3 富士山麓へ

「ねえ、ルーク? ピーナッツ食べる?」

『——んっ、気が利くじゃないか』

「はい、ど~うぞ。沢山あるよ~。ねぇ、魔界ってどんな所?」

 

 まさかのエサで釣るのか? 卯月ちゃん。しかし俺より卯月のほうが扱い慣れているようだ。先程の「聞くなオーラ」が無くなってしまった。ルークは卯月の掌でピーナッツを頬袋に詰め込み始めた。なんてゲンキンな奴だ! 卯月ちゃん、グッジョブだぜ! 俺は右手で握りこぶしを作り、親指を立てた。ウインクもしてみるか。

キラリーンってか?


『何だ、知らないのか? その場所は、お前達人間が作り出した場所だろうが?』

「えっ? どう言う事?」

『最初に言ったはずだ。お前達人間は、平気で他人を陥れようとする。相手を傷つけ、ねたみ、うらみ、さげすむ……。そんな、お前達人間の悪想念の負エネルギーが淀んだ場所だ。天界と現世とは別次元の世界だ。霊界と人間界の狭間に在る。全てでは無いが、多くの悪魔達は堕天した天使達だ。そして魔物達は、お前等人間の歪んだ悪想念で誕生した生物だ』

「そ、そんな……」

『そこには失望しか無い場所だ。そんな希望が無い場所は薄暗い。どんよりと闇だけが覆っていて、空中、陸、水中、地中と、あらゆる魔物達が各種族によって、覇権争いに夢中になっている』

「ちょっと待てよ? ルーク。確かお前、最初に自分の名前を名乗った時に【俺様の名は、大魔王メフィスト・フェレス=ルーク・アザエル公爵だ】って名乗らなかったか? お前は、魔界で一番偉いんじゃないのか?」

『フン、何を言っている。魔王は他にも幾らでも居るわ』

「どう言う事だ? 魔王が沢山居るって?」

『この人間界でもそうだが、各大陸や国に大統領みたいなヤツが居るだろ? あれと同じ事だ。それに力の強さで魔王級とも言っている。俺は、ある処にいただけだ』

「そうか? そう言う事か」

『そういう事だ。他には、アンデット族や魔獣人族。呪文ばかり使う魔官族。魔精霊族などがひしめいている』

「ふ~ん、そうか。だからルークは魔界では有名なんだ。だから、あのインキュバスも驚いていたのか?」

『そうだ。そういう事だ』

「そうか……」


 俺と卯月はルークに掛ける言葉が続かなかった。聞きたい事は色々あるが、なぜか喉から声が出なかった。


 しかし、卯月は何かを思いだした様に話し始めた。


「ねえ、私があなた達に出会った時の事覚えている? 確か焼肉屋で、聖也さんに言った事があると思うの?」

「ええっと~何だっけ? 卯月ちゃん?」

「夢の話よ……。やっぱり、あの夢はお告げだったのよ。翼を持つ狭間の者が目覚める時、魔物達も目覚め世界を滅ぼす。巫女の血によって導かれ、三種の神器を捜し世界を救え! と言う……」

「そうだな、お告げ通りの事が実際に起こっているんだ……」

「そうよ……。だから、私の実家の神社へ行けば、何かヒントがあると思うの。ううん、おばあ様ならきっと何か知っているはずよ」

『巫女の血に導かれる。か、どうやらそうみたいだな……』







 やがて、30分もすれば目標地点の近くに到着した。富士山登山道の5合目の駐車所が見えてきた。カラスの大群が飛び回っているのは、登山道の反対側に位置している。


 良かった、反対側で……。ってか、昨夜の地震で全ての登山者が下山していてほしいんだが。残っているバカはいなけりゃいんだが……。


「ルーク、もうすぐじゃないのか?」

『ああ、そろそろだな?……』


 ルークは卯月の掌で、ピーナッツを食べながらカラス達の群れの方向を眺めていた。


「——居る? 何か居るわ!」


 卯月がヘリの外を見つめ、ふと言葉を漏らした。何かの気配を感じるのか。


 同時にルークも言葉を詰まらせた。いや、ピーナッツを喉に詰まらせた。ゲホ!


 なにやってんだ。こいつは! 緊張感が一気に張り詰めるはずだったが、空気が和らいだ気がした。


 咳込んだルークが凝視している方向を、俺もつられて見てみた。何だかよく分からないが、小さな丸いものが宙に浮かんでいる。更によく目を凝らして見た。その物体まで約30メートル。


 んっ……。何だ? まさか目? か? 


 サッカーボールぐらいの大きさに両脇に、コウモリのような羽根が生えて宙に浮かんでいる。そのサッカーボールは目玉のように見えた。そいつは羽根を羽ばたかせ、フワフワと浮かんでいる。


 途端にその目玉の様な物と、俺の目が合ってしまう。嫌な予感が俺の背中を突っ走った。なんだ、これって、もしかして魔物の偵察用の監視カメラか?

