2 目的の場所
【ピンポーン――】
翌朝、卯月が俺のアパートのインターホンを押した。
来る事は事前に分かっている為にドアロックは解放している。インターホンを押すなりドアを開けて入ってくる。
「おっはよ~うございます~。お邪魔しま~す」
「卯月ちゃん、早いね~。時間まだ早いんじゃない?」
「私ね、せっかちなんです。遅れるより早い方がいいじゃないですか。それに、ルークに早く会いたかったから……。これ持ってきちゃった。ルークは?」
「せっかちだって、ほんとかよ~。卯月ちゃん結構おっとりマイペースだと思うんだけどなぁ? あぁ、ルークはトレーニングかダイエットか知らないが檻の中でガラガラやっているぜ」
「あ~ホントだ———! 可愛い~♡」
卯月は俺が飼ってるハムスターの檻に向かって歩いた。檻の中では、ルークが滑車をカラカラと回している。最近太ったのを気にしているのか、ダイエットをしているそうだ。だいたい、コイツは食いすぎだ。最近味をしめたのか、ヒマワリのタネよりも100均のピーナッツを一袋空にする。どんだけ食うんだよ。あっ、又言いそうになったぞ。キャベツの芯を食えよ! 野菜を食え! そうだ。この後、野菜を出してみようか?
俺の思いとは裏腹に卯月は、ルークに声をかけた。
「ルーク、お疲れ~頑張ってるね~。ご褒美があるよ~♡」
『おお、卯月か。何が有るって?』
「あっ、卯月ちゃん。冷蔵庫にキュウリあるから、ルークにやってみてくれないか?
コイツ最近太り過ぎだから野菜も、い~んじゃないか? ってか野菜は初めてか?」
「あ~あ~ですよね。じゃあ、ルークこれどうぞ! 冷えてて美味しそうだよ」
『――っん? 何だこれは? こ、これは…………』
「どうかな?……」
『ポリポリポリポリポリポリポリぽりぽりぽりぽりぽりpppppppp』
卯月の掌に乗って、冷えたキュウリを一心不乱にかぶりついているハムスターモドキがいた。
『こ、これは——! な、なんてフレッシュなんだ————♡ もきゅもきゅ♡』
初めての食材に心を奪われて無理矢理、頬袋にキュウリを押し込もうとしている。
オイオイ、何やってんだ。いくら何でも、お前さんの頬袋にはキュウリは丸ごとは入り切らねぇよ。
おい、短いシッポが
「——ったく! なにやってんだよ。この大魔王様は?……。野菜でもそんなに食ってりゃ、トレーニングやダイエットにもなりゃしないじゃないか」
俺はその光景を呆れ半分で眺めていた。キュウリは栄養は殆ど無いし、水分だけだったようだが? まぁ、いいか?……。
突然、アパートの窓の外がカーカーと騒がしくなって来た。窓を開け空を見上げると、カラスの群れが空を旋回している。結構いるな。昔観た【鳥】と言う題名の映画を思い出した。あの映画は、鳥達が人間を襲う。という様な内容だった気がする。すると、一羽のカラスが俺を目掛けて急降下してきた。何だ、やばい……。
あっ‼ もしかして、このカラスはルークのファミリアか? だとしたら、窓を開けないと入って来れないな。窓ガラスを割られる前に、早く窓を開けないと……。
『何か
俺の思いとは裏腹に、キュウリを食べていたルークがこちらを振り向いた。
急降下してきたそのカラスは、開けた窓から部屋に飛び込んで来た。そして卯月の前に静かに降りて両翼を広げてカーと一言鳴いた。
『ポリポリポリぽりぽりぽりぽりぽり…卯月、俺をカラスの前に降ろせ』
「ああ、そうだったわね。この
「ルーク、食い終わってからにしたらどうだ?」
『
卯月は掌のルークをカラスの前に降ろすと、カラスは再び両翼を広げたまま、一声カーと鳴いた。ルークはカラスに向かって、何やらポリポリしながら意味不明な言葉を使っている。それでもどうやら、会話は成り立っている様だ。訳が解らない。ポリポリしていて話が通じるのか?
