿内も提灯の灯りで薄ボンヤリと辺りを照らしている。

 凡そ20畳位の広さ。奥に神棚が有り、それを背にして一人、右側に一人座っていた。


「どうぞ、こちらにお座り下さい」

「あ、はい……」


 声の主を見ると卯月の母親の弥生だった。指定された場所に座ると、正面には卯月の祖母の葉月が座っていた。三人共に巫女装束だ。


 遅れて卯月が左側に座ると葉月がユックリと話し始めた。


「昨晩、孫の卯月からスマホから大まかな事は聞いた。

 壇ノ浦で妖から鞍馬山に誘導され、そして鞍馬天狗と出会ったそうじゃな。

 その話を聞いた時には、ワシは震えたぞ。来てはいけない未来が来てしまった。それと同時にワシらの伝えられて来た事が紛れもない事実にワシは腰を抜かしそうになったものじゃ。ヒャヒャヒャヒャ……」

「おばあ様、落ち着いて下さい」

「おお、弥生すまんな。ついつい興奮してしもうた。夜は長い、ゆるりと話そうかのぅ……。

 さて、お主の名は聖也といったかのぅ?」

「そうです……」


 一体何から聞けばいいのか混乱してしまった。取り合えず、思った事から聞いてみる事にした。


 しかし、俺が聞こうと思っていると、葉月は話始める。


「ところで……。話はいきなり変わるが、鬼は居ると思いますかのぅ?」

「分らないけど、昔は居たんじゃないですか。今はどうでしょうか?」

「そうじゃのう……。これは独り言じゃと思って聞いてくれるとありがたい……。



 遥か昔に、マルコポーロによる東方見聞録。という名の書物が存在したそうじゃ。

 当時は黄金の国ジパングを目指し、船を漕ぎ異国を目指た大航海時代なるものがあったそうじゃ。

 イギリス・スペイン・オランダなどが船にロマンを求めていた。それを横目に強奪するノルウェーのバイキングが暗躍したのも確かな事実。


 彼らの船が漂流して日本に流れ着いた事を考慮すれば、様々な事が考慮される。


 巨漢の白人種。金髪で目の色が黒でなくて、ブルーやグリーンの瞳を持っている。頭には日本人の戦に被る兜とは異なり、角が二本有る兜を被る姿は異様な姿じゃろう。日本の刀と違う大剣を持ち、言葉が通じない。もはや、見た目は鬼。鬼にしか見えない。異形の姿に狭い日本の人々は慄き、恐怖した。これも又、一つの鬼伝説である」

「凄い説ですね。確かに、巨体の外人が頭に角の生えた兜をかぶり、大剣をもっていれば、恐ろしいです。言葉も通じないし………。一理あるかもしれませんね」

「それは、一つの仮説じゃょ。実はこの地に、いや我が神代家には先祖代々から伝わる鬼伝説と不思議な伝承が色々とあるのじゃよ……」


 卯月の祖母の葉月の表情が、室内の提灯の灯りに照らされて、瞳がキラリと妖しく光ったような気がした。







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