8 女帝エキドナ


『もらった————!』


 誰もが決まった。と思った。ゴーレムの胸にルークの槍が刺さっていると思った。


「させない——! そこまでよ!」

『なにぃ?』


 ゴーレムの胸の前で、ルークの槍の矛先は妖艶な魔女の持つ閉じた扇で止まっていた。


 いつの間に傍に来たんだ。洞窟の入り口に居て戦いを傍観していたんじゃなかったのか。ルークとゴーレムは移動しながら戦っていたから100mとはいかないが、けっこう離れていたはずだ。妖艶の魔女は瞬間移動でもしたのか。俺たち人間には理解出来ない動きだ。そりゃ異界の住人達だ。理解できるはずはない。


 扇で止まられた槍をルークは静かに引き戻し、数歩後退する。


『チッ……! 余計な真似を……』


 槍を下げられた魔女は扇を広げ、優雅に自らを扇ぐ。


「そうはいってもねぇ。苦労して創ったゴーレムだもの。むざむざ目の前で、破壊されるのは黙って見ていられないわ。この子のコア心臓だって特別だものね。並のゴーレムに比べてもパワー&スピードが数倍上がっているからねぇ。キメラもワームもやられちゃったからねぇ……。

 でも、ここまでよ! わらわが、相手になるわ!——」


 喋り終わらない内に、ルークへ扇を仰いだ。刹那、扇から多くの真空刃がカマのように回転しながらルークを襲う。


 シュシュシュシュシュ——。


『チッ、風裂の扇か? ウオーハンマーといい、やっかいなモノ武器を持っていやがる』


 ルークは、扇から繰り出される真空刃を避けるように上空に飛び上がるようにバク転する。

 ルークの居た場所を回転するカマの様な真空刃が駆け抜ける。それは、ワームによって積み上がられた土砂や、山間の木々を粉砕する如く切り刻む。


 ザザザザザザザァァァ————。


「うぁ、危ねぇ! 卯月ちゃん、ここから離れよう。俺達がいても邪魔になるだけだ。ルークにとっても足手纏あしでまといしかならない。逃げよう……」

「う、うん、そうね……」


 俺達は、先程居た場所から離れた。ルークの傍にいると足手纏いになってしまう。


 幾度となく振り下ろされる剣や扇の一振りで、爆炎や真空刃が生まれ、所構わず森林や地面などを襲っている。うっかり巻き込まれたら、ケガだけでは済みそうにも無い。


 お互いの遠距離攻撃だけでは中々勝負が付きそうもない。余程の大火力か、接近戦でなければ相手に致命傷を与える事は出来ない。


 ルークの顔に焦りの表情が見える。前回のインキュバスの時にも、久々の変化だったのが辛そうだった。戦いの後も一週間も寝込み続けていたではないか。鏡に封印されていたから体がなまっているのかも知れない。


 俺達の心配が通じたのかルークは相手との距離を取った。


 かたや魔女は自分の扇を閉じてルークを見据える。魔女の足元に魔法陣が浮かび、魔女の手に持つ閉じた扇に魔法陣からの光が吸い込まれていく。


「それそれそれ――! Desu aero cross狂風裂斬


 魔女は呪文を呟くと、扇を広げて立て続けに扇を三度振り回す。今まで小さい真空刃を放つていたが、扇から放たれた巨大な真空刃は時間差の三連続でルークを襲う。今度の真空刃は一つ一つがデカい。先程呪文のような名前を言っていたからなのだろうか。当たればただ事では済まされない。そんな破壊力を秘めている雰囲気がある。


『来い! アイギスの盾』


 ルークは何も無い空間に左手を掲げた。空間が裂け、盾が左手に装着される。鏡のように鏡面仕上げしたようにキラキラ光を反射している。


 いままで、真空刃を避けていたルークだったが、異空間から取り寄せた盾を左腕に装備して立ち止まっている。わりと大型だが、全身を隠すには少し足りない気がする。避ける気配は全くないようだ。大丈夫なのか。あの真空刃は見た目、今まで以上の威力はある。盾で受けて本当に大丈夫なのか?


