9 お仕置き


「どうやら、お仕置きの時間みたいね?……」


 そう言うと、卯月は倒れた俺の周りにいる少年達に向かって歩み寄って来た。

なんだ? 卯月ちゃん、雰囲気が違うぞ? どうしたんだ、一体?……。


「な、何だ、この女は?……。おい、みんな一斉にかかれ!」

「「「お、おう!——」」」


 何が何だか解らないが、この女は手強そうだ。と少年達は思っている。先程卯月に投げ飛ばされた少年もユックリと起きあがり、卯月を取り囲む様に円になっている。投げられた時に腰を打ったのか、腰をさすっている。そして木刀を持ち直し構えながらユックリと卯月に近づいていく。


 俺はズボンのポケットからルークのシッポを掴み出し、奴等少年達に悪魔の力を使って天罰を起こそうとした。しかし、ルークはそれを止めた。


『クックック……待て、聖也。もう少し様子を見てみよう。面白い物が見られるかも知れないぞ?』

「何言ってんだ? 卯月ちゃんが、危ないじゃないか?」


 一方、卯月は囲まれた輪の中心で、何やら構えの姿勢を取り始めた。彼女が履いているタイトミニスカートのスリットのジッパーを自ら上げた。スカートのスリットが大きく開く。開いたスカートから開けられる限り両足を広げ、深く腰を落としている。更に両手は前に出し、軽く両肘を曲げた姿勢だ。まさに自然体の構え。何か武術の心得でも有るのか? 太極拳の構えのようだが?……。おい、今、ビリリッって音がしたぞ。卯月ちゃんスカート裂けちゃってるじゃないか? それにしても、スカートがチャイナドレスみたいで、卯月ちゃん色っぺぇな~。ゲフン・ゲフン、こんな時に何言ってんだ、俺。反省しろ!


 そんな彼女に、少年の一人が正面から木刀を振り下ろして来た。俺は息を飲んだ。普通なら左右か後ろに身体を動かし、その攻撃を避ける。しかし彼女の取った行動は……。


 素早く前に動いて、振り下ろされた相手の手首を自分の両手で受け止めた。そのまま片手で、相手の手首を掴んだまま地面に縦に円を描く様に回転させた。その瞬間、相手の少年は身体を回転させて背中から倒れた。格闘家の技だ。しかも戦い慣れている。なんだ? 卯月は一体、何者なんだ?————。


「「「うわっぁ————。チクショ————!」」」


 あまりにも素早い行動に、我を忘れて少年達は襲いかかる。今度は左右に動いて、木刀を避け始めた。一斉攻撃は、やはり避けるしかない。足が止まれば一斉攻撃を交わす事が出来なくなってしまう。そうなれば、タコ殴りの刑が待っている。

 しかしながら、彼女の避け方は、流れるように華麗だった。俺も空手をやっていたから解る。俺の動きは剛で直線的に対して、彼女の動きはなめらかだ。円の動きだ。まるで川の水の流れの様にムダが無く、しなやかにして軽やかだ。俺は彼女の動きに見とれてしまった。まるで舞を舞っているかのようだ。柔よく剛を制する。卯月の動きは軽やかに流れる柔だ。


 そんな卯月の動きが変わった。避けてばかりではラチが開かないと思ったのか、攻撃に転じた。


 一人の少年の振り下ろされた木刀の懐にクルリと回転し、少年のミゾオチに肘打ちを入れた。そして、攻撃を受けて前のめりに倒れようとする少年の掴んでいる木刀を奪い構えた。構えたといっても普通の構えでは無く、木刀を逆手に持っている。まるで女忍者・くノ一の様に感じてしまう。やはり只物では無いな、こやつ?


 そんな卯月に向かって、左右二人の少年が時間差で襲いかかる。卯月は素早く身を低くし、右の相手の足を逆手に持った木刀で払った。足を打たれた相手は、バランスを崩し前のめりに倒れようとする。その瞬間卯月は起きあがり、少年のミゾオチに自分の持っている木刀の柄の部分を叩き込んだ。そして、左の相手の振り下ろされた木刀に対し一歩前に動き、自分の木刀を振り上げ相手の攻撃に合わせた。


