2 悪夢・再び



「おはよう——。う~ん。昨夜の酒がマダ残っているのかな? オイ、祐理スマンが二日酔いの薬と、頭痛薬を出してくれないかな?」

「あなた、大丈夫ですか? 昨夜も遅くまで飲んで、体に毒ですよ」

「ああ、分かってるんだが、これも仕事だから——」


 寝ぼけまなこで起きて食卓に着き、おもむろにTVのスイッチを入れる。早朝のTVの番組は主にニュースの時間帯だ。最近では件のウイルスは沈静化したのか、あまり話題には上がっていないようだ。全く持って、やれやれだ。


 リビングの大型TVの中で、見慣れた女性キャスターがしきりにお決まりの天気予報と、最近の出来事を喋っている。推しの爽やかな彼女の笑顔に毎日が救われる思いがする。う~ん、今日もいい笑顔だ。


 途端に隣に座っている男性キャスターからメモを渡され、顔色が急変する。


「速報です……。又、女子高生の不審死者が出ました。名前は、今井恵梨香さん18才。今朝、未明に蓬欄高校の校舎の前で倒れているのを発見しました。これで、都内の発生件数は4件となりました……。尚、この————」


「——んっ! おい、又だ。最近の女子高生は物騒だな。大丈なのか?」

「そうなんですよ。都内で毎週のように連続で起こっているんですって……」

「うちの礼子は大丈夫だろうな?」

「気になるんだったら、声でも掛けてやって下さいな」

「ああ、そうだな。アイツもタマには息抜きも必要だろうしな? しかし、気になるな。蓬欄高校っていったら、市内でも有数の進学校だし、前の不審死者も、誠心、向陽、海英だしなあ。この四校も進学校だし、うちの礼子は聖蓬のトップにいるからな。亡くなった子達はトップクラスの子だったようだが……一体、何が?……」


 朝のTVのニュースを見ながら夫婦の会話が淡々と流れている。その最中、ダイニングのドアがゆっくり開いて娘が入って来た。


「ふぁ——。おはよう——! ふぅ~あ~眠い」

「おはよう。昨夜も遅かったようだな。礼子無理するなよ。タマには気分転換はどうだ? 友達と映画でも行ったらどうだ?」

「う~ん。いいや、眠たいから」

「そう? タマには気分転換も必要よ」

「…うん、今日は家でゴロゴロするから大丈夫」

「そうか……」


 日曜日の朝、何処にでもある普通の家族の会話が淡々と流れていた。

 





「ウッ、ウッ……アア~。い、いや~嫌っー。止めて———! イヤァー。ハァハァ……。うわっ――! はぁはぁ……又だ、どうして……」


 明け方とも夜中とも区別が付かない深夜。一人の少女が自宅のベッドでうなされて目覚めた。全身汗まみれで気持ちが悪い。昨夜とかした髪も、汗でかなり乱れている。枕元の目覚まし時計を手に取り、見ると午前3時を少し回っている。東の空が明るくなってはいるが、夜が明けるにはまだ早い。


「——又だ! どうして最近こんないやらしい夢ばかり観るの? 私って、もしかして欲求不満なんだろうか?……でも……」

 

 彼女の名は、双葉礼子。年は18才。近くの私立進学高校に通っている。成績は学年では毎回上位に入っている。いや、正確に言えば上位と言っても、女子の中では常に一位なのだ。彼女の両親が成績に五月蠅く、部活動すらやっておらず塾通いが日課だ。


 そんな彼女が最近おかしな夢ばかり観て、うなされる日々が続いている。何者か得体の知れぬ何かに、体を弄ばれて犯されそうな内容だ。考えるだけで、おぞましくもいやらしい夢だ。


 思春期の少年・少女なら時々は観る事があるかも知れない。しかし、彼女はこの悪夢を今日を含めて約4日間見続けている。最初のうちは、私って欲求不満なのかも? と安易に思っていたが、こうも続く悪夢に自分の精神を疑ってしまう。


 しかし、あまりにもリアルさが垣間見え、時折感じる現実感に恐怖を覚え始めた。夢から目覚めた瞬間、何者かがこの部屋に居るのを、かすかながら感じる。最初は気配だけだったが、最近では目覚めた時に自分の体に、何者かの力によって薄っすらとアザや触られた感触が残っている。なんだ、この得体の知れない違和感は……。


