7  ゴーレム

 洞窟の入り口に立つと、ルークは再び自らの体を変化させた。つい今まで純白に光る白い体だったが、グレーの体へと戻っていった。あの白い変化は体中に掛かる負担が大きいのだろうか。今の処、最終形態みたいだが……。


 そして変化した後、その洞窟の奥深くを見据えルークは言った。


『そろそろ出てきたらどうだ? エキドナ、居るんだろ?』

 

 ルークの声が洞窟内に木霊する。


 やがて、ズシンと地底から響いていたあの音が、ズダンと大きく一回だけ響くと、静かになった。


 ズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ズン。


 すぐさま洞窟の奥底から地上目掛けて何かが歩いてくる様な、そんな感覚の音がする。


 何だ、今度はどんなヤツが現れるんだ。まだ、出てくるのか。俺は興味津々でしかなかった。次から次へと現れる観た事もない不気味な魔物達。俺には奴ら魔物と戦うすべを知らない。ただ、ルークの戦いを応援するしかない。楽観的かも知れないが、やつら魔物達には興味が在る。まさか、現代においてファンタジーの世界の魔物達を、お目にかかるとは思わなかったからだ。


「聖也さん……。怖い、今度出てくるのは、高い能力を持っているかも? 私、こんな波動受けた事がないわ。怖い……」


 俺と一緒にルークを見守っていた卯月は、俺の方に振り返り呟いた。卯月は俺たちには見えない者やモノが見える。霊感が高いから、波動も感じ取ることが出来るのだろう。前回のインキュバスの時だって恐怖を感じたが、こんなに怯えた表情を卯月が見せたのは初めてだ。

 しまった! 缶ビールを持って来るのを忘れた。卯月は酒が入るとやたら強くなるんだった。奇妙な技を使ってくる。魔物相手には少し無理があるかも知れないが……。



 ズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ズン・ズン———。


 大地に響く足音が出口に向かってやってくる。


『ムッ——!』


 洞窟の前に立っているルークの表情が変わる。洞窟の奥から姿を現したのは、ゴーレムだった。ズン・ズンと、石で出来た比重の重たい足取りで穴から出てきて、ルークの前に立つ。ルークとの距離は30m位か……。


 今、目の前にいるのは2mの大きさ。体つきは石で出来た石人形そのものだが、手に何やら武器のようなモノを握っていて肩に掛けている。その肩を凝視してみた。

 大きなツルハシだ。俺達人間が穴を掘る時に使う、あのツルハシではないか。先端は細く鋭い形をしているが、もう片方はハンマーの様に四角い形となっている。その両端は結構デカい。アニメで見る、なんちゃらハンマーみたいだ。


 ゴーレムと対峙してルークが呟く。


『——ゴーレムか?』

「…………」


 ルークがゴーレムを見定める。すると、ゴーレムの背中が一瞬淡く光った。すぐさま、ゴーレムは飛ぶような物凄い速さでルークに近づき、肩に掛けてあるツルハシをルーク目掛けて振り下ろす。


 ルークは体を半歩開いてその打ち下ろされた攻撃を躱す。危ない所だった。


 ドシーン・ピシピシピシ———。


 ゴーレムの空振りになった攻撃が、地面に突き刺さる。途端、ツルハシが刺さっている地面に亀裂が入る。半径2mと云った所から亀裂が入った地面が急激に砂漠化する。


 ゴーレムって確か石人形じゃなかったか? それがあんなにスムーズな、いや素早い動きが出来るのだろうか。腰にブースターか、ジェットクラスターでも付いているのか。石人形の動きじゃない。ルークのヤツよく反応したな。

 

『ムッ、これは……』

「ふふん、巧く躱したわね。でも、そのゴーレムの持っているハンマーに少しでも触ると、アナタも地面の様に砂になってしまうわよ。さっきのは躱せる為にワザと単純に打ち下ろしただけ……。せいぜい頑張るが良いわ」

