6 巫女の末裔
再び会社へ戻り、自分のデスクに着いて今後の事を考え始めた。
口座の大金を何に使おうか? マンションを買って、車はやっぱりフェラーリーかな? ランボルギーニも良いなぁ~? などと考えていると不思議と顔がにやついてくる。
一方ルークは、俺の机の上でふくれっ面の態度で黙々とヒマワリの種を食っていた。食べるのは良いんだけど、そんなに種の殻をポロポロこぼすんじゃねぇよ。掃除が大変じゃないか。
そんなヤツの姿を眺めていると、後ろに人の気配を感じた。振り向くと、庶務課の女の子が立っている。新入社員である彼女の名は覚えていない。タマにしか仕事でこの営業課にやって来ないから仕方がないのだ。そんな話しすらしたことがない他課の彼女が俺に話し掛けて来た。
「うわっ~可愛い~♡ あの~何処で、売っていたんですか?」
「——えっ? 何が? ちょっとなに言ってるか、意味が分かんないんですけど」
彼女が何を言っているのか解らない。第一俺の机の上には、女の子が喜ぶ様な物は一切置いていないのが少し悲しい。彼女の問いに答えず、問いを返す。考え事してたから、お笑い芸人のニド・サンド・イッチマンの相方のセリフが出たじゃないか?
軽くスルーされたから、もう一回、言ってやる!
「ちょっとなに言ってるか、意味が分かんないですけど……」
「ええっ~こんなハムスターに羽根が生えた生き物って何処に売っていたんですか? 私も欲しいなぁ~♡ あの~触ってもいいですか?」
何だって、又スルーされちまったぞ。違う、違う。驚くのはそこじゃない。
落ち着け、本当にルークが見えるのか? それってちょっと……。俺は慌てた。何しろこのハムスターに似た生き物は悪魔だからだ。しかも、普通の人間にはこのルークは見えないはず?
俺は軽い混乱に陥った。マジっすか⁉ 本気と書いて、マジっすか⁉ と、昔のマンガで言ってたらしい。
「マジっすか⁉ ちょ、ちょっと、一緒に来て————」
「——えっ?」
俺は戸惑う彼女の手を引っ張りながら、誰も居ない屋上へと連れて上がった。3階から5階へ階段で上がるのは辛い。ちょいと前に上がったばかりだ。少し疲れている。だが、あえて階段から上がる。
屋上へ出るドアを開けた。屋上には幸い誰も居ない。念には念を入れながら辺りをもう一度確認した。良かった、誰も居ない。俺の安堵した表情とは裏腹に、彼女は俺を警戒した表情で睨んでいる。無理も無い。話しすらしたことのない男に、人気のない屋上まで連れて来られたのだから……。自らの身を案じている。そりゃ、そうだ。
「何なんですか、一体? 告白なら受付ませんよ。ごめんなさい——」
「くそっ——!って、残念——! 又、フラれちまったぜ。ってか、なに言ってんだ。そんな事じゃない……。違うよ、なに言わせてんだ」
しかし、事の重要性に彼女は解っていない。俺も実は驚いている。告白どころじゃないぐらいに驚いているんだ。俺は深呼吸を二度三度して自分を落ち着かせた。
「——ちょ……ごめん。ねぇ、君ってこのルークが見えるの?」
いつの間にかルークは、羽根を羽ばたかせながら俺の肩越しに浮いていた。先程の警戒した態度がルークを見つけると一変した。
「ええ見えるわよ。ルークって言うの? 可愛い~♡ ねぇ、ちょっと触ってもいい? モフモフしたいなぁ~」
「——マジっすか? ちょ、ちょっと待ってくれ。本当に見えるのか?」
「見えるわよ。ハムちゃんに羽根が生えている可愛い生き物ですよね~。色が黒いけど。なんで色が黒いんですか~?」
「ええっ——————!」
「どうしたんですか?……」
驚いた。下アゴが外れそうなぐらいアゴが開いた。まるでアニメの創世記アゴンゲリオンなみにアゴが開いたんだ。
彼女にどう何から説明をすればいいのかをアゴを閉じて思案する。方やルークを観れば、“俺は知らないぜ” とでも言いたげな顔で彼女に愛想をふっている。
「コイツは、悪魔なんだぜ……」
「はぁぁぁあ——?」
彼女は俺の言葉を聞き、先程の俺の様にアゴが開いた。みごとな開きっぷりだ。俺が零号機ならこの娘は、まるでアゴンゲリオン初号機並だ。更に眉毛に思いっきり深いしわを作った。やがて真顔になり、そして笑い始めた。
「フフフッ……アッハッハ、貴男って面白い人ね。名前は確か?……」
「無神だ」
「そう、無神さん。どう観れば、この珍種のハムちゃんが悪魔に見えるの?」
「はぁ? って、ハムスターに羽根が生えてんだぜぇ。普通に、いねぇ——だろ! そんな珍種」
困った……どう説明しようか? 一体どう説明すればいいか迷っていた。
その時、ルークが助け船を出してくれた。
『おい、何故、俺様の姿が見える?』
「きゃ——! ハムちゃんが喋った——! 凄~い、ねぇねぇ、一体、どうなっているの? 益々欲しくなっちゃった♡」
