4 門番


 俺達は地上を歩きながら、上空でカラスの群れが飛んでいるふもとを目指した。


 辺りは人が踏み入れる事のない雑木林で溢れかえっている。幾重にも連なった枝をかき分け、俺達は前に進んだ。同時に体中がひっかき傷や、小さな打撲やらが出来るから痛い。


 歩き続けて行くと、何かが小さく聞こえてくる。ヘリから降りた時は感じなかったが、次第にはっきりとしてきた。聞こえるという感じよりも体で感じる。という様な妙な感覚だ。“ドーン・ドーン”や‟ズボボボボッボー”と足元から、何かが響いてくる。地震のようだが、なにやら違う感覚だ。


「何だ?——」

『そろそろ、目的の場所に到着したようだな?』


 道無き道を話しながら進んで行くと、急に視界が開けた。そこの場所だけ木々が倒れていて扇型の広場の様になっている。そして、富士山の麓には何故か、大きな穴がポッカリと、不自然に開いているのが見える。


 確か富士山は休火山で、その影響で多くの風穴が在る。と云うことは俺でも知っているが……。その多くある風穴の一つの穴の両脇に、土砂が小山となってこんもりとしている。


 まるで、穴を掘りましたよ! と言わんばかりに……。如何にも不自然だ。


 上空ではカラスの群れがカーカーと煩く鳴きわめいていて、どうやら問題の場所だという事が俺にでも解かった。やっと着いたのか~。


「ルーク、一休みしよう……」

「私も、疲れちゃった……」


 俺と卯月はそう言うなり地面に座り込み、背中に背負っているリュックから水のペットボトルを取り出し飲み始めた。此処に来るまで結構歩いた気がする。水分補給をしっかりしないと熱中症になっちゃうからね。今は夏だから結構暑いんだよ。


 方やルークは、辺りを気にして凝視している。


『どうやら、ゆっくりと休ましてはもらえないようだな。来るぞ——!』

「うゎー。そうみたいね?」

「えっ?——。何が来るって? ウワッー」


 俺が未だ喋り終わらない内に、突風が俺達を襲った。卯月は解っていたのか、側の木にしがみついている。俺も木にしがみつきながらも、その突風の起きている場所を探した。


「うわ、何だ、あれは――――!」


 思わず声が出た。つい先ほどまでは何も居なかったふもとの風穴がある場所に、突風と共に空から舞い降りてきたのだろう。そいつは、俺が今まで見た事も聞いた事がないような姿形をしていた。その姿とは?


 一見みると巨大なライオンだ。大きさは通常の二倍以上はあるかも知れない。

 いや、違う。よく見れば、ライオンの顔の横に大トカゲの頭と、山羊の頭が有る。一つの体に三つの頭が付いている。更にシッポは、蛇だ。時折クネクネと動いて周りを威嚇している様にも見えるのが、遠くからでも分かる。


 そいつの両脇には、大きなわしの様な翼が有り、時折羽ばたかせるその翼から、突風が巻き起こっている。さっきの竜巻もコイツが起こしたのか。


 そいつは俺達に未だ気が付いていないのか、洞窟の横に翼を畳み座り込んだ。俺達との距離は100m近くある。おまけに俺達は風下だ。良かった、ツイている。


「ル、ルーク……。あの化け物は? 一体なんだ?」

『ヤツは、キメラだ』

「キメラって、何だ?」

『キメラとは、合成魔獣だ。簡単に云えば、色々な獣達を合成させて創った生き物だ。もしかして、アイツがいるのか――。聖也、俺のシッポを出せ』

「あ、あぁ——。解った。ほら……」


 俺はルークにシッポを返した。シッポはルークに吸い込まれる様に戻り、ルークは変化を始めた。


 ハムスターの体から、30センチ程のずんぐりむっくりした姿へ、そしてあのインキュバスと戦った時と同じ、2メートルの人型に変わった。


 相変わらず整った顔をしていて、イケメンがしゃくにさわる。そして近寄りがたい雰囲気を持っている。髪の毛は銀髪。プラチナの様に煌めいている。体は漆黒のオーラに包まれているが、全身グレーだ。俺が知っているルークの第二形態だ。


 明るい昼間に見ても異様な雰囲気だ。体調は大丈夫なのか?


