2 共存

 

 ヤツの悲鳴と共に何かが切れる音がした。そしてヤツは壁にぶつかる様に飛んでいった。身体を壁に当てると、俺が飼っているハムスターの檻の上に落ちて倒れてしまった。ヤツは白目をむいて痙攣けいれんしている。


 俺は、ヤツのシッポを千切る事が出来た。少し拍子抜けしたが、胸がスッとした。ざまあみろーこんちくしょ——! って心の中で言ってみた。


 するとヤツの身体は姿を変えようとしていた。つい先程までは、気味の悪いぬいぐるみの様な格好をしていたが、檻の中のハムスターの体に吸い込まれる様に消えてしまった。いや、消えてしまった訳ではない。薄いグレーの毛色のハムスターの体に同化したようだ。元のハムスターのグレーの毛色から、真っ黒な色に変わってしまった。サイズは手の平にすっぽり収まる小さいサイズだ。といっても前の大きさと変わらない。ジャンガリアンだから、ゴールデンよりもサイズが小さい。


 しかも、ハムスターに羽根が生えている。依然として全身真っ黒で、黒いコウモリの様な羽根が生えている。眼は爛爛らんらんとして真っ赤だ。


 何なんだ、コイツは? 未知の生物だから、油断は禁物だ。でも良くみると、なんだか可愛く見えてくる。いやいや、ダメだ。コイツは悪魔なんだから、魅了チャームを使っているかも知れない。騙されるな。


 俺の手の中にはさっき千切れたヤツのシッポがくねくねと動いていたが、やがて動きが弱くなってしまった。体長30㎝の割にはシッポの長さは20㎝は有るだろう。体に対して少し長い。触った感触は、少し湿ったゴムっぽい感じだ。


「——うわっ、気持ち悪りぃ……。なんじゃこりゃ……?」


 俺は、ちぎれたヤツのシッポを床に投げ捨てた。放り投げ捨てられたシッポは、床の上に横たわっている。ウニョウニョして気持ち悪い……。まるで、夜店で売ってるゴムで出来たオモチャの黒いヘビだな。


 俺は先程放り投げたシッポを横目で牽制しながら、ヤツの居る檻に近づいた。いくら檻の中に居るといっても安心は出来ない。ヤツは悪魔なのだから——。


 するとヤツは、ゆっくりと起き上がった。そして檻にしがみ付くような恰好で、懇願する様に言った。


お願いだこの野郎……シッポを返してくれ早く返せ、コンチクショーそれが無いとそれが無いと魔力が使えない力が出ないんだよ………』


 先程と打って変わって大人しくなってしまった。言葉遣いがヤケに丁寧だ。つい先程の偉そうな態度は一体なんだったんだ。と思いっきり疑ってしまう。


 シッポを返せ。と言うヤツの言葉に俺は反応して、ヤツの千切れたシッポを床から拾いあげた。


「——はぁ?~。ふん、シッポを返せだと? このシッポを返したら、又俺の魂を取ろうとするんだろ?」

『いや、そんな事は決して……』

「お前、悪魔だろ? 悪魔はウソが上手い!って昔から決まっているからな。第一、悪魔なんて信用出来るか?」

『お願いだ……何でもするから、どうか、シッポを返してくれ……お願いだ……』


 尚もヤツは、檻の中で懇願している。このシッポってなに? この千切れたシッポって返してもらっても、いったいどうすんの? 素直に返す訳にはいかないんだけど。


「いいや、ダメだ。お前は悪魔だから、やっぱり信用出来ない。少しの間考えるから、この中に居ろ……いいか、出るんじゃないぞ」


 こうして俺は、暫く考え込んだ。接待の酒の酔いも覚めてない。酔っぱらっている俺の思考はグダグダなのだ。あ~考えるだけで、頭が痛い……。どうしよう!? どうしたらいい?


