10 達人の理由
「う~ん……身体が痛い? アレ?、此処は何処? 何で、筋肉痛に?——」
翌日の早朝、卯月は目を
「う~ん。トイレ? トイレ……。トイレは、どこ~?」
自分がどこに居るのか? 訳が解らないが、卯月はトイレに行く為ベッドから降りた。途端、何か訳が解らない柔らかいものを踏みつけた。足元が柔らかい。ムギュッと聞こえない音がしたようだ。あれっ? なんだろ? 柔らかいぞ? なんだ?
途端にベッドの下から、いや卯月の足元から悲鳴が部屋に響く。
「——ウギャッ——! 痛って————!」
ベッドの足元に毛布を敷いて寝ている俺は、足蹴にされた。踏みつけられた。これでは眠気もブッ飛んでしまう。いきなり、なんて事をするんだ?ちゃんと下見ろよ。
「キャ——! 何で? 何で、あなたが居るのよ? って此処は? どこ?」
事の成り行きが解っていないのか、卯月は驚いている。再びベッドに戻り、自分の衣類を見直している。自分の着ているブラウスのボタンと、スカートを確認している。
ブラウスのボタンはOK。ブラもズレて無いし……。す、スカートは…なんで裂けてんの? でも、ストキング履いているから 大丈夫みたいね。ふぅ~。
「なんでって、ここは、俺の部屋だよ。な、なに……勘弁してよ~。襲ってなんかないから~。そんなに俺、信用無いかな?」
卯月に踏まれたお腹をさすりながら、俺は自分を弁護するかの様に起きあがり、ベッドに座る卯月に声を掛けた。俺のお腹、まだお腹が痛いんですけど……。
「な、なんで私が、此処に?」
「なんでって、マジッすか? 昨夜の事、覚えてないの?」
「昨夜の事?——。そうだ、一緒に焼肉屋に行って~。え~それから?……う~ん?、それから~~?」
「えっ?——。全然覚えてないの?」
「う~ん。私、何かやったのかな? ひょっとして、ヤラカシマシタ?」
「ひえぇ——!」
卯月の態度に俺は驚いた。この娘は酒乱なのか? それとも意識障害者なのか? ビールなんて、そんなに飲んで無いぞ。ってか、普通のちっちゃいコップ一杯だけじゃんか。酒に弱すぎる……。それとも一体?……。なん、なん、だ——!
俺はベッドの卯月の隣に座り、昨夜の事を説明した。
一緒に焼肉を食べて駅に向かって歩いている最中、公園で少年グループがホームレスをいたぶっている事に気付き、彼等を相手に大立ち回りを演じた事を。
そして帰りの電車の中で彼女は爆睡をして起きなかったので、仕方なく俺のアパートへ連れて来た事を……。
電車から降りて、ここまで運ぶの大変だったんだよ……。
俺の話が一通り終わると、彼女は自分の顔を両手で覆っていた。
「アッチャ——! 又、やっちゃったか?——」
「えっ? 又、って事は?」
「私ね、酒乱の気があるのも?……。前にね、短大時代の時に一度だけ合コンした事があってね。その時にね、4人+4人でお酒を飲んだんだけど、その中に一人失礼なヤツがいてね。私、あまり覚えてないけど、投げ飛ばしたらしいのよ? だから、もうお酒は絶対飲まない!って決めていたのよ——。もう、どうしよう~? なんでだろう~? なんでお酒飲んじゃったんだろう~?」
「へぇ——そうなの? でも、昨夜飲んだっていっても、コップ一杯だよ。ジョッキじゃなくて、普通のちっちゃなコップ」
「そ~なんです。その一杯がダメなんですぅ~」
「……へぇ————!」
俺のアゴが又大きく開く。アゴンゲリオン参号機並だ。もう、いいか……。
そうか~。酒類がダメなんだな。それじゃ、もうビールは飲ませないようにしないと……。でも良かった……。この娘に手を出したら、俺が昨夜見た奇妙な技でブン投げられていたかも知れない。変な安堵が胸を過ぎる。
開いたアゴを閉じて疑問を投げる。昨夜の謎をまだ聞いてないよ~。
「でもさぁ~昨夜の卯月ちゃんって、スッゴイ格好良かったよ。映画でもあんなアクション見たことないけど~。あの技って一体何の技?」
「覚えて無いけど……多分、古武道かなぁ?」
「こ・古・古武道?」
彼女の説明によれば、家柄によるモノらしい。神社の宮司・巫女として、先祖代々神を祭ってきた。いつの頃から解らないが精神修行の一つで、先祖から古武道を習わされてきたそうだ。マダ物心さえ着かない幼少の時期から、母や祖母を相手に稽古に励んだそうだ。
【古武道】とは、柔道が柔術と呼ばれる以前から有り、投げ技・突き技・蹴り技・関節技有りで、今では禁じ手・とさえ言われる技も多く含まれている。合気道・空手・柔道などを含んでいて、現代で言えば総合格闘技と言われるかも知れない。
大学時代に空手をやっていた俺は、何かの合宿の時に先輩から古武道の話は聞いた事がある。その時は、その内容を聞いて驚いたものだ。