 ルークの変化が一旦止まると、俺達に振り向いた。


『それじゃ、行ってくるか。おまえ達は此処で見ているがいい』

「ルーク、気を付けてね」

『ああ、あれくらい大丈夫だ』


 卯月の声を背にして、ルークはキメラの前に漆黒の翼を広げ飛び立って行った。


 ルークは余裕を見せているが、大丈夫なのだろうか? キメラって魔獣、妖獣じゃないか。合成魔獣って強そうじゃないか。本当に大丈夫なのか?







『よう、何をしてる? 門番のつもりか?』


 ルークはキメラの前に降り立った。ルークの姿に反応して、座っていたキメラが立ち上がる。真ん中のライオンの顔がルークを見据え、低くうなりながら威嚇いかくしている。


「ガルルルッー」

『何を怒っている? 俺はオマエの主人に会いたいだけだ。そこを退いてくれないか?』


 キメラに向かって優しく語りかけて、キメラまで数m近づいた。穏やかに話しているが、ルークの思いはキメラに届かない。


 この洞窟の門番として、怪しいヤツは一歩も入れさせない。そんな門番としてのキメラの思いが、見ている俺達まで伝わってくる。洞窟の奥に潜むこの主人に忠実なのだろう。


「「「グリュ・ガオッー」」」


 未だライオンの顔はルークを見て低く唸っている。やがて、ライオンの隣の大トカゲがゆっくりとルークを見据えると、いきなり炎を吐き出した。


 ボオォォオ————。


 まるで火炎放射器だ。吐き出した炎は、30メートル先の倒れた木々を瞬時に焼き尽くす。


『——クッ! どうやら、素直に通してくれそうもないか。仕方が無いな—―』


 余裕で空中に逃げ、炎をかわしたルークであったが、表情は今ひとつ冴えていない。やはり何かを躊躇ちゅうちょしている様にみえる。


 ルークは翼を一つ羽ばたかせると、地面に降り立ちキメラと距離を取る。


『それじゃ、手っ取り早く終わらせるか?』


 ルークはインキュバスとの戦いでみせた様に、自分の背中の翼からまたしても一本の羽根を抜き取った。その抜き取った羽根に、念を込める。


『ハァッ——!』


 ルークの右手にある一本の羽根が姿を変える。インキュバスの時は、青白く光る長剣だったが、今回は青白いムチが現れた。ルークはそのムチを軽く振ってみる。


 ヒューンヒューン・ピシッ・ピシッ——。

 

 風を切るムチの音がキメラを威嚇する。


 ライオン、山羊、大トカゲの三つの首を持つ合成魔獣は、ルークのムチを警戒して前足の態勢を低くとっている。それは今にも飛びかかろうとしている様にもみえる。


『いくぞ——!』


 見た事も無い妖魔獣と呼べる【キメラ】との戦いが始まった!


 ルークはムチをキメラのライオンの顔に照準を合わせた。ヒューンと空気を切る音がすると、ムチの先端はライオンの顔を目掛け、しなったまま飛んでいく。


 ビシ————ン。


 誰もがムチがライオンの顔に当たった。と思ったが、実際はそうでは無かった。


 当たる一瞬の隙に、キメラは横に移動して鞭を交わしていた。動物の本能が自然と働いたのだろう。以外に素早い。


 そしてキメラの移動は加速する。ルーク目掛けて地を駆ける。


 キメラはルークの目の前で急停止して、後ろ脚だけで立ち上がり、右足を大きくルーク目掛けて振りかざした。振りかざす右足からは長く光る爪が伸びている。当たれば、傷どころか体を切り刻まれてもおかしくはないだろう。