『これじゃ、どっちが悪魔だか解からない。この野郎——。俺様のシッポを返せ——!』


 ハムスターの檻の中でヤツはそう叫んでいる。檻の中には、以前から住んでいたもう一匹のハムスターが相変わらず滑車を回している。カラカラと滑車を回す音と、『シッポを返せ!』という声が、狭い俺の部屋に響いていた。





 どうやらシッポが無いと、ハムスターの檻から自力で出れないようだ。あっ~良かった。これで一時は凌げれるだろう。しかし、今一判断が鈍ってしまう。う~ん、どうすんべ。


 俺は冷蔵庫へ行って、缶ビールを飲みながらヤツのちぎれたシッポを見て考えた。さっき、「魔力が使えない」って言っていたが、逆に考えると、このにはヤツの魔力が詰まっているのではないかと考えられる。試しにヤツに聞いてみた。


「——おい、お前。名前はなんだっけ?」

『我が名は、メフィスト・フェレス=ルーク・アザエル公爵だ』


 又ヤツは偉そうに返事を返した。この期に及んで、何でこいつは偉そうなんだ。俺はその態度に少々苛ついた。数分前には俺の魂を狙っていたヤツだ。そんなヤツが偉ぶるなんて気に食わないだろう。立場が逆転した事で俺はヤツをイジメてみたくなった。これは誰だってそうじゃないか。大凡おおよその人だってそんな行動に出る筈だ。


 だから少し俺も偉ぶってヤツに言ってみた。こいつは悪魔で、少し前までは俺の命を狙っていたのだから、油断は禁物だ。早くマウントを取らなければ……。


「なんだって? 長いな…メフスフェレ? シャークザエル? なんか変な名前だなぁ?  アザエルって? おい、フランシスコ・ザビエルか?」

『はぁ? 何を、言っている? お前は、耳が無いのか? あってるのは最後のエルだけじゃないか』

「なんだ、ザビエルじゃないのか? つまんねーな!」

『っくそ——! メフィス・トフェレス=ルーク・アザエルって言ってるだろ——!」

「う——ん、長いな? 舌を噛みそうだ。う~ん、じゃぁルークでいいや。お前は今日からルークだ」

『ええっ?——。立派な名前が在るのに、別に略さなくても……』

「いいんだよ、呼びにくいから」

『——フンッ。好きにしろ……』

「やっぱり、ルークだ。短くて呼びやすいからな。いいかルーク、俺の質問に正直に答えるんだ。もしもウソをついたら、このシッポを燃やすからな」


 俺はちぎれたヤツのシッポを、火を点けていない状態のライターの上に持ち上げ、ヤツに脅しをかけた。俺は酒に酔って、最低な事をしているのかも知れない。最低最悪だ。しかし、これぐらい強めに脅しをかけておかなければヤツは何をするか分からない。ヤツは悪魔なのだから……。


『——クッ! ウウッ……お前はやっぱり、俺以上に悪魔だ。ウソはつかないから、どうかシッポを燃やさないでくれ』

「ルーク、このシッポには魔力が詰まっているのか?」

…………クソ、ナンダコイツ

「おい、答えるんだ!」


 返事をしないヤツに苛立ちを覚え、ライターを持っている片方の手に力が入る。カチャカチャと親指を当てて、無意識の内にライターに火を着火させた。

 やはり、俺は酔っぱらっている。こんな最低の事をしている。しかし、コイツは人間では無い。

 

 つい先程まで、この俺の魂を奪おうとしていたヤツなんだ。コイツに情けをかけるには、聖母マリアぐらいしかいないだろう。情けは無用だ。尚も俺はヤツに追い込みを駆けるべく、いきり立った。思い返せば、まるで鬼の形相だった事だろう。


 こいつは悪魔で俺は鬼か? 落ち着け、落ち着くんだ、俺——。こんなことやってたら、俺も悪魔になっちまいそうじゃないかょ~。そうだ、呼吸だ。深呼吸だ。

 昔、アニメでやっていただろう。「Jo・Joの愉快な冒険スタンド立てるよ」や、鬼嫁や鬼軍曹をやっつける「キツネの八重歯やえば」の物語でも呼吸してたじゃないか。


 俺は酔っているのと、こんな非常事態に出会った事に、テンパっていたんだろう。

ライターの火を消して、深呼吸をした。早く落ち着かないと……。


 すぅ~はぁ~、スゥ~ハァ————。ひっひっふぅ~。ヒッヒッフゥ————。あれ? 何か違うぞ。息苦しくなってきた……。

 ハッ‼——。これは、安産の呼吸。壱ノ型。ラマーズ法じゃないか。なんで、俺が……。コイツ、俺に幻惑の術でも使ったのか? 酸欠になるところじゃないか? ふぅ~危ないところだった。ヤルナ! コヤツ……。むむむっ……。