すると、窓からまたもや珍客がやって来た。猫だ。黒猫がやって来た。ここは2階だぞ。どうやって、入って来たんだ? それにコイツ、シッポが2本有るように見えるんだけど、気のせいか、幻覚じゃないよね……。大丈夫か、俺は?
黒猫もカラスの傍にそっと座り、順番を待っているように見えた。そして、カラスと黒猫とでなにやら会話していた2、3分後、ルークは俺の方へ振り返り笑みを浮かべた。ハムスターの姿なのに確かにルークは笑みを浮かべた気がした。変なヤツだ!
「聖也、富士だ。富士山へ行くぞ。こいつ等がどうやら手がかりを見つけたみたいだ」
「「富士山だって——!?」」
俺と卯月は声を上げた。二人同時だ。ハモッてしまった。富士山は霊峰と呼ばれている。
「はぁ? なんで、富士山へ? 富士山へ何があるって!?……」
『お前たちは調べていたのではないか? ネズミや虫の異常すぎる程の群れが発生して、富士山周辺から外部へ逃げ出そうとしているんじゃなかったのか? その原因が、富士に有る!』
「——はっ! そういえば、昨日ここまで地震が伝わったから、富士山は大丈夫かなぁって思ってたのよね。でも、昨日の地震は一瞬だけの変な地震だったわよね。四国の室戸岬沖も同時に地震があったって……。もしかして、富士山が噴火したらどうなるのかなぁ?」
「そりゃ、山梨や静岡、神奈川や東京まで被害が来るかも知んねぇよ。粉塵の被害は結構風向きで決まるから……。でもさぁ、昨夜の地震はTVの速報で言ってたけど、あれだけの地震が一瞬、起きただけで被害が奇跡的に起きなかったって。もしも、余震が続いていたら大変な事になっていただろうな」
『ああそうだ、昨夜の地震は奇妙だったな。地面が揺れたのではなく、空間が揺れたように感じたぞ。あの地震は、恐らく魔族が関係しているのだろう……。
もしも、富士山を噴火させようとする魔物がいたら、ネズミや虫の異常すぎる群れの移動も頷ける。それに四国の室戸岬沖の地震も気になる。海底火山が噴火すれば、大津波が起きるかも知れない。昨夜の海底地震も同様に、震度7の割には津波は起きなかった。この2つの地震は気になるが、やはり近場は富士山だ。取り合えず、行くぞ! 富士山へ』
「「そ、そんな……」」
ルークのファミリアであるカラスと黒猫の意外な報告によって、俺達の次の目標と云うか、方向付けが定まった。
【目指すは富士山】
四国室戸岬沖の地震も気になるが海の事は一旦おいて、身近な富士山へと向かう。
ネズミは危機感地能力に優れているという。虫だってそうだろう。自らの生命の危機を覚えば、一目散に逃げるに決まっている。
俺達のPCの書き込みにあった、「ネズミ」と「虫」の大移動の件だって、よくよく考えれば、そこにヒントがあったのかも知れない。
何だって良い。この世界を救う微々たる情報が有れば、それに従うのみなのだ。現代は情報社会とは言うけれど、こんな危機が迫った事は、この地上にいる多くの人々は気が付いていないのが実際だ。だから情報社会とは言っているが、そう言っていられないのが現実だ。矛盾している。明日は我が命すら危ぶまれているというのに、多くの人々はそれすら気が付かずにいてノホホンと暮らしている。周りの事に関心を持たず、やれ今日の部下の対応が悪いのだとか? 昨日の夫婦喧嘩についてだとか? 自分の持っている株が上がった、下がったとかで一喜一憂している。SNSで自分の事を自慢してみたり他人を誹謗中傷するのに躍起になっている。自分自身の身の回りの事しか関心が無い。全くもって情け無い。
俺たちは卯月の実家に行く予定を変更し、富士山へ向かう事にした。日帰りは無理かも知れないだろう。野宿用に上着を数枚リュックに詰め込んだ。携帯食と飲み水のペットボトル数本をホームセンターで買い揃えた。