 キメラの動きに動じる事なく、ルークはキメラの攻撃を受け止めた。自分の体格以上の大きさのキメラの攻撃。移動のスピードにキメラ自身の体重が乗った渾身の一撃を左腕一本で受け止めた。


 辺りは打撃による地響きに似た衝撃音が木霊する。その衝撃はルークの足元の地面に伝わり、円を描く様に地面が沈む。


 キメラの右足の肘の辺りをルークは自分の左手で受け止め、衝撃を地面に逃がすとキメラの腹部に潜り込み、右手の掌底でキメラの腹を打ち上げる。


「――グッ、ギャオウゥゥゥゥ」


 不意を突かれたキメラは痛みで飛び上がった。ルークから逃れるために空に浮かび様子を見ている。翼を二度三度はためかせると、翼から竜巻が巻き起きる。


 ルークもキメラを追撃をかけるべく空中に飛んだ。


 ジリジリとキメラに近づき、ルークは自分の間合いに入ろうとする。それをキメラは嫌がり、空中を左右に駆けるように移動する。動物の持つ危険を察知する本能が素早く反応する。


『ほう?……』


 苦笑いをしながらルークは鞭を更にしならせる。ルークの持つ鞭はキメラを追ってしならせながら、スピードは益々加速していく。柔らかくしなやかに、そして激しく鞭は自らの体を湾曲させながら、今度は山羊の顔に向かっていく。


 ビシ———ン。クルクルクルクルクル。


 ルークの鞭攻撃が山羊の顔面に当たったかと思われたが、そうでは無かった。


 キメラの山羊は自らの角を振りかざし、ルークの鞭を角で受け止めた。山羊にしては長く尖った角に、ルークの鞭が絡みつく。


 鞭と云う一本のロープで、両者が綱引きを行っているかの様に動かない。ルークが引っ張ると、キメラは態勢を低くして、山羊の頭は首をそらして踏ん張っている。力が均衡している。見ている俺達の手が汗ばんでいく。


 その瞬間、山羊の頭が左に大きく沈む。すると、真ん中のライオンはルークの鞭に噛み付いた。すると、隣の大トカゲの顔が必然的にルークに向かって正面になる。大トカゲの目が怪しく光る。そして、再び口を大きく開いた。


 ボウオゥゥゥゥゥゥウウウ———。


 大トカゲの口から、再び炎がルーク目掛けて飛び出していく。


『チッ!――』


 炎から逃れる為に、ルークは鞭を手放し真上に逃げた。が、キメラの放った炎は、そのまま真上に逃げたルークを追って、吐き続けている。


 炎の柱が立っている。方やルークは空中で器用に炎を避けている。


 俺から見ると、前回のインキュバスや今目の前にいるキメラなどは、到底自分達人間には立ち向かえ無い事は解る。しかし、ルークは魔界のいち王でもあったと云う。ルークの戦いは、なぜか解らないが、余裕すら感じているのが俺には解る。


 やがてキメラは炎が相手に当たらないので、自らも翼を使いルークを目掛け、追いかけていった。


「キュシャオウゥウ・ガルルルルッー」

『フン、やるじゃないか? しかし生憎俺はあまり、お前に構っている時間はないんだよ。そろそろ、本気でいくぞ!』


 そう言うと、ルークは自らの翼を羽ばたかせ左右にフェイントをかけながら、高速移動した。俺がまばたきをした瞬間に移動している。狙いはキメラの死角。


 異動先は、キメラの背中。相手を一瞬見失ったキメラは空中で静止している。

 三頭六目が見失う速さだ。一方ルークは、キメラの後方に回っていた。


 すると、キメラのシッポである蛇がルークを見つけ鎌首を上げる。自らの持つ猛毒の牙を光らせながら、大きく口を開く。


「シャァァァア———」


 と大きく口を開きながら、ルークに襲いかかって来た。

 






 

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