「おい、普通驚くだろ? こんな奇妙なヤツを観て、オマケに人語を話すんだぜ」
「ううん、私こんな事に慣れているから」
「『慣れているって——! 一体お前は⁉』」
俺とルークは同じ言葉を発してしまった。しかも、ハモっている。息がピッタンコじゃないか。今度デュエットでもしてみるか。
「ああ、私は小さい頃から色んなモノが見えるらしいの? でも、それも慣れちゃったから、気にしないで」
「いや、気にするよ~。普通……それって!」
彼女の名は
彼女の実家はどこか地方の神社の宮司をしているそうだ。家が神殿の隣に在り、代々女系家族なので婿養子で続いているそうだ。
そんな彼女の不思議な力は、生まれた時からあったそうだ。普通一般人には見えない者やモノが、見える。これは結構キツい。自分が見えている事が、普通ではない事に気が付くまで、かなり時間と戸惑いが掛かった事だろう。しかしながら、彼女と話をしているとそんな苦労した面影は見あたらない。少し、天然系が入っているのが幸いしている様だ。
そんな彼女にルークの事を説明した。
「ふ~ん……悪魔くんなんだ?~。でも、可愛いね。ほら、ホッペから何か出して食べてるよ。もきゅもきゅ、って言ってる~。かわいい~♡」
「ああ、コイツは変わってるんだ。おい、ルークお前何か喋ってみろ」
『ウルセッーよ。今、食事中だ。静かにしろよ。ったく——。もきゅもきゅ』
「キャッ~、又、もきゅもきゅ言ってる。可愛い~ねぇねぇ無神さん、時々この悪魔くんに会いにきてもいいですか?」
「いいけど、ええと卯月ちゃんだっけ? 解っていると思うけど、この事は秘密だよ」
「はい! 今度会ったら、モフモフさせてもらいますね♡」
何てこった。悪魔が居ること自体変なのに又、それが見える女の子が出現してきた。これから一体、何が待ち受けているのだろうか?
何でこいつは可愛い子ぶりっ子しているんだろう? もきゅもきゅだなんて。
そうしている内に、会社の昼食時間の始まりを告げる予鈴がこのビルの中から外に小さく響く。彼女は俺に軽く一礼し、手を振りながら小走りに自分の部署へ戻っていった。残された俺はルークを見つめて話し掛けた。
「おい、ルーク……なにが、もきゅもきゅだ。何で、お前の姿が俺や彼女に見えるのに、他の人にはどうして見えないんだ?」
『もきゅもきゅぐらい、良いじゃねえか…………。何だそんな事も知らないのか? いいか、お前達の言葉で霊感が在るとか無いとか言うだろ? アレだ。霊感。いわゆる霊力の強さによって人間は各レベルに分けられる。レベル1~レベル5まである。レベル1は何も感じない。レベル2は気配を感じる。レベル3は見える。レベル4は話せる。レベル5は触れる。と言った具合だ』
「じゃあ、俺と彼女は?」
『ああ、あの女は最高レベル。レベル5だ。低級な霊なら除霊も出来るだろう。あの女の家は、代々神社に仕えていると言っていたから、その巫女の血筋が代々受け継がれていったのだろう? ちなみに、お前は、レベル1だ』
「ちょっと待て! 俺はお前の姿が見えて触れるんだぜ。何で俺がレベル1なんだ?」
『オイ、お前、何か勘違いしていないか?』
「何が?」
『お前は、今まで霊的な物を感じた事があるか?』
「——う、う~ん確かに、無い……」
『だから、お前はレベル1なんだ』
「じゃぁ、何で俺はお前が見えるんだ? 何故ルークは俺を選んだ?」
『知らん!』
「何故だ?」
『ウルセッー。知らんがな!』
何だ? どうしてだ? 一体俺は何でコイツに魅入られたんだ? 考えてみても答えなど見つかるはずもない。今コイツは
俺は焦る自分の気持ちを抑え、気分を切り替えて穏やかに話す事にした。
「それは彼女に取って良い事なのか?」
『さぁ、どうだろうな? 見えない物が見えるんだ。良くも悪くも思うのは自分次第だ』
「確かに……」
ルークの言葉に俺は混乱していた。ほんの少し前までは、この悪魔のしっぽの力で悪さをしようと目論んでいた。しかし、自分自身以外にもこの悪魔が見える人間が現れたからだ。これじゃあ、悪さが出来ない。彼女が見える、と言うことは他の知らない誰かもこの悪魔が見える可能性は十分にある。
それでは、証拠というか現行犯逮捕に繋がってしまう可能性も高い。それに、何故コイツが俺を選んで封印を解いた。って事も疑問に繋がってしまう。
それに、コイツ以外の
フゥ~~! と言う溜息をつきながら、俺はトボトボと自分の部署に戻っていった。
肩越しにルークはパタパタと羽根を羽ばたかせながら、俺の横顔を観ながらニヤついていた事に、俺は気が付く余裕は無かった。
この後、事態は予想外の展開を迎えることに、俺は知る
これから、ど——なるの? もはや疑問詞しか思い付かないんですけど……。
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