「オイ、お前! 今、俺に幻惑の術を使っただろう? 危うく酸欠になって倒れるところだったじゃないか」

『はぁ~? なにを言ってる。お前がさっきから勝手にやってた事だろう。酒の飲みすぎじゃないのか? 人の所為にするんじゃねぇ』

「えっ!? そうなのか? まぁいいや。さっきの質問に答えろ!」

 

 なんか、話が脱線しそうだ。話を戻そう。シッポの話だ。俺は再びライターに火を点けてヤツに脅しをかけた。


「おい、答えろ——! シッポ、燃やすぞ‼」

『お願いだ。シッポを燃やさないでくれ。頼む、確かに魔力は詰まっている……』

「じゃあ、聞くが、俺がこのシッポで魔法が使えるのか?」

『多分、無理だ。分からないが、俺は悪魔だから……人を不幸にする魔法ぐらいしか使えないかと?』

「そうか、試しにやってみるか? う~ん、何をしようかな? そうだ金だ。お金よ、出ろ! あれっ? 出ない? じゃあ、俺の身体よ、浮かべ・浮かべ!あれっ? 浮かない?」

『だから、言ったじゃないか。俺は悪魔だから、他人を不幸にする事しか出来ないと……』

「な~んだ、使えねぇ~な。それじゃ使い道が無いじゃないか……。んっ? いや、待てよ? ひょっとして?」


 俺は窓を開け、外を見てみた。表通りに午前0時を過ぎているのに、おっさんが千鳥足で歩いている。何やってんだ。早く家に帰って、風呂にでも入って寝ろよ。って自分の事を棚に上げて言いたくなる。


 しかし、今夜の俺はちょっと違う。気持ち悪いシッポを持ちながら、悪い笑みを浮かべて、夜中に道を歩くおっさんに向かって念じてみた。


「おい、アイツ転べ……!」

「……ウワッ——!イテッ…!」


 するとどうだろう。思った事が実際に起きてしまった。道を歩いていた身も知らぬおっさんが勝手にすっ転んでしまった。見事なV字開脚で転んだぞ。 えっ! 凄いじゃんか? 


「うわっ! 凄いじゃないか、ルークこれって、やっぱりお前悪魔だったんだな? ハハハハッ……スゲェ~や——!」

『だから最初に言っただろ……。俺様は悪魔だ。大魔王だと』

「気に入ったよ、このシッポ。なんて愉快なんだ……。ハハハッ……」


『ふう~俺様も安心したぜ。先程お前がシッポで悪戯したら、俺様のちぎれたシッポの根本がムズムズして、その先が少し伸びたようだぜ。どうやら、お前は善の方では無いようだ。悪に走るならばそのシッポ、お前にやろう。お前が悪として使えば俺様のシッポが又、生えて来るからな……。ケケケ……。お前が好きなまで使うがいいぜ……』


 いきなり言葉遣いを変えて、又偉そうに話し始めた。そう言う悪魔ルークではあったが内心は違っていた。


 この野郎ー早く好き放題悪さをして、俺のシッポを生えさせてくれ。そしてシッポが完全に生えたなら、この野郎に仕返しをしてやる。と思っていたのだ。


「そう言う事なら、この檻から出してやろうか? お前のシッポを生やすまで、このシッポを貸してくれるなら仕方が無い。まあ、お前の新しいシッポが生えるまで、この世界で生きてみればどうだ? 昔と違って目新しいと思うぜ?」


 と、ルークに優しく言う俺であったが、内心は違っている。そんなに俺はそこまで優しいはずは無い。こいつは悪魔だから、スキを見せないようにしまければ……。


 こうして奇妙な関係を保ちながら、俺は悪魔ルークと一緒に住む事になった。勿論、俺の手には人を不幸にする【悪魔のシッポ】がしっかりと、握られていた。


 でもこのシッポ、なんかウニョウニョして気持ち悪いんですけど~!?





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