3  目覚め



『…… め……よ… …い …が… …  か… の… …き… ……』


「——何?」


『… ……め …目… め……今 …… 醒 …時… ……』


「何?——。何なのよ?」


『……翼…、狭 の…者……導 れ……の…、 …器 …す だ …急げ…… 間 … の… 目……時、 巫女の… …同…時に……魔……目…め… ……』


「チョット待って、何? 一体何なの? 狭間って? 魔物って?……それに、あなたは一体誰なの——?」


『……急 … … …巫女 … の……の…血…によっ…て…は …いて…いく……三… …の… …を…つ…た時… …それ … は…… …を…う ろう…… …』


「待って——。ちょっと——!」


 明け方の未明、ひとりの少女は自分のベッドでうなされる様に目を覚ました。横たわったまま天井をみる。天井は外の闇の影響か薄ボンヤリとしか見えない。

 目を覚ましたついでに首だけを動かし、窓の方を見た。カーテン越しにも未だ夜が明けていないのが解る。


「又だ……。どうして最近こんな変な夢ばかり観るの?……。どうしたんだろう?」


 しばしベッドに横になりながら考えてみるが、当然の様に答えなど出て来ない。最近同じ夢ばかりみてしまう。暗闇の中、突然辺りが見えないくらいに眩しい光りが目の前を覆ってしまう。まるで光りの洪水。そして、その光りの中から誰かが語りかける様に声がする。


『翼・狭間・魔物・三・巫女』と、毎回同じ言葉で話し掛けてくる。これでは訳が解らない。なによ? なんなのよ?


 不意に自分自身の寝汗に気が付いた。汗で髪の毛がグシャグシャになっている。


「ふぅ~起きるのにはマダ早いけど、シャワーでも浴びようかな?……」


 彼女はそう独り言を呟くと、着替えを持ってシャワールームへと歩いて行った。


 約20分後、彼女はシャワールームから出てきた。髪も洗い、サッパリとした表情が伺える。会社に行くにはマダマダ時間はある。


 一旦ジャージに着替えて、ベッドに座り込み髪の毛をドライヤーで乾かし始めた。


 不意にベッドの横の花瓶に目が留まる。その花瓶には昨日買ったばかりのかすみ草が、溢れんばかりの花を咲かせている。そのかすみ草に向かって彼女は話し掛けた。


「ねえ?——。私が見た夢の事って、何か知ってる? 狭間とか、魔物とか、後……何だっけ? 三って? 一体何なのかな?……」


 彼女はかすみ草に話しかけた。部屋の窓は閉め切っていて、風など吹いてこないのにどういう訳か、かすみ草は風になびいているかの様に花を大きく揺らした。


「そう? 何も知らないの?」


 普段ではありえない現象である。あたかも当たり前の様に、かすみ草に話しかける。


「でも何か解ったら、教えてね? あっ、そうだ! 今度おばあ様に聞いてみようかな。おばあ様なら、何か解りそう。——う~ん、マダ眠たいな~」 


 彼女は髪を乾かし終えると、未だ眠いのか再びベッドに横になるやいなや、眠ってしまった。



 2時間後――。彼女のベッドの枕元で、煩くベルが鳴り響く。


ジリジリジリ~ジリジリジリ~


「あ~もう煩い——! うあぁっ——! もう、こんな時間だ。急がなくっちゃ——。アッ~、こんな事なら、あのまま起きておけば良かったなぁ」


 枕元の目覚まし時計を止め、彼女は慌てて服を着替え始めた。

 カーテンを思いっ切り開くと、窓の外は爽やかな青空がどこまでも広がっている。


「じゃぁ~行ってきます~!」


 他人は同居していない寂しい部屋に、独り言の様に呟くと彼女は部屋を勢いよく出て行った。

 先程の部屋には、かすみ草が風も無いのに大きく揺れていた。まるで、自ら意思を持った様に、‟行ってらっしゃい”とばかりに大きく揺れていた。







◇ ◇ ◇ ◇





「親父さん~本当にやるのかよ? 俺まだ死にたくねぇよ……」

「馬鹿野郎——! いいからワシの事を信じていればいいんだよ。なぁに、怖いのは最初だけだ。もし、もう一度地震が来て津波が起これば、そん時は、その時で諦めて帰りゃぁいい……。義之、お前金が欲しくねぇのかよ?」

「そりゃぁ、欲しいに決まってるけど——」

「なら、グダグダ言ってねぇで、さっさと動け! 行くぞ、出航だ~」

「……」


 とある港に深夜漁に出ようとしている者達がいた。どこにでもよくある光景なのだろうが、今回漁に出ることを渋っている若者が居る。

 それもそのはず、この地域・海域に於いて地震が頻繁に発生しているからだ。地震が来れば津波が必然的に起こる事はやむを終えない。津波の怖さを知っているが故に、どうしてこの二人は自らの危険をかえりみないで漁に行くのだろうか?


