6 開戦


 右手にはルークのちぎれたシッポを握っている。握っている右手に力が入る。


「ムダだ、ムダ。お前達人間は我らに触れる事すら叶わぬ。クックック……」


 俺の攻撃を交わす事無く、その魔物は余裕を持って悠然と構えている。やれるものなら、やってみろ! と言わんばかりの余裕をみせている。


クッソオッ————!やって、やろうじゃねぇか—!どりゃぁ———! 」


俺の正拳突きが放たれた。


 ヤツの言葉に躊躇はしたが、今更攻撃を止められない。左足を大きく踏み込み、そのまま勢いに乗ってヤツの顔面に向かって、身体を思いっ切り捻って正拳突きを放った。右手にはルークのシッポを握っている。


「ムダだ、ムダ。そんな事をしたって……」

  

 バシッ——!


 どういう訳か、俺の攻撃はヤツに当たったようだ。ヤツは予想もしなかったみたいだがその反面驚いている。攻撃は当たったが、あまり効いてないようだ。少し哀しい……。


「貴様、何者だ? 俺様が人間に触れる事はあっても、逆に人間共は俺様に触れる事は決して出来はしないのに……貴様は? 一体?」


 俺の攻撃が当たり、驚いている魔物に俺は虚勢を張った。本当は俺が一番驚いている。ルークとの出会いもそうだった。やつら魔物にはモノを投げつけても素通りするのに、何故か俺の手で触れて攻撃出来るのだ。


「お、俺は……神に選ばれた者だ。お、お前を、退治してやる」

「何と? 神の使徒か?——。クックック……よもや、こんな場所で神の使徒に出くわそうとは——。面白い、以前受けた屈辱を今晴らそうではないか」


 俺の言葉にその魔物はいきり立って来た。俺は只、勢いに任せて言い張っただけなのに、今更引き返せないのがかなり辛い。少し調子になり過ぎたみたいだ。


 その魔物は俺に攻撃を仕掛けてきた。ヤツの右腕が音を立てて俺に襲って来る。


 ヴゥオゥン——!


「ウワッ———!」


 目の前の魔物の拳の風圧だけで俺は飛ばされてしまった。狭い部屋の壁に背中から打ち付けられてしまった。ユックリと起き上がろうとするが、背中を強打したので息をするのも苦しくて、体に力が入らない。


「クックック……何だ、その程度か? 貴様は神の使徒ではないのか? もう少し、俺を楽しませてくれよ。クックック……」


 俺を見下げた冷ややかな言葉が、狭く暗いこの部屋に響く。その言葉に横になったまま俺はヤツを見上げた。悔しいが何も出来ない自分がいる。


 その時、壊れたドアの方から人が飛び込んで来た。廊下の灯りが背後からその人物を照らしている為、誰か解らない。


「オイ、聖也君、大丈夫か?——。俺だ、沢田だ——ジュリーじゃないよ


 俺に話し掛ける声に聞き覚えがある。刑事だ。沢田刑事だ。俺は安堵感を覚えた。だが油断は出来ない。相手は魔物だからだ。


「沢田さん、気をつけて——。ヤツは、魔物だ……」

「エッ? 何言ってるんだ、魔物だなんて? そんな者が居るわけ無いだろ? ウワッ——!」


 俺の言葉を受けて、沢田刑事が部屋の中を見渡した。月明かりが部屋の中を、ほんのりと照らす。部屋の中に赤い目が二つ浮かび、背中に羽根の生えている者が立っている。その事実に沢田刑事も驚いている。


「——な、なんじゃ、こりゃ……? け、警察だ。お、おとなしくしろ。お前は完全に包囲されている誰か、早く警察をよんでくれ!無駄な抵抗はせず怖いんだよ~大人しくしろ助けてくれ~


 情けないが、お決まりの文句だ。しかし、言っている沢田刑事の膝が少し震えているのが解る。彼も今の状況が普通で無い事を理解したのだろう。見た目はター〇ネーターだが中身は人間だから、仕方が無いんだろう。目の前の事実をスンナリ受け入れる事はできない。


 沢田刑事は上着の左胸の内側に手を入れ、拳銃を取り出し構えた。


「お、お、おとなしくしろ。抵抗すると、う、撃つぞ——!」


 足も震えているので、手も震えている。恐らく今まで味わった事の無い恐怖感と緊張感で、立っているのもままならないのだろう。それでも警察と云う正義の名の元で彼は彼なりに、一生懸命頑張っているのは解るが——。


 しかし、今回は一般常識では成り立たない。目の前に居るのは、人間では無く異世界の住人。いや、魔物なのだ。人間界の常識などは、彼等魔物には通用しない。


 そんな沢田刑事の言葉に、目の前の魔物は笑いながら挑発的な言葉を発した。


「撃つ? 何を撃つと言うのだ? 面白い、やってみるがいい。クックック……」

「チクショ————!」


 ヴァァーン———!