『エキドナ。やはり、お前か……。そのゴーレムの素早い動き、幾重にも魔法陣を組み込んでいるのか』

「ふふん、さぁ~どうかしら?」


 又しても、新たな魔物が現れた。小型のゴーレムの後ろから発せられた声の主は女だ。いや、女の姿をした魔物。見た目は人間の女性。長く緩いウエーブの掛かった銀髪。銀髪の頭の上には赤地に黒のティアラが乗っている。まるで女王様だ。白く透き通るような肌。吸い込まれそうな大きなグリーンの瞳。バランスの良い顔立ち。スレンダーで、体の線が良く分かるような紅いチャイナドレスを着ている。足元は大きなスリットが入っていて太ももがチラチラ見え隠れしている。ふくよかな胸には緑と金色を基調とした煌びやかな色彩で飾られた胸当てで覆われている。上着はレースのような薄い白のロングのカーディガンみたいな物を優雅に着飾っている。見とれるぐらいの美女と云っても過言ではないだろう。まるでファンタジー映画から出てきたのかと思ってしまうぐらいだ。その女の右手にはかなり大きめの扇を持ち優雅に構えている。


 そして何よりも、その女から放たれる威圧感が凄い。先程のワームよりも数段上をいくオーラを放っている。見た目の美しさに惑わされてはいけない。魔女だ。妖艶の魔女といったほうがお似合いだ。


 しかし、その魔女はルークに挑み掛かる気配はない。小型のゴーレムだけで十分だと判断しているのか。


『どうやら再会を喜んでいる暇は無さそうだな。まぁ、後でゆっくり昔話でもするか?』

「再会ですって? アンタなんか知らないわよ。そんな余裕あるのかしら? さっきも言ったけど、そのゴーレムの持っているハンマーは、ウォーハンマー。別名『破壊のハンマー』よ。無様な格好にならないように。フッフッフッ、オッ—―ホッホッホッ……。キメラとワームのお代は、高くつくわよ! それ! やっておしまい!」

『俺を甘く見るなよ。こんな石人形。フンッ!』

「…………」


 ルークは視線をゴーレムに戻しながら、又しても自分の羽根を一本引き抜き念を込めた。抜いた羽根が剣に変化する。ワームを倒した時と同じ紫電の長剣だ。


『さて、このお邪魔虫を早く終わらせて、昔話でもしようじゃないか。いくぞー!』




 ルークは自分の剣を上段に構えると、ゴーレム目掛けて袈裟懸けに振り下ろした。


 ルークの振り下ろす剣と、ゴーレムの手にしたウオーハンマーが激しくぶつかり合う。数合鍔迫つばぜり合いをした後に、ルークは一歩後ろに引き、すぐさま何度も剣を打ち下ろす。すると相手のゴーレムもルークに対応するべく、瞬時に前に出てハンマーで対応してきた。見た目は石人形だが、ゴーレムらしくない素早い動きでルークに対応している。


 幾度となく繰り返される剣戟。ルークの持つ剣に青白い紫電が巻き付いている。当たれば、紫電の力で動きが止まるだろう。いや、ゴーレムはコアを破壊しないとダメじゃなかったっけ? ラノベの話じゃそうだけど、実際にはどうなんだ?


 方やゴレームの持つ奇妙なハンマーも振り下ろす事に、熱量を増してきているように見える。このハンマーが当たると、先程のワームがバラまいた土くれなどが一瞬の内に塵となってしまう。お互いが、一撃必殺の威力を持っている。ゴーレムは石人形だから顔色を変えない。だから余裕があるのか、焦っているのか分からない。


 幾度となく繰り返される打ち合いにルークの顔色が曇る。ゴーレムの動きが思った以上に俊敏だ。余裕を持っていたルークだが焦りが生じてくる。魔法陣の重ね掛けとは、こんなに素早い動きができるのだろうか。


『これじゃあ、キリがないな……。仕方が無い。また奥の手を使うしかないようだ』


 そう言うと更にルークは自分自身へ気合いを込め始めた。両手を前にゆっくりと突き出し、円を描きはじめた。そして、両手が肩一直線に並んだ時、両手の掌を顔の前で合掌した。


 バシーン——!


