14 卯月の実家-3

「やった~やっと着いたぞ~……。フウフゥ、ハアハァ……何て処だ……。結構疲れたじゃないかよ~……。全く……」


 先程の老婆の後を追う様に、石段をやっとの事で上り詰めた。と思っていたら、マダ頂上では無かった。


 今の地点から、今度は緩やかな坂道が続いている。


 それは異様な光景が俺の目の前に在る。赤い大きな鳥居が立っている。いや、立ち並んでいるのだ。


 赤い鳥居、鳥居、鳥居……。その連続だ。何かのTVで観た記憶が有るが、今一思い出せない。はて、何処の地域だったのか?


 赤い鳥居の連続。いや、その鳥居連を潜ると赤いトンネルの様に思った。

 少し、気持ち悪い。いや、怖いな。朱、いや赤に包まれているのだから、不思議な感覚になってくる。長さ的には五十メートルぐらいか。


 その鳥居連を抜けると、やっと目の前が開けてきた。遂に頂上だ。


 神社は小山の頂の上に在った。神社の在る頂は、当たり前だが平坦で約二千坪は在ろうか。と云うような広い敷地に古めいた黒っぽい建住まいで悠然と建っていた。大きさはそんなに大きくは無いが、歴史を感じさせる威風堂々としていて神秘的なものを感じた。


 その神社の境内に足を踏み入れた瞬間、俺は何も言えない雰囲気に包まれた。ピーンと張ったような空気。薄暗くなった境内は、威厳に満ちているかのように堂々としていて、何か邪悪なモノを寄せ付けないように感じてしまう。神聖な場所とはこんな事を云うのかも知れない。


 俺はただ動けなかった。金縛りに遭ったように足が動かない。筋肉疲労か、いや違う。なぜだ? 恐怖の様な感じではないが、足が震えているのが分かる。俺はどうしていいか分からないから、取り合えず、落ち着く為に深呼吸をしてみた。


 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。リズムはヒヒッフーと何処かで聞いた呼吸法だ。 

 ハッ! これは、以前体験した安産の呼吸「壱の型」じゃないか。

 違うぞ。今は深呼吸をしなければ……。もう一度だ。大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出すと、何か空気以外のモノが俺の体内に入ってきたのを感じた。そして何か得体の知れないモノが、口から出て霧のように消えた。


「うぇぇ—―。って何だ?」


 足元を見ると、先程の震えも止まっているのが分かる。体が急に楽になった。 

 口から出たモノは何だったんだ? 今のは一体? 俺は数秒の間動けなかった。





「聖也さ~ん、大丈夫?」


 神社の奥から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。一向に到着しない俺を心配して、迎えに来てくれた卯月がユックリと俺に向かって歩み寄っている。俺の呪縛が解かれた。脱力したまま、卯月の方に視線を向ける。


「疲れたでしょ? ハイ、どうぞ」


 そう言って卯月は、俺によく冷えた缶ビールを渡してくれた。


「ああ、ありがとう」


 卯月から缶ビールを受け取り、プルブタを外し一気にビールを喉の奥に流し込む。日が傾いたとは言え、つい先ほどまで体力を使い大汗をかいたのだから、乾いた喉を冷たいビールが流れ込んでいく爽快感はたまらない。先程の怪しい感じもついでに喉の奥に流し込んでやる。


「プァ~‼ 美味い—―! キンキンに冷えてやがるぜ! 生き返ったみたいだよ。それにしても、卯月ちゃん元気だねぇ?」

「そりゃ、そうよ。だって此処は私が育った処だもん。小さい頃から短大卒業するまで、ず~っと毎日通っていたからね」


 確かに毎日この石段を登り降りしていると、体だけは丈夫になりそうだ。つい先ほど会った老婆も、この石段を軽快に登っていたではないか。恐るべき身体能力の向上だ。


 あれっ、あの老婆は何処いずこに? すれ違ってないから未だ神殿にいるのか?