 こ、こわぃ、怖い……な、なんか、いる……。だ、だれか、助けて——。


 彼女には寝る事が恐怖となっていった。


 夜が明けていない暗闇の中、震えながら部屋の中を見回してみた。張り詰めた緊張感がこの部屋を支配する。耳を澄まし、両目を凝らし薄暗い部屋を見回してみる。すると何かの気配を、いや、普段とは違った空気を感じ取った。


 今、空気が揺れた感じがする。い、いる…やっぱ……居る。何かが、いや誰かが居る——。だ、だれ?……。


 かすかだが、暗闇に同化するように人影が動いている。その者は、じっとコチラを見据えている。暗闇の中、紅く光る目だけが宙に浮かんでいる。その赤く光る眼と目が合ってしまった。


「——キャッ————! 助けて————!」


 礼子は堪らず叫んでいた。明け方の深夜、彼女の叫びが闇を切り裂く。目の前に紅く光る眼が浮かんでいる事態が驚きだ。尋常ではない。有り得ない現象だ。なんだ、紅く光る眼の正体は一体なんだ? おぞましい悪夢からくる嫌悪感と、えも知れぬ恐怖で全身の毛穴が開き鳥肌が立つ。


「「礼子、どうした?—— 大丈夫か——?」」


 娘の叫びを聞いて、隣の部屋から両親が勢いよく礼子の部屋に入って来た。深夜に娘の部屋から叫び声が聞こえるとは普通ではない。なにが起きたのだ? 疑問しか浮かばないが、様子を見にいかなくては。焦る思いでドアを開けると同時に、部屋の照明を点けた。


 一瞬にして暗闇が昼間の様に明るくなりかけた瞬間、礼子と両親は確かに見た。それは、今まで見たことも無い者。闇から光りの狭間、礼子の部屋に人のようなモノが立っていた。背中には、コウモリのような羽根が有り、両目が紅く光っている。そして、姿が消え去る瞬間、確かに言った。


【時間は、有る。又、来るぜ】と……。

「「「ウワッァァァァアア————!」」」


 礼子と両親、三人はお互い顔を見合わせると、ヘナヘナと床に座り込んでしまった。


「「「何なんだ……? 一体?」」」


 と顔を見合わせてみたが、ついさっき見た現実を否定は出来ない。幻か? と思ってみるが、三人とも同時に同じ幻を見ることは不可能だ。ならば現実か? と思ってみると、先程の事は説明不可能だ。一方娘である礼子は、取り乱し泣きじゃくっている。あの魔物は娘に一体なにをしようとしていたんだ? 訳がわからない。恐らくろくでも無い事をしようとしていた事だけは確かだろう。


 娘を守ってやらないと——。まやかしや、想像の世界では無い。何者かが娘を狙っているのは事実。礼子の両親は、娘を見てそう思った。

 

 灯りの点いた部屋から見える窓の景色は、星一つ浮かんでは無く、明け方には未だ早い闇がどこまでも続いていた。










「もしもし、ああ——私だ。双葉だ。すまんが、妻の父が倒れたんだ……だから、しばらくの間休む——。後は、頼んだぞ」


 夜が明けた月曜日の朝。会社の出勤時間になると礼子の父、雅夫は会社へ電話を入れ、一方的に切った。仕事などしている時ではない。娘が得体の知れない者に狙われているのだ。しかし、今後どうやって対策を立てればいいか、思い悩んでいた。


 あれは悪霊なのか? ならば悪霊払いをする人を頼まないとならないが……。

 そうだ、今はネットの時代だ。PCで検索すれば何か、良い知恵でも?——。


 何をどうすれば良いか解らないが、何かをしないとならない。日常的な物ならいざ知らず、こんな非日常的な事の対処法はPCで検索してもナカナカ答えは出てこない。


 怪しいHPばかり立ち並ぶこの電脳世界。数分の後、PCで検索している雅夫の手が一旦止まった。


『心霊怪異相談、承ります』

「これだ、此処に頼もう——!」


 礼子の父親である雅夫の手と目がPCの画面に釘付けになった。 







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