8 助け船


 給料日前だと云うのに、最上級の肉をタラフク堪能した俺達は焼肉屋を後にした。


 金は幾らでもある。とは云っても他人のお金なのだが……。久々の焼肉だったのでスコブル食が進んだ。焼肉だから、白米ごはんが美味いよ。ビールをお茶代わりに3杯は飲んだろう。すっかり酔っぱらってしまった。う~ん。余は満足じゃ~!ってか。


 一方、卯月の方も女の子の割には結構食っていた様な気がする。しかし、俺がビールを勧めると、いきなりペースダウンしてしまった。大食い選手権並みに食べていたが、たった普通のコップ一杯で顔が真っ赤になり、目がとろんとしている。大きな瞳が潤んで見えて、益々その大きな瞳に吸い込まれそうな錯覚が心地良い。とは云っても、お互い酔い潰れている訳ではない。又、彼女を酒に酔わして何か企もうとしている訳でも無い。彼女は可愛いが、何故か性の対象には成らないのだ。妹の様な感情しか湧かないのが不思議だ。う~ん勿体ないな。なんでだろう?


 本来なら次の店に行きたい所だが、今日はこれ以上飲むつもりは無かった。焼肉屋から出て、今日はひとまず帰る事にした。食は満たされた。後は寝るだけだ。明日は仕事は休みなので、ゆっくり休みたかったのだ。


 ルークは相変わらず俺の肩でピーナッツを食べている。まだ食べるのか、こいつ?


 卯月と連れだって、最寄りの駅に歩いていく。話しをしている内に、同じ方面にアパートが在るという事が分かった。彼女の駅は俺が使っている駅よりも、更に3駅程遠いらしい。なんだ同じ路線なのか。


 時々ジョークを交えて話す俺の話を、大笑いしながら聞いてくれる。調子に乗って、ついつい話が止まらない。此処でとびっきりのギャグを言った瞬間、彼女の顔が真顔になった。


「——? あれっ? どうしたの、卯月ちゃん? 今のギャグ、面白く無かった?……」


 渾身のギャグが空振りに終わってしまった。最悪だ! 今のオチのどこが一体面白くなかったのだろう? 前振りのつかみはOKだったはず。チクッショー残念!! 


 自己嫌悪になりそうだった時、彼女は横を向いて指をさした。


「——あれ——!」

「んっ?……。何?——」


 彼女が指さした方向を見ると公園が見えた。駅の手前、俺達の進行方向の左側。およそ100m程に小さな公園が在る。その公園を彼女は指さしている。そして彼女は、その公園に向けて小走りに歩き始めた。なんだ? なにが見えるのか?


「ちょっと、卯月ちゃん~。どうしたのさぁ?」

「大変!——。助けないと——」


 俺の疑問に答えると、彼女は公園目がけて走り出した。ヒールでなく、ローファーを履いている彼女の走りは結構速い。


 何だ? 公園に何があるんだ? 俺は走りはじめた彼女の後ろに付いて走った。 食い過ぎた~。飲み過ぎた……。気持ち悪~ぃ……。ちょっと、待ってよ~。






「チョット、アンタ達!——。何やってるの!?」


 公園の中に走り込むと、卯月は立ち止まりそう叫んだ。


 俺は遅れて彼女の後ろで止まり、彼女の目の前を見た。公園の四隅にライトが灯っている。小さな子供向けの遊具もチラホラ見える。そのライトに照らされて俺の目に映ったものは、少年グループだった。如何にも十代と云う様な感じで、高校生ぐらいだろう。そのグループの人数は5人。よく見れば、その少年達は木の棒を持っていて何かをいたぶっている様だ。更によく見れば、俺は自分の目を疑った。


 彼等がいたぶっているものは、老人だった。いや、正確に言えば、ホームレスと言った方がいいかも。薄汚れた服と顔立ちは老人に見えてしまう。よくも、卯月はこんな状況が遠くから見えたものだ。と感心してしまう。いやそんな事はどうでも良い。

 数年前に、ニュースなどで、非行の低年齢化が進み、【オヤジ狩り】だとか【ホームレス狩り】などのニュースを聞いた事がある。それが実際、俺の近くで起こっている。俺は正直驚いた。彼等少年達は見た目、ツッパリ系や、スレている様な感じは見受けられない。どう見ても普通の少年に見える。だから尚更俺は腹が立った。