「さ、みんな待っているから早く家に行きましょう?」

「ああ、でも卯月ちゃんの家族に会うのは、何だか照れくさいな」

「何言ってんの? 結婚を申し込みに来たんじゃないんだから、そんな事気にしない、気にしない。さあ、行くわよ」

…………そんなこと言ってもな~


 卯月は俺の手を引っ張って、神社の奥の居住場所である家に向かって歩き出した。


 辺りはもうすっかり暗くなっていて、遠くの西の空は夕焼けが薄れていた。

 この神社の在る場所だけは、何故か現代から取残されている様な、そんな感覚に包まれていた。


  

 卯月の後に付いて神社の神殿ではなく、隣に建っている住居側の家の玄関に入り、そのまま広間に案内された。 

 広間には大きなテーブルが在り、卯月の父親が座っていた。俺はすぐさま挨拶を始めた。


「初めまして、無神聖也と言います」

よぐおでんしたなっすよくいらっしゃいました

「お父さん、方言丸出しじゃない~。聖也さんビックリして、ニドサンドイッチマンの何言ってるか分からないですけど。ってみたいな顏してるわよ」

「おおそうじゃな、つい気が緩んでしまってな。長旅で疲れたでしょう。貴方の事は、卯月から良く聞いていますよ。ささ、、じゃなくてお楽にして下さい」

「もう〜何言ってんのよ。お父さんたら、何でなのよ?」

「ハハッ、怒られてしまいました。まぁ、いつもこんな感じです。お楽にして下さい」

「はい、ありがとうございます」


 卯月の父である神代幸四郎は、体格の良いガッチリとした体つきで、四角い顔をほころばせながら、俺に快く話しかけてくれた。とても五十代とは思えないぐらい、若々しく感じる。鼻髭が印象的で、何か明治時代の映画にでも出てきそうな感じがして、俺は噴出しそうになるのを必死で堪えた。


「お待ちどうさま~。さあ、夕食にしましょう」


 卯月が両手で大皿を運んでくる。その上に乗っている物を見て驚いた。刺身の大盛り合わせだ。凄い量だ。


「うわ—―! 凄い量ですね」

「ハハハッ……。こう見えても私は結構釣りが得意でしてな。昨夜、母が【明日卯月が帰ってくる】ってな事を言ってましたから、早朝から釣りに行ってきたんですよ。そうしたら、大漁でしたわ。どうです、聖也さんも一緒に、やりませんかね、釣り?」

「はぁ、じゃあ、又今度でも……」

「このチヌは結構暴れましたよ。取り込むのに三十分は掛かったかな。ああ、その石鯛は偶然掛かったヤツです。サザエは帰りに漁港で買った…」

「お父さん……。喋りすぎ。自慢話ばっかりして……。さあ、みんなで食べましょう」


 奥から卯月の母親と見られる女性が料理を運びながら幸四郎を注意した。


「はは、又怒られてしまいましたね。ハハハッ……。」


 幸四郎はどうやら自分の妻に弱いみたいだ。照れ隠しに自分の頭を掻きながら、ビールを取った。


「ごめんなさいね、聖也さんだっけ? 私は、卯月の母で弥生やよいと言います。娘がお世話になっています。ゆっくりくつろいでね?」

「ははっ、ありがとうございます」


 卯月の母親の顔を見て驚いた。卯月にそっくっりだ。卯月が二十歳だから逆算しても、四十~五十代なのだろうが、三十過ぎにしか見えない。横に並べば姉妹だと言っても通りそうな若さというか、良い雰囲気を持っている。長い髪を後ろで束ねてこそいるが、顔立ちはよく似ていて、大きな瞳は女系譲りなのも伺える。瞳に吸い込まれそうだ。


「さ、さ、一杯でも?」

「ありがとうございます」


 幸四郎にビールを注がれ、俺も注ぎ返す。


「さあ、頂きましょう」

「あっ、おばあ様は?」

「さっき呼びましたから、直ぐに来ますよ」


 祖母を気にした卯月の問いに、母親の弥生は手慣れた様に返事を返す。


 すると奥の方から人が出てきた。老婆だ。その老婆を見て俺は驚いた。








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