 魔物の挑発に乗って、沢田刑事は拳銃を発射させた。弾は魔物の胸に当たった。かに見えた。しかし、弾は魔物の体を通り抜け壁に当たっている。確かに命中したはず。しかしながら、魔物は何とも無い表情で笑いながらコチラを見ている。


「この野郎————!」


 ヴァン・バン・バン・バン——!


 尚も、拳銃を撃ち続ける沢田刑事の表情が曇っている。いや、焦っている。


「まともじゃない……。弾は、確かにヤツの体に当たっているのに。一体、どうして平気なんだ?」


 拳銃を握ったまま、金縛り状態で独り言の様に呟いている。追撃に撃った銃弾は確かに当たった。かに見えた。しかし目の前の化け物は、またもや悠然としている。化け物に拳銃は効かないのか。化け物でも拳銃なら何とかなるだろうと思ったらしいが、その策もあてが外れて、精神的にパニックの一歩手前に来ているのが俺にも解る。ヤバい・ヤバすぎる! 怖くて、仕方が無い……。どうする? どうしたら?


「沢田さん、ヤツは化け物なんだ……」


 俺はゆっくりと立ち上がったが、声を出すのがマダ辛い。背中の痛みが肺にまで及ぼしている様な気がする。声を絞り出す様に訴えた。


「化け物? 貴様、俺を化け物扱いするのか? クックック……俺から見れば貴様達の方が余程の化け物に見えるがな」


 相手の魔物は目の前の沢田刑事を無視して、俺を標的に替えた様に話し始めた。沢田刑事は呆然と立ちつくしている。


「何故、俺達が化け物なんだ?」

「クックック……貴様等人間が、この世にはこびこむ様になって何年が経つと思う?所詮、数千年だろう? しかし、俺達は違う。俺達は数万年前から、この地上に住んでいたのだ。貴様等の様なウジ虫とは訳が違う」

「何だって?——俺達より早くだと?」

「ああ、そうだ——。しかし、神が貴様等、人間を創造した。その事によって、我等は貴様等に地上を明け渡したのだ——。

 しかしだ、折角地上を貴様等人間共に明け渡したのに、貴様達は好き放題やっている。他人を妬み。私利私欲の為に、平気で他人を陥れようとしている。更には、この母なる地上を汚し、いや、破壊しようとしているではないか? 貴様達・人間は寄生虫同然いや、それ以下だ」

「ま、待て——! 確かにそうだが……」


 俺は残念ながら魔物の言葉に言い返す事が出来なかった。実際そうだ。俺の知る限りでは、辺りにそんな人間しか見あたらない。しかし、俺達人間だって良いところは沢山ある。恐怖と驚きで反論出来ない自分が悔しい。


「だから、貴様等人間共を排除する」

「は、排除だって?」

「あぁ、仲間達を復活させれば、貴様等人間共はアッと云う間に、排除される。クックック……楽しみだ。ハッハッハ——。さて、お喋りも過ぎたみたいだから、そろそろケリをつけるとするか。覚悟はいいか?」


 そう言うと目の前の魔物はもう一度拳を大きく振りかぶり、俺に攻撃を与えようと構え始めた。ビリビリと空気が圧縮されて目の前の魔物の拳に集まっていく——。


 殺されるかも知れない。いや、死んでしまうかも知れない。不意にそんな考えが頭をよぎる。いや、そんな状況なのだ。魔物が俺達を襲おうとしている。手から延びた長い爪。それが突き刺されば即死は間違いない。先程から目の前の魔物の右手に空気が圧縮されていた。その圧縮されたモノがヤツの長い爪にまとわっている。


 俺は死を覚悟し、目を閉じた。くっそ——。もはやこれまでか?







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