 大きな音と共に、今度も真っ白なオーラがルークを足元から頭まで包み込む。やはり今度も、グレーな体から真っ白な体へ変化した。頭のてっぺん、髪の毛から肌の色まで真っ白に変わってしまった。体には白く薄い羽衣の様な布を羽織っている。言い換えれば、真っ白で光り輝いている程眩しい。俺が知っている最強の進化だ! 先程のワームを倒した時の姿に変化した。


 しかし背中の翼だけは真っ黒なままだ。体は白いが背中の翼は真っ黒で、コントラストは高いが何か違和感が強い。ルークからの威圧が跳ね上がる。


 『来い! 魔剣レーヴァテイン——!』


 そう言うと、ルークは右手に持っていた雷の剣を足元に落とすと、空間から何かを掴む様に手をあげた。

 すると、ルークの手元に炎の剣が現れた。その現れた炎の剣に力を込め始める。すると燃え盛る赤い炎の剣は、細長く形を変え始めた。そして、長い槍の形となる。足元の雷の剣は、いつの間にか消えて無くなっていた。


 燃え盛る槍を構えゴーレムに対峙する。先程の剣よりは槍のほうがリーチが長い。俄然がぜん、ルークの有利になった。


 ルークは槍を一突き牽制けんせいで入れると、ゴーレムの足元を払った。するとゴーレムは足元に迫る槍を自ら手にしたウオーハンマーで、封殺してしまった。


 その一瞬の動きにルークは驚きを隠せない。フェイントがきかないようだ……。


『やるじゃねぇか? なら、これは、どうだ——!』


 ゴーレムにしては素早い動きだ。人間のような関節は無いから腕や足の可動域は大きいのは分かるが、動きがスムーズすぎる。


 自分の自慢の武器で隙を付いた足払いを阻まれた事に苛立つルーク。剣とは違う動きでゴーレムを急襲する。突く。払う。振り回す。ことごとく、ゴーレムに防がれてしまう。


 それを見て、妖艶の魔女は笑う。


「オ――ホホホッ、その程度じゃ、この子は破壊できないわよ。なにせ、特殊な魔鋼で作ったからねぇ~。動きだって並じゃない。手を抜いていたら、やられちゃうわよ。まぁ、無理でしょうけどねぇ。精々、頑張ってみる事ね?」

『クッ…随分、上から目線で舐められたもんだぜ。なら、これはどうだ——』


 挑発されたルークはニヤリと笑みを浮かべると、深く腰を落とし槍を構えた。矛先はゴーレムへ。お互いに距離を取り、間合いを図っている。まるで達人同士の戦いのように空気がピリピリ張り詰める。


『ふんっ———ぬ!』


 先に動いたのはルークだった。構えた矛先を相手の胸元に合わせると、槍を何度も突いた。いや槍をしごいている。

 その動きは尋常ではない。槍の矛先が雨霰あめあられの如くゴーレムに押し寄せていく。本当に、一本の槍なのか? と疑いたくなる程の無数の数なのだ。点で襲っている槍の穂先が、高速で動くから残像で点から面の攻撃に見えてしまう。ゴーレムは、自身が持っているウオーハンマーの先と柄の部分で防御するが、段々と追いつかなくなってしまう。


 ルークの凄まじい攻撃が、ウオーハンマーを持つゴーレムの両指を捉える。

 もはや時間の問題。槍の矛先がハンマーを弾き飛ばした。


 ガッ——ン——ゴッットン——。


 ゴーレムは武器を落として、胸がガラ空きだ。その胸を目掛けてルークの槍が紅い閃光となって襲い掛かる。


『もらった————!』





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