5 事件発生


 30分後、ルークと俺と卯月、そして卯月の従姉と共に連絡の入った世田区123―4の双葉家の玄関のドアの前に居た。今の時間は午後10時を少し回った所だ。


 玄関先でもう一度スマホから俺達の専用HPを開き、送られてきたメールを読み返し確認する。内容は「娘をバケモノから助けて下さい」というものだった。


「大丈夫かな? 聖也さん……何だか怖いわ。このドアの向こう側に何か感じるの……何か、怖い……」


 不安げな顔で俺の顔を見つめてくる卯月。確かに嫌な予感しか感じない。霊感0の俺でさえ、ドアの向こうからくる気配にビビッている。得体の知れないナニカを俺でも感じている。俺がもしも一人なら、すぐに引き返すだろう。俺も怖いんですけど。


「だ、大丈夫だ……。うん、きっと……」


 ハッキリ言ってこんな状況に俺は慣れていない。心なしか俺の足が震えている。しかし、こういった状況でも毅然と立ち向かえなければならない。男は辛いよ。さっき、卯月にビールを飲ませて於けばよかった。なんて思い後悔した。何せこの娘は酒が入るとやたら強くなる。まるで鬼神か闘神かと思う様な技を使ってくる。


 しかし、今彼女は素面しらふだ。霊的な何かが、彼女を不安に誘っている気配がある。彼女の身体が震えている。今度から、缶ビールをポケットに入れて持ってこよう……。


「大丈夫よ、さっき、彼に、沢田さんに電話したから……。すぐに駆けつけてくれるわ。きっと……」


 そんな状況を察した卯月の従姉の言葉が、軽い慰めに聞こえる。


『オイ、紙とペンは有るか?』


 ルークが不意に卯月に言った。俺の肩越しから卯月の元に飛んでいった。


「有るわよ。で、どうするの?」

『五芒星を書いて、それぞれの胸ポケットに入れておけ。俺は、お前達を守ってやる事が出来ないかも知れない……』


 ルークの言葉に、卯月は紙にペンで五芒星を描き始めた。五芒星を書くと、ルークは怪訝な表情をする。五芒星は神の代理の紋章と言われている。例えて言うならば、お札の様な物かも知れない。しかし、同じ五芒星でも、正と逆では意味や効果が違うのが不思議だ。卯月が書いた五芒星をそれぞれが受け取り、各自の胸ポケットに念入りに正の方向に入れた。卯月の従妹の裕子は不思議そうな顔をしている。


 ルークはその五芒星のお札の効力が効いているのか表情が辛そうだ。


『俺は、先に行くぞ』


 そう一言言うと、玄関のドアをすり抜けて中に入ってしまった。


「よし、行くぞ……」


 俺達3人はお互いを見合わせて頷いた。ここまで来たら、腹を括るしかない。


 ピンポ~ン。


 軽くドアのインターホンを押してみた。高層マンション20階建て。その16階のフロアの東角に双葉家の家が有る。約10秒待った。


 暫くすると、家の奥からバタバタと足音が聞こえてくる——。


「はい……」


 玄関の扉を開けて、奥の部屋から出てきた女性はかなりやつれて見える。すかさず、卯月が挨拶をした。


「あの~私達、連絡を受けた『心霊怪異:相談』の者ですが、連絡を下さったのは、こちら双葉さんで間違いないですよね?」

「——はい、どうぞ、お入り下さい……」


 母親と見られるその年配者の女性は、俺達をすんなり玄関に受け入れた。

 ドアを開け中に入ろうとしたが、玄関に無数の靴を見つけた。足の踏み場も無いぞ。こんなに人が多いのか? 何人家族だ? それともお客さんか?


「あの~他にお客さんがいるのですか?」

「ええ、あなた方と同じ同業者達です」

「えっ? 同業者って——」


 先客が居るのか? しかも俺達と同じ同業者だって? 見えないモノや者が見える者が居るとは卯月と出会って解っている。でもこんな事を生業なりわいとしている者達が居る事に俺は驚いた。ニセ者じゃないんだろうな? まぁ、いい。今はそんな事を言っている場合では無い。一刻も早く、少女を救わなければならない。一応、こんな俺にも正義感が有る。


「「「失礼します……」」」


 俺達三人はためらう事無く部屋の中に入り込んだ。


 玄関から数歩歩くと、この部屋の異常な雰囲気に躊躇してしまう。部屋の奥から、なにやら意味不明な呪文の様な声と、鐘と太鼓を打ち鳴らす音が木霊して聞こえる。

ホントに大丈夫なのか?


「ナウマクサンマンダラザラダン……」


「あの~奥の部屋で何か?」

「——ええ、娘に憑いている悪霊払いをしている最中です」

「ええっ? 悪霊払い?——」


 今、のうまく、さんだんばら三段腹・って聞こえたけど、大丈夫なのか? 俺のお腹は三段腹じゃないんだけど……。今は余計な事は言わないでおこう……。密教か、何かのお経なんだろうな?


 更に数歩進むと、奥のドアに続く廊下の左側のドアが爆音と共に勢いよく開く。いや、開いたというよりもドアが激しく吹っ飛んだ。


 ドゴッーン……ガタン、ガタッタン……。

「——何だ? どうした?」


 俺は突然の出来事でそのドアが吹っ飛んだ部屋を見た。一体、何が起きればこんな事になるのだろうか? 爆弾でもあったのか? いや、ガス爆発したのか?