 重なり合う木の棒は、卯月の力によって衝突から斜め右方向へ流される。力を保ったまま流された相手の木刀は、今にも倒れそうな右側の少年の背中へ直撃する。


「ウグッ——」

「アッ——! 伸吾——」


 流れとは云え、自分のせいで仲間を傷つけてしまった少年は一瞬攻撃が停まってしまった。しかし、卯月はそれを見逃さない。仲間によって背中に攻撃を受けた少年は、ゆっくりと前に倒れていく。その崩れていく少年の背中に卯月は足を掛け、空中に跳んだ。跳び上がったまま空中で一回転しながら、地面に着地する瞬間に、呆然としている少年の右肩を木刀で打った。


【ボギッ…】

「ウギャ——」


 卯月の足が地面に着くのと同時に、肩を打たれた少年は地面へ倒れてしまった。


いい音がしたな。これは恐らく、鎖骨は折れたただろう?


「後、二人か——?」


 そう呟くと卯月は、近くに居る少年に視点を合わせ再び構えた。構えるがいなや、凄いスピードで身近な少年を木刀で打ちのめした。


 俺が知っている剣道の動きでは無い。相手が振り下ろした木刀を避け、すれ違いざまに自分の持っている木刀の柄の部分をミゾオチに叩き込んだ。前のめりに倒れる少年の背中を、とどめとばかりに打ちのめす。その動きの素早いこと。相手との距離を一瞬で詰めてしまった。

 昔なにかのカンフー映画で観た瞬歩じゃないか。電光石火とはまさにこの事だと思った。アッと云う間に、残りは一人となってしまった。


「す、すんげっ——! 凄すぎる。なんなんだ? この娘って?」


 まるで鬼神。いや闘神の様に見えた。映画の中のワンシーンかと思ってしまうぐらい凄い。いや、もしかしたら、この卯月って娘はプロの格闘家か、殺し屋なんだろうか? スタントマンも真っ青だ。もしかして、JACの卒業生か? という疑問詞すら浮かんでくる。この娘って、一体何者なんなんだ?


 最後の一人はどうやらこのグループのリーダー格の様だ。自分一人となったので、一旦は逃げようとしたが、卯月に回り込まれて覚悟を決めたのか、再び卯月に襲いかかった。


 最後の一振り。卯月は相手の打ち下ろした木刀を避けようとはせず、軽く自分の手首を捻ったまま、自分の木刀で相手の手首を打った。ボキッと言う鈍い音がして、少年の手から木刀が地面に落ちた。そのまま悲鳴に似た声をあげ、少年は地面に膝を着いた。手首は完全に折れたみたいだ。ふん、いい気味だ。


「うぎゃっ——痛ってぇ——!」


 膝を着いた少年に卯月は歩みよる。


「痛い? 人をイジメる貴男に、痛いって云う感情があるの? あの人は、もっと痛かったんじゃないの?」

「う、ううっ……」

「いい? これに懲りて、二度と弱い者イジメなんかするんじゃないのよ。天罰はいつか、必ず訪れるからね。あなたの……」


 卯月はその少年に向かって説教を始めた。すると騒ぎを聞きつけたのか、数人の警察官がやって来た。説教の途中で我に返り、卯月は俺の側に駆け寄って来た。


「無神さん、早く、早く逃げましょう」

「ええっ? 別に逃げなくっても……だって俺達は正当防衛だろ?」

「いいの、いいの。私、面倒は苦手なの。さあ早く——」


 そう言うと、俺の腕を掴んで小走りに走り始めた。仕方なく左手で背中をさすりながら共に走る。


「おーい、君達——! 待ちなさい!」


 後ろから俺達に向かって警官の声がする。


 バタバタと逃げる様に駅に入り、電車に乗り込んだ。空いている座席に座ると、俺は率直な質問をした。


「ちょっと、卯月ちゃん……。君って、一体何者なんだ?」

「あ————! 疲れた…」

「おい、おい、質問の答えがマダだよ?」

……眠い


 彼女は座席に座ると、今までの動きがウソの様にスヤスヤと寝息を立て始めた。


「おい、もう寝たの? ちょっと、どうすんのさぁ~。もし、もし~」 何なんだ? この娘は?


 それから俺が話し掛けても、肩を揺すっても卯月は起きようとしなかった。

 

 勘弁してくれよ~どうすんだよ~? 電車に置き去りには出来ないし……。なんて日だ!!


 戸惑う俺の肩越しに、ルークの笑い声が微かに響いていた。






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