その古武道の修練者が、今俺の目の前に居る。華麗にて優雅。それでいて破壊力は果てしなく高い。格闘技を習った俺は、嬉しさで心震えた。
俺も習いたい——!と。
すぐさまベッドから降りて、卯月に向かって土下座した。
「せ、先生——! いや師匠、俺を弟子にして下さい」
「はぁ? ちょ、ちょっと待ってよ。聖也さん。私は、人に教えてはいけない事になっているのよ」
「そ、そんなイケズな事言わなくても、いいじゃん? ちょっとぐらいは? ねえ教えてよ? ちょっとだけよって……」
「フフフッ、なに言ってんの? カトちゃんじゃあるまいし。なにが? ちょっとだけよ。って……。アハハッ、なんかツボに入っちゃうじゃない。ふふっふふふ、ひひひっ……あ~ダメだこりゃ! なんでカトちゃんになるのよ……フフフッ」
それから十分ほど卯月は俺のベッドに横になりながら腹を抱えて笑い続けた。
「そんなに面白かった? このネタって昭和だよ? 全員集合! よく知ってたね? もしかしてお笑いマニアなの?」
「ふふっふふふ、そんな訳ないじゃない。たまたま知ってただけよ……。
と・に・か・く、ダメなの……。中国の
「それに?——」
「家族以外には教えてはいけない事なの……。一族のルールというか、掟というか……。とにかく、おばあ様に禁止されているし。でも——」
「でも?——」
「聖也さんが……わたし、私と結婚して婿養子として、家族になるなら話は別だけどね……」
「はぁ? け、結婚だって?——」
「私じゃ嫌?……」
「なに、言ってんだよ? い、嫌って訳じゃないよ……。卯月ちゃんは可愛いから……。でも俺は、いや、俺らはまだ結婚なんて……。ほら、俺達お互いまだ何も知らないから……」
俺は焦った。いきなり結婚だなんて。確かにこの娘、卯月は結構可愛い。でもいきなり結婚はないだろう。お互いに昨日に会ったばかりで、何も知らない同志じゃないか。俺は、まだまだ遊びたいし、もし仮にこの娘と一緒になって、夫婦ケンカなんぞしようものなら、絶対に俺は勝てない。彼女は鬼神の如く強いんだから……。ぶん投げられますよ、絶対に……。
「ふふふ……そうよね? 私達お互いまだ何も知らないし……。そうだ、後2か月したらお盆休みでしょ? 一度私の実家に遊びにきたら? ひょっとして、おばあ様が気に入ってくれたら、おばあ様直伝に教えてもらえるかもしれないわよ?」
「——う、うん。そうだな……」
彼女は無理な作り笑いを浮かべ、俺にそう言った。俺は軽くそれに話を合わせた。卯月はハッキリいって可愛いし、普段の会話は結構合う。返事は今ハッキリ決めなくてもいいだろう。俺は気になっているもう一つの疑問を卯月に投げかけた。
「そういえば卯月ちゃん、あの暗闇で遠くの公園でホームレスがいたぶられていたのが、よく解ったね?」
「ああっ~あれね。あれは、教えてくれたのよ。暗闇で遠くのモノが見える訳が無いじゃない?」
「教えてくれたって? だ、誰が?…あの時、俺達二人しか居なかったじゃないか?俺はそんな声を聞いていなかったけど……」
「フフフッ……。聖也さんには聞こえないかもしれないわね? アッ——! トイレ・トイレ? トイレは何処?——」
「あ、そこ左のドア……」
意味深な答えを残し、俺の言葉に素早く反応して彼女はトイレに消えて行った。
あぁ~、そうか彼女は俺達には見えない者やモノが見える。っていっていたな。俺は納得した。でも、一体何が見えたんだろう?
『クックック……楽しそうじゃないか?』
知らぬ間に俺の肩越しにルークがいて、楽しそうに笑っていた。
「……」
俺はルークに何も言えなかった。これから先一体どうなるのか? 訳が解らないでいる。
突然悪魔に魅入られ、そして霊感・格闘少女に挟まれた俺の人生どうなってしまうのか? 不安と疑問が頭をよぎってしまう。今後の展開が、自分の意志から離れ何か大きな事に巻き込まれ様としているのだろうか?
ふぅ~と言う溜息と、トイレの水洗の音が狭い俺の部屋に、寂しく響いていた。
これから起こるであろう、数々の摩訶不思議な現象の予感を、俺はマダ微塵にも感じていなかった——。
導かれる者達 了
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ここまで、お付き合い下さりありがとうございます。次話からようやく本編【夢魔編】へ突入です。
謎が多い連続する女子高生不審死事件。悪魔のシッポで副業を始める聖也。舞い込む依頼内容とは?
一体いつになったら、残念ハムスター大魔王は活躍するのか?
次回予告「胎動」どうぞお楽しみに~!
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