「お前等、いい加減にしろ——!」


 俺の言葉に少年達は、俺達の方を一斉に振り返った。


五月蠅うるせっせーな——! 俺達は、街の掃除をしてやっているんだよ。何か文句あんの?」

「何、言ってるの? 弱い者イジメが、どうして掃除なの?」


 少年達のあきらかな卑屈ひくつな態度と暴言に、卯月は切れそうに叫んだ。しかし、その言葉が余計に火に油を注ぐ様な、最悪な方向に流れていく。


「五月蠅っ~んだよ。コイツらが居るお陰で、小さな子供達が此処で遊べねぇ~んだよ。小さな子供らは怖がってるんだっつ——の!」


 確かに一理有るかも知れない。しかし、暴力は良くない。ましてや、相手は老人だ。彼等だって、好きでここに居る訳じゃない。仕方が無いといえば嘘になるかも知れないが、行き場がないからここに居るのだ。分かってやれよ。


「だけど、何もそんな事をしなくても……」


 老人の事を悪く言いながら、リーダー格の少年は倒れている老人のお腹を無造作に蹴った。


「良いんだよっ——!」

「——っつ!……た、た、す、け、て下さい……」


 完全な弱い者イジメだ。弱者をイジメて、自分達のストレスを発散させている気配が伺える。俺はそんな弱いものイジメ根性が大嫌いだ。ムシズが走る。俺の中で何かがキレた。


「この野郎! 止めろって言ってんだろうが——!」


 俺は知らぬ間に少年グループに向かって駆けだしていた。許せない。コイツ等は絶対に許せない。その思いで、足蹴にした少年に向かって跳び蹴りを放った。


 目には目を、歯には歯を。足には、足だ! くらえっ——!


「どりゃ——!」 

【バグッ——!】


 俺の跳び蹴りは、その少年の肩にヒットし、その少年はもんどり打って倒れた。


「オラッ、このやろう——!」


 酒に酔った勢いも、怒りに油を注ぐ。尚も、俺の攻撃は続く。左にいるヤツに向かってミゾオチに正拳突き。後ろのヤツは後ろ回し蹴り。気持ちが良いように、バタバタと相手は倒れていく。俺は、昔空手をやっていて本当に良かった!……。なんて思っていたんだ。


 しかし、俺の快進撃も長くは続かない。やがて俺が倒したと思っていた奴らが直ぐに起きあがり、5人に囲まれて木刀で一斉に襲って来た。2人ぐらいなら何とかなるが、5人の一斉攻撃は回避不可能だった。


 チクショー突きが甘かったのか? もう少し鍛錬を積んでおけば良かった。……トホホ。


【バゴッ・——】

「ウウッ————」


 俺は背中を木刀で散々殴られ、地面に崩れていった。頭だけは打たれていないのが幸いだが、背中が痛くて堪らない。思いっきり、遠慮なしに叩きやがった。まるでタコ殴りだ。


「ヘッヘッヘ……。良い格好も、これまでだよ、おに——さん!」


 倒れた俺に向かって、尚もトドメを刺そうと少年達はいきり立つ。


「もう止めなさい——。オイタはそこまでよ!」


 少年達の行動を阻止しようと卯月の声が寂しく公園に響く。


「——へっ?……。何言ってんの? お姉さん、みんなでマワしちゃうぞ。ヘッヘッヘ、よく見りゃ、おね——さん、可愛い顔してんじゃん。オイ、礼司! お前、あの女捕まえて来い」

「おっ——け——! 楽勝じゃん」


 そう言うと、一人の少年が卯月の前に歩みよる。顔がだらしなくにやついている。


「——だ、ダメだ。卯、月ちゃん……。逃げろ、逃げるんだ——!」


 声が出ない。クソッ——! このままオメオメとやられるのか? 俺は自分自身に腹が立った。情けない、チクショ——!


 一人の少年が卯月の前に立つ。そして、少年は右手で卯月の左手を掴もうとした。


「——んっ?……」


 瞬間だった。何が起こったのか、俺も解らないでいた。少年は、フワリと宙に投げ飛ばされていた。


 なんだ? なにが起きた? 見逃した。一体、なにが、起きたんだ?————。

 頼む。お願いだ。リプレイしてくれ————!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る