富士山へ何が待っているのか、俺たちには分からない。おそらく、あのインキュバスという怪物以上のモンスターが待ち受けているのだろう。もはや、ルークを信じるしかない。
最寄の駅までタクシーを走らせ、そして一番近い空港からヘリコプターをチャーターした。地元が千葉でよかった。ナリタ空港もすぐだ。
ここのナリタ空港から富士山まですぐだ。車だと数時間かかるだろうが、ヘリコプターだから数十分で着くだろう。ヘリコプターのチャーターなんて普段なら考えつくはずもないだろう。なぜならお金がかかるからだ。しかし、俺は金を腐るほど持っている。あると言っても、他人のお金をネコババしたに過ぎないが……。あの時にネコババしててよかったよ、なんて思った。なにせ、チャーター代100万円だ。ビックリだ‼ 本来ならば、ちゃんとした空路やヘリポートがあれば一人20万円前後ぐらいだろう。
富士山麓にはヘリポートがないから、少し開けた場所に降ろしてもらわなければならない。空路だって遊覧用ルートしか定まっていないから、無理矢理のゴリ押しでチャーターしたのだ。民間の個人でやってる航空会社は多少の無理でも聞いてくれる。ヘリポートも無いし、地震の発生地に降ろせと、無理強いだったからだ。
金の力は恐ろしい。
まあ、そんな事はここではどうだっていいことだ。そんな事を気にしていたら、日本どころか、この世界を救う事だっておろそかになってしまうかも知れない。今は、遊びに使っている訳ではないから、許してもらおう。
そうして、俺達を乗せたヘリコプターは、空を直行する事となった。空は地上の様に信号待ちになる事など無い。直行だ。一気にいくぞ。
東京から外れているが、富士山はここからでもよく見える。富士の樹海まで一つ飛びだ。快適と言えば快適だが、これから起こる事は、前回のインキュバスの件で十分に分かっている。
騒がしいヘリコプターの中から外を見てキャーキャー言っている卯月に比べれば、俺は何故か冷静になっているのが不思議なくらいなのだ。本来俺は、高所恐怖症なのに……。
ヘリコプターの中で俺はルークに聞いてみた。
「おい、ルーク?」
『何だ?』
「あのインキュバスとの戦いの時に、オレは、ルークが神様に見えたんだが……。ルークの昔の話を、出来れば聞きたいんだが、いいかな?」
「そうよ、私も気になっていたの。聞きたいわ、ルーク教えて?」
『そうか、気になるか?……。だが、断る』
「な、なんでだよ? いいじゃんか。どうせ俺たちは
『…………』
ルークは答えない。なにか言いたくない事情が有るのだろう。「聞くなオーラ」を全開に放っている。しかし、疑問だらけだ。このままじゃ消化不良じゃないか。聞くタイミングと切り口を変えて聞くべきなのか。
暫くの沈黙の中、卯月がルークに話題を変えて聞く。ダンマリの重たい空気を払拭してくれる。この娘のオーラが重い雰囲気を吹き飛ばす。
「ねえ、ルーク? ピーナッツ食べる?」
『——んっ、気が利くじゃないか』
「はい、ど~うぞ。沢山あるよ~。ねぇ、魔界ってどんな所?」
まさかのエサで釣るのか? 卯月ちゃん。しかし俺より卯月のほうが扱い慣れているようだ。先程の「聞くなオーラ」が無くなってしまった。ルークは卯月の掌でピーナッツを頬袋に詰め込み始めた。なんてゲンキンな奴だ! 卯月ちゃん、グッジョブだぜ! 俺は右手で握りこぶしを作り、親指を立てた。ウインクもしてみるか。
キラリーンってか?
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