 

『——ん? あれは?…もしや?……』


 同時にルークが叫ぶ——。


『おい、急いでこの場所から離れろ!——。早くしろ、急げ!』

「おい、操縦者さんこの場所から急いで離れてくれ!——。早く!」


 俺はルークの言葉をヘリコプターの操縦者に伝えた。なにせ、一般の人にはルークの姿は見えないし、言葉も聞こえない。


「あ、はっ——。はい——! うわっ——!」

「来る、……。何かが……。来た!」


 ヘリコプターの操縦者の悲鳴と、卯月の覚悟した呟きと共に俺達の居た空間がぐらつき始めた。何だ? 一体どうしたんだ?——。


 慌てながら外の景色を見ると、竜巻の様な風の中に巻き込まれている。これではひとたまりもないだろう。急に俺の体に落下する重力が掛かり始めた。ヘリコプターがバランスを崩して落下している。

 

 ひょっとして、墜落か? 落ちるのか?


「「「ウワッ————‼ 」」」


 このヘリコプターに乗り合わせた全員が、瞬時にそう思い同時に声を上げた。


 俺は死ぬのか? いやだ、まだ死にたくない。死にたくないから、こんな無謀とも思える旅、いや冒険を冒しているのに……。俺は死を覚悟し目を閉じた。


『聖也。俺のシッポを返せ——。早くしろ!』


 俺の目の前でルークの声がする。


「ああ、わかった」


  俺は、慌ててズボンのポケットからルークのちぎったシッポを、ルークへ返した。途端に、漆黒のオーラがこのヘリコプターの室内に充満する。

 そしてその黒いオーラに包まれたかと思ったら、ルークが変化を始めた。


『ウッ————。ハアッ————‼』

「「「うわっ——! 落ちる——。」」」






 

 衝撃が起こると思い身構えていた。しかし、なにも起こらなかった。

 数秒の後、俺はゆっくりと目を開けた。


「あれっ? 俺達助かったのか?……」

「フゥ~良かった…。助かった……」


 卯月と安否を確認し、ヘリコプターから窓の外の景色を見た。あわや、地上に生い茂る多くの木々にぶつかる寸前で、巨大化したルークが、ヘリコプターを両手で支えていてくれた。


「やっぱりルークは頼りになるわね?」

「ああ、そうだな。でも俺は高い所はダメだから、もうお仕舞いかと思ったよ…。

フゥ~……」


 再び安堵のため息がついて出る。前の席のヘリの操縦者を見ると、返事がないし、動かない。どうやら、気を失っているみたいだ。仕方が無いな。あの状況ならどうしようない。俺も諦めようとしていたんだ。そりゃビックリするさ。


 やがてルークは、巨大化した足元で木々を押し倒し、地面を平らにしてくれた。

 そして、俺達を乗せたヘリコプターをそっと地面に降ろした。と、同時に元の小さなハムスターモードに戻っていった。勿論、ルークの体が元に戻ったのだから、ヤツのしっぽは俺のズボンのポケットに戻っている。

 毎回だけど、又ウニョウニョか~。何度やっても、気持ち悪りぃ~。


 俺と卯月はヘリから外に出た。今、自分は生きている。と云う実感を抱きながら、大地に足を踏みしめる。深い木々に囲まれた場所から空を仰ぐ。すると、空中からルークがハムスターモードで、パタパタと宙を泳ぐ様に浮かびながら、俺達の方に向かって降りてきた。


「ルーク、サンキューな」

「ルーク有り難う~。絶対ルークなら助けてくれるって思っていたわ」

『ふん、全くお前達ときたら……。まあ、気にするな』


 俺はさっきの疑問をルークにぶつけてみた。


「ところで、さっきの竜巻みたいなのは一体何だったんだ? 自然に起こった様には感じられなかったんだが?」

『ああ、奴等が仕掛けてきたんだろう。魔物がどこかに潜んでいるかも知れないから、これからは注意が必要だ』

「そうよね、気をつけなくっちゃ……」

「ルーク……。さっき、空中に目玉みたいな物が浮かんでいた様な気がしたんだが、あれは一体何だ?」

『偵察用の目だ! 奴らは俺達がいる事をもう、知っている』


 やはりもうすでに魔物に見つかってしまったのか? 一気に不安が押し寄せてくるじゃないか。しかし追撃の手が押し寄せて来ないのはなぜだろう。余裕なのか? 先程の竜巻は様子見だったのだろうか。ここは、ルークを信じていくしかない。まだ、原因を確認していないから分からない。


『オイ、こんな所でモタモタしないで、そろそろ行くぞ!』

「あ、ああ——。ところでヘリの操縦者はどうする?」

『放っておいてもいいだろう。気がつけば、勝手に帰るだろうからな?』

「そうだな。ヘリコプターも壊れたわけじゃないから……。じゃあ、行こうか?」

「ええ、行きましょう」


 俺と卯月は、ヘリの中から各自のリュックサックを取り出し背負った。


目指すは、ヘリが墜落しそうになった地点へ——。


でも帰りはどうしょうか? まぁいいか?  なんとかなるだろう……。




 




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