『…………』

「あーはははっ……。ついに諦めたようね。この呪文の真空刃は、並の威力じゃないわよ。それが、Desu aero cross の三連撃だと、もうアナタの体はバラバラね……」

『…………』


 ルークは盾を構えたまま微動だにしない。


 もうすぐ、大型の刃が3連続で獲物を目掛けて襲い掛かろうとしている。左腕に構えた盾は果たして凶暴な真空の刃から持ち主を守る事が出来るのだろうか。


 ギュィ―─ン——!


 空気の刃だというのに盾に真空刃が当たった瞬間、金属音のような高音が響く。


「な、ば、ばかな……。どうして、真空刃が……」

『ふん、油断したな。この盾は別名「水鏡の盾」というんだ。打撃はいなし、魔法攻撃は放った相手にそのまま跳ね返す。そら! 自分の攻撃を受けてみろ』

「くっ———! よもや、この様な事に……くっ――! Protect。Earth wall」


 盾によって跳ね返された自身の真空刃が魔女に向かって襲い掛かる。三連撃の真空刃が角度をつけて向かって行く。これは、避けるのには難しいぞ。あの魔女も、これで終わりなのか……。


「Earth wall——」


魔女は 扇を畳み、呪文を唱えた。しかし、間に合わないようだ。地面から土壁が立ち上がるが、ルークの盾から跳ね返った真空刃は勢いを増している。


 その跳ね返した真空刃が魔女の体を切り刻む寸前、何者かが魔女の前に立った。


「グウウオォォォォオ————!」


 天に轟くような叫び声がした。

 

「ググ……グ……」


 その者は先程のゴーレムだった。盾によって跳ね返った真空刃に体を切り刻まれたゴーレムはバラバラになって地面に崩れおちていく。どうやら真空刃はゴーレムの体を切り裂いて威力が落ちたようだ。魔女の張った土壁でその威力は落ちてしまったようだ。よって魔女は無傷のままだ。


  このゴーレムはエキドナとの戦闘に参戦していなかった。指示が無いと動く事すらままならない。これがゴーレム石人形の定め。しかし、エキドナを守る為に自らの体を犠牲にした。自我が無いというのに、なんとあるじ思いのことだろう。


 目の前で自身の創ったゴーレムがバラバラになって崩れていく様をみて、魔女の顔が見る見るうちに豹変する。


「おのれ……。おのれ、よくも、わらわの……。許さぬ、決してゆるさぬぞ……。この~どぐされがくそったれが――――! ウオォォォォォオオ————!」


 魔女は怒りで体を震わせている。少し前まで誰しも見とれる美しい顔だったが、般若のような顔に変わってしまった。瞳は緑色から怪しい金色こんじきへと変わる。なんと恐ろしい。怒りが頂点に達したのか、魔女の下半身が変化していく。蛇だ。蛇の下半身へと変わっていく。シッポがうねり、蛇のような半身がとぐろを巻きながら、上半身を立ち上がらせる。蛇が鎌首を上げるような姿勢で魔女はルークを見下ろしている。


 魔女の怒りの形相を見ていると足が竦んでしまう。まるで蛇女だ。蛇に睨まれたカエルの様に身動きが出来なくなってしまいそうだ。インキュバスの時も凄い迫力だったが、今回も更に凄い。ビリビリとした空気の振動が肌に刺さるような感じがする。卯月が言っていた波動が凄い。ってのはこの魔女の事だったのか。


「シャーア——! おのれ、よくも……」

『よせ、エキドナ。俺の事が分からないのか?』

「知らぬわ——!」

『はっ! まさか、記憶を封印されたのか? 厄介な…』


 再会を懐かしむ暇も無い。困惑した表情のルークと、とりつく島もない憤怒の表情の魔女。まさに怒髪衝天だ。過去に、この二人の間に一体どんな過去が有ったのだろうか……。



 

 更にこの二人の戦いは勢いを増していく。


 ルークは左手に先程の盾は無い。何も持っていない。異次元に戻したのか、時間か回数の制約でもあるのだろうか。

 右手には魔剣レバーティンでは無く、紫電の長剣を振り上げ魔女に向かっていく。


 待ち構える魔女の右手にはつい先程まで大きな扇を広げて持っていたが、扇を畳み掴み振り下ろさんとばかり構えている。畳んだ扇は鉄扇という武器なのか、ルークの剣を受けようとしている。


 ルークの剣が大きく振り降ろされる。


 ギュヴァ————ン——!