 四国から東南よりの小さな港町。太平洋に臨むこの地域は結構魚影が濃い。わざわざ遠方にまで行かなくても、近海だけでも十分に漁獲高が高かった。

 しかし今は漁をする人が居なくなってしまった。いや、正確にいえば、此処一カ月の間漁が出来なくなってしまった。


 原因は一カ月ほどの間に地震が多発しているからだった。震源地は、この港町から沖合200Km地点。マグネチュード10。震度7強を放ち、その震源地が港に向かって移動していると云う事だった。多くの学者達がこの地域に訪れ、何やら訳の解らない機械を運び込み、海に向けて観測を始めている。未だかつて原因は全くの不明。


 漁に出ないのは、学者に止められているからではない。津波という海の恐ろしさを解っているからなのである。最初の地震は、日に十回は起こっていた。沖合200Kmという事もあったので、この時の津波は最寄りの港町にさほど影響はなかった。 


 しかし、沖合での地震にもし漁で出くわすと、確実に波はうねり狂い船に襲い掛かってくる。船の沈没は免れないだろう。漁師は知っている。海の怖さを——。


 やがて地震は沈静化の傾向にあった。20日も経てば、日に10回あった地震も1~2回程度に収まってきた。震源の大きさもマグネチュード10も1から2におさまってくる。その後大きな揺れも無い為に、誰もが落ち着くのでは無いかと思っていた。大井源治郎おおいげんじろうもその一人だった。


 漁の出来なくなった源治郎は昼中から酒を呑み、ぼんやりとTVを眺めている日々が続いた。

 ある日、TVを眺めている源治郎の頭に何かが過ぎった。


「これだ——! これは、災難じゃなくチャンスだ!」





「行くぞ、出航だ——!」

「了解——!」


 深夜未明、二隻の船のエンジンが始動する。この船以外出航しようとする船は全く見あたらない。その為か、船外機のエンジン音が静まった港に響いている。


 天を見上げれば、漆黒の闇にポツリポツリと星が瞬いている。月が見えないのが少し不気味だ。地震の専門家達は、未だ地震が続くと言っている。この最中、危険をかえりみない自分達の行いに背徳感はいとくかんを感じつつも、源治郎は漁を決行した。


「親父さん~本当に大丈夫なんだろね……。俺、震えて来ちゃったよ」

五月蠅うるせってーの! ワシが何度も言っただろ? 地震の起こる時間と、回数をちゃんとメモに付けてたから、今の時間帯は絶対大丈夫だってーの! それによぉ、定置網を仕掛けてからもう一ヶ月は過ぎてるし、こないだTV観てたら、どこかで地震が起きたら、その地域の川で魚が浅瀬にウジャウジャ集まってたからよぉ。だから、今俺の仕掛けた定置網には魚がウジャウジャ掛かっている訳さ」

「そんな簡単にいきますかねぇ」

「五月蠅って——! ウダウダ言ってんなら、分け前少なくしてやるぞ」

「勘弁して下さいよ~」


 互いの船から無線機を使い、目的の定置網を仕掛けている場所まで話しをしていた。源治郎自身、自信はあるが、不安も隠せれない。一か八かの賭にも等しい。黙って船を操縦していると、夜の海に恐怖を感じてしまう。地震による高波に注意しなければならない。無線機を手放さず、新米漁師の船と連絡を取り合った。


 出航一時間後。二隻の船は、目的の海域に居た。沖合い10Kmぐらいだろうか。 

 丁度源次郎が仕掛けた定置網の位置は、浅瀬と深場の境目に当たる。


 海図を頼りに仕掛けた網の周辺に着く。辺りには闇夜にぷかぷかと浮かぶ黄色い目印のボールが、いくつにも連なって見えた。波は無く穏やかな海に安堵し、源次郎は新米漁師の義之に指示を出す。