 ドアと壁の崩れて割れた瓦礫に足を取られないように慎重に歩く。目指すその部屋は灯りが消えて真っ黒になっている。爆発の衝撃か天井の照明がチカチカと点滅している為、薄暗い部屋の中に数人の人が倒れて居るのを何となく確認できる。辺りを注意しながら、一歩一歩ゆっくりと中に入る。途端に、玄関のチャイムが鳴る。


 ピンポーン——。と。

「ウワッ——!」


 その音に反応して、俺は腰が引けてしまった。更に背中越しの玄関から何やら人が叫んでいる声がする。


「ドンドン——。祐子さん——! 大丈夫ですか? 沢田です、祐子さん——!」

「あっ、——。沢田さんだ」


 卯月の従姉の祐子は彼氏が来てくれた事で、緊張と不安から逃げ出したいのか、彼氏の沢田を迎い入れに玄関に駆け出だした。これから先、何が起こるか解らない。一人でも多く人が居れば、それだけで安心だ。更に沢田は刑事だ。これ以上心強い相手はいない。俺は安心し、更にドアが外れた暗い部屋にゆっくりと入って行った。


「ウワッ————!」


 部屋の照明がチカチカと点滅する暗闇の中で、燃える様な赤い眼が二つ浮かんでいる。その赤く光る眼と目が合ってしまった。一瞬、ルークが居るのかと思ったが何か違う感じがする。邪悪な雰囲気が充満していて妙な圧迫感が押し寄せる。


「邪魔をするな。出て行け!」


 低いダミ声が地の底から聞こえるようだ。

 薄暗い部屋の中に目が慣れ、その声の主を見た。カーテンが外れ、外から月光によって部屋にも灯りが差し込む。うっすらと部屋の中が明るく見える。満月の灯りが冷たく辺りを照らす。


「キャアァァァァアアアッ————」


 俺の後ろにいた卯月はその異様な姿を見て叫んでしまった。

 薄暗い闇の中に見えるその姿は、身長2mぐらいの人間の姿。しかし、全身褐色で、紅い両目がギラギラしている。


 背中にはルークと同じコウモリの様な黒い羽根が生えている。魔物だ。魔物としか云いようが無い。更にその魔物の顔は美形な所が俺は許せない。なんで、イケメンなんだ。さらにその魔物は素っ裸だ。鍛えられた細マッチョの体形だ。一応だが性器を隠す為の布を腰に巻いている。卯月は霊感では無く、確実に普通に見える魔物自体に驚いたのか。


 俺はルークのちぎったシッポをズボンから出し、握りしめてその魔物の前に立った。両足はブルブルと震えている。まるで生まれたての小鹿のように震えていた。


 俺は周りを見渡してルークを探した。しかし、ルークの姿が見えない。いない。ルークの姿が見えない。くそ~肝心な時に、アイツは何やってんだ——。


 もう、腹を括るしかない。もしかして、ルークのシッポが何か役に立つかも知れない。なにもしないまま、見逃すなんて事は出来ない。って、俺達自身が危ない状況にいるのだ。 ええぃ…ままょ‼——。


「——お、お前は誰だ? なんだ? 何をしている」


 震える声で、その魔物へ聞いた。膝も震えている。少し情けない。

 俺の答えにその魔物は、更に言葉のトーンを落とし問いを返した。


「人間ごときが、出しゃばるんじゃない。この部屋から出て行け。貴様等に用は無い。用が有るのは、この女だけだ」


 魔物の言葉に俺は部屋の奥を見た。ベッドの横に隠れる様に震えている少女が見える。まるで蛇に睨まれたカエルの様に、震えているだけで動こうとはしない。いや、動けないのだ。この魔物から威圧が放たれているから、動けないんだ。


「お、お前は、この一連の女子高生の自殺に関係しているのか?」


 俺は震える声で、その魔物に詰め寄った。声が若干裏返っている。


「フッフッフ……さあな? もしも、俺が関係していたら、貴様はどうするつもりだ? まぁ、所詮人間共がこの俺様に刃向かってもどうする事は出来ないがな……。クックックさあ、貴様が俺に何が出来ると云うのだ? やって、みるがいい。クックック……」

「この野郎————!」


 俺は興奮していた。この目の前に居る相手、魔物は完全な悪だ。ルークがいくら悪魔だと云っても、この1ヶ月間ルークを見ていたが、この魔物はルークの様に人間の言葉に耳を傾ける事などしない。一連の女子高生連続変死事件に大きく関与しているだろう。いや、確実にこいつが犯人だ! 自らを完全悪と信じて行動している。更に信じる者が悪の化身ならば、それを崇拝している感じすらする。


【絶対悪】言い換えるならば、自分のやりたい様にやり放題。それが、悪魔・いや魔物達の信条なのだ。俺は、その魔物の言葉に腹が立ってきた。


 こいつは絶対許さねぇ! この魔物を見て、そう腹の底から怒った。


「この野郎————!」


 俺は、この魔物に向かって右の拳を思いっ切り振り回した。右手にはルークのちぎれたシッポを握っている。


 どりゃぁ———! 俺の正拳突きが放たれた。








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