 魔女がルークの剣を受け止めた。聞いた事が無い金属音と空気を震わす振動がズシンと辺り一帯に響き渡る。


『エキドナ、お前、富士山に向けてワームに穴を掘らせていたのは、噴火を狙っていたのか?』

「なんの事じゃ——?」

『おい、お前。黙示録を再現させるつもりだったのか? 誰だ⁉ 一体誰が、お前の後ろにいるんだ⁉』

「何を戯言たわごとを……。わらわが勝手に始めた事よ。噴火? 何をわけ分からない事を……。なに? 一々、煩いわね」


 ルークの剣を数合受け止めた魔女は何故か、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ふふふっ、長話も終わり——。掛かったわね……」

『っむ——』


 魔女の余裕に満ちた笑みに、危機を察したルークは魔女から瞬時に空中に離れた。


 刹那、ルークがいた場所の地面から幾つもの石槍が、獲物を貫かんと勢い良く空に向かって突き上がる。


 まさに間一髪とはこの事だ。空に離脱したルークは難を逃れた。見守っている俺達は息を飲む。しかし、魔女の攻撃は終わらない……。


 石槍を寸での所でかわし空中に逃げたルークだったが、空中でも罠が潜んでいた。


 樹海に無数に生えている木々が天高く覆いつくし、まるでドームの様に空を囲っていた。そこから木々が合わさり、無数の木の槍といばらの鞭が上空からルークに降り注いでくる。

 

 下からは無数の石槍。上からも無数の木槍と茨の鞭。もはやルークに逃げ道は無い。


『くっ――。これを狙っていたのか……。ならば……』


 ルークは背中の漆黒の翼を一旦広げると、自分を包むように前で閉じた。そして横に回転を始める。回転は瞬く間に、高速回転となり上下からの無数の石槍と木槍と茨の鞭を弾き飛ばす。弾き飛ばされた無数の槍群は、ボロボロになって崩れ落ちていく。


「——っち。味な真似を……」


 上下からの攻撃を上手くかわしたルークは、上空から魔女に向かって勢いよく下降して切りつける。


 まるでTVで見るアニメのようだ。この言葉しか思いつかない。数合の剣を合わせると、瞬間移動の如く移動しながら戦っている。近づいたままの攻撃だと地面から石槍が沸き上がる。かと言って空中の多くの木槍と茨鞭の攻撃も油断ならない。


 遠距離攻撃ではお互い避ける事が出来る。これではルークに分が悪すぎる。


 だから、ヒットアンドアウエィの攻撃しかない。しかし次元が違う。こいつらは魔物だから、別次元の動きなのだ。俺達人間には理解不能な動きしかしない。瞬間移動のような動きだ。魔女の下半身は蛇の格好をしているから、空中へは飛べない。方やルークは宙に浮いている。ルークの方が有利に見えるが実はそうではない。遠距離攻撃はお互いに躱される。魔女の傍に近接物理攻撃に行けば、地中からも石槍が無数に突き上がってくる。空中からも槍といばらの鞭が襲い掛かる。


 宙に浮かんだまま、背中側の木々の攻撃を気遣いながら、ルークは魔女に問いかける。


『もう一度聞く、エキドナ。なぜ富士山を噴火させようとする? お前の後ろにいるのは誰だ? 誰に指示された?』

「何度も同じことを……。一々煩いわ——! この下に龍脈が有るから、少しばかり魔素を貰おうと思っただけよ。何が噴火なのよ? 訳が分からない。それに、このわらわが誰かに指示されて動くはずがないでしょうが————!」


 しかし徐々にルークの動きが鈍っているような気がする。明らかに攻撃の回数が減って受けに回っている。体力が無くなっているのか? それとも俺達には分からない魔力が足りないのだろうか? そんなルークの様子を見て魔女が笑う。


「フフフッ……。そろそろ、疲れたみたいね。なら、楽にしてあげるわ」


 そう言うと魔女は空中に浮かんでいるルークに対して、掴んでいた鉄扇を開く。その鉄扇を胸の前に掲げる。やがて開いた鉄扇に黒い霧のようなモノが集まっていく。


 集まっていく黒い霧が収束され圧縮されているようだ。更に魔女の足元と頭上に大きな魔法陣が浮かぶ。それらが交わり更に大きな力に変換されそうだ。


 大丈夫なのか? とてつもないヤバい雰囲気しかないんですけど?……。

  






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