「義之~いいか、お前の船は小ちゃいから、網の端だけをしっかり結わえているだけでいい。いいか、網の端っこを探せよ」

「ああ、有りましたよ親父さん」

「ようし、こっちはすでに準備OKだ。いいか、準備出来たら警笛を1回鳴らせ。その後100m程網を引張りながら上げていくからな」

「了解——!」


 義之は言われた作業をこなしていく。網の端を自分の船に引っ掛けると、警笛を1回鳴らした。



 ボ——ン——!  義之からの警笛を聞き、源次郎は笑みを浮かべる。


「ワシの考えが当たっていたら、大漁どころじゃねぇ……。いいか、義之。いくぞ——!」

「OK——!」



 数十分後、二人は至福の時を迎えようとしていた——。


 源次郎の船に仕掛けられたウインチが静かに動き出す。網がゆっくりと巻き上げられ、網に掛かった様々な種類の魚達が姿を現す。

 二隻の船からライトによって照らされた海面が、魚群によって銀色に反射する。


「ほれ観ろ~やっぱりワシの言った通りじゃろう?」

「うわっ凄げぇや——! 俺こんな大漁見たこと無いや」

「ワハッハッハ……。笑いが止まらねぇや。義之、網を引き上げるから、魚を船にかき込めよ」

「任せてよ、親父さん——」

「いくぞ————!」


 源治郎の船のウインチが静かに網を巻き上げていく。網から溢れ出ようとする魚達。その魚を義之は大きなタモですくっていく。腕がちぎれそうになりながらも、数十回も繰り返す。隣の船でも同様に源治郎も頑張っていた。


「義之——! もう止めて船の後ろへ下がれ~これから網を吊り上げるぞー邪魔にならない処へいろ——」

「OK————!」


 源治郎はウインチを一旦停め、別のウインチを準備した。船の中央に取り付けてあるクレーンの様な機械。そのフックをユックリと海面に沈めていく。船から延びたアームを操作し、再びその海面に降ろしたフックを巻き上げていく。


「いいかー義之~魚が船になだれ込むから、驚くんじゃねぇぞ——」


 源治郎の叫び声と共に、網が船より高く持ち上げられた。同時に、網に掛かっていた魚の群れが二隻の船に流れ込む。


「ウフャ——! す、凄げぇや————!」

「ワハッハッハーどうだ、義之。ワシの言った通りじゃろー。これで俺達は金持ちだ————!」

「……」

「義之、お前の船に繋いだ網を外せ——。もう魚も溢れてるじゃないか? 今度はワシの船に残りを全て回収するからな。お前の船に繋いだ網の端を、このウインチに掛けろ!」

「りょうか———い!」


 源治郎が網を持ち上げた事で、二隻の船に魚が流れ込んだ。もはや船には足場の無い状態。至る所で、魚がピチピチと踊っている。いや、溢れかえっている。その溢れかえった船の上を義之は移動して網を外し、源次郎の指示に従おうとしていた。


「んっ? 何だ、こりゃ?————」


 網を引っかけている義之の船の船尾に、魚の間から四角い板の様なモノを見つけた。義之はソレを手に持って眺めた。板だと思っていたが、手に取るとズシリと重かった。30㎝×60㎝ぐらいの石版だった。今は夜で暗い為、海を照らすライトからの光でマジマジと眺めてみる。石版の表には、苦痛に満ちた男の顔が彫られてあり、見た事も無い様な文字が彫ってある。そして裏には変な紋様の中に異形の姿のモノが彫られてあった。


「ウワッ?……何だ、こりゃ?——。気持ち悪りぃや……」


【——見つけた————!!】


 確かにそう聞こえた。義之は空からの声に振り返り、その石版を気味悪がって海に投げ捨て様とした時、何かが上空から義之に向かって一気に舞い降りた。


 源治郎は見た。暗闇の中、船上のライトによって、空から黒い矢の様なモノが義之の体を射抜いた瞬間を!


「ウギャ————!」

「よ、義之~だ、だ、大丈夫か?————」


 夜明け前の海の上で、二人の会話は二度と交わる事はなかった。


 十数時間後、海上保安庁のヘリコプターによって二隻の船は発見保護された。


 二隻の船には溢れんばかりの魚の山以外には、人は発見されることは無かった——。








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