第8話「貴族勇者・2」

 ──暇だ


 魔神と戦うことが特別駆除班の仕事だが、魔神もそう毎日出るものでは無い。

 人口密度が高い国の中でも、特に人口密度が高い地域に出現する。


 いま読んでいる『入門・魔神対策』にそう書いてあった。

〈庁〉から魔神対策課の職員に必ず配布される冊子だ。

 俺にはジャンゴみたいに書類仕事が回されないので、この冊子と、これも〈庁〉から必ず読むように渡されている『特別駆除の法的権限 -改訂第2版-』という、やたら小難しい本をボーッと眺めている。


 もちろん、眺めているだけで頭には入ってこない。

 教科書を読んでるみたいでマジで眠たくなる。昼飯を食べて来たあとだから余計にだった。

「ふあぁーっ」

 欠伸をした時、ガチャッとオフィスの扉の開く音がした。

「申し訳ない、僕ともあろう者が大遅刻だ」

 莉音が入ってくる。

 全力で走ってきたか、今朝の俺みたくビルの屋上から屋上にジャンプしてきたのだろう。めっちゃ汗をかいて肩で息をしている。

 もう午後2時を過ぎていた。

 副班長席から播磨さんが声をかけた。

「始業前に連絡してきたんだから遅刻扱いにはしてないよ」

「かたじけない」

 莉音が頭を下げる。

 武士かよ、と思ったが俺は何も言わなかった。

「お前にも色々あるんだな」

 代わりにそう声をかける。

「は? 何だいきなり?」

 変なものを見る目で睨まれた。

 数秒後、ハッとした莉音は播磨さんと俺を高速で3度見し、

「なぜこいつに?!」

「同じA班なんだから黙っていてもそのうちばれる。隠していても仕方ないよ」

 播磨さんが冷静な声で応じる。

「くっ・・・・・・」

 莉音は辛そうに左手で左目の当たりを押さえた。

「世が世なら・・・・・・自決案件だッ」

「なんでだよ!」

 俺が声をあげると莉音はこちらを鋭く睨んだ。

「なんでもへったくれもあるか、なぜ貴様に僕のプライベートを知られなければならないんだ。というか何度も言ってるが僕は〈お前〉ではない、敬意を込めて〈周防先輩〉と呼べ!」


 ──なんなのこいつ?


 ──もう性格どうのって問題じゃなくない? 俺に対する悪意しか感じないんだけど


「やめなさい」

 播磨さんが冷く鋭い声を出した。

 凍ったアイスピックで撫でられるような悪寒がし、俺も莉音も即座に居住まいを正す。

 俺達がおとなしくなったのを確かめてから播磨さんは言った。

「ジャンゴは書類を持って霞が関に行ってまだ戻ってない。いくつかの省庁を回る必要があるから戻ってくるのは確実に遅くなる。たぶん、午後5時を回る」

『午後5時』に播磨さんは特に力を入れる。

 俺と莉音の目を順に見た。

「私達の仕事は魔神の駆除だけじゃない。普通の公務員と同じで書類仕事だってある。そういった駆除班の様々な公務の中でも〈市街の巡回〉は特に重要なものになる」

「なんでですか?」

 咄嗟に聞くと、また睨まれるかと思ったが静かに答えてくれた。

「私達が巡回しているだけで市民の魔神に対する恐怖が緩和されるから。巡回導入前は一時的に23区で傷害と窃盗の件数が、同じ時期の前年比で7倍になった」

「なっ7倍?」

「魔神による恐怖とストレスが原因だと言われている」

 莉音が髪をかきあげながら物知り顔で言った。動きがいちいちキザでウザイ。

「巡回の効果はデータでもちゃんと証明されてるわ。だからシンと莉音には今から定時まで23区内の巡回に行ってもらう」

「えっこいつと2人で?!」

 思わず莉音を指さし聞くと、

「23区は広いから手分けしてもらう。莉音には地区AからC、シンには地区DとE。何かあればスマホで連絡して」

 播磨さんが言った。

 莉音を見るとホッとした顔をしている。

 俺と一緒じゃないのがよっぽど嬉しいみたいだ。ま、俺もだけど。

「ところで」

 俺は手をあげて尋ねた。

「何?」

 と播磨さん。

 俺は疑問を口にした。

「その地区DとかEってなんすか?」

 一瞬でオフィスの空気が固まる。

 動揺して目をキョロキョロすると、2人が呆れた目付きで俺を眺めていた。

「あなたがずっと読んでた『入門・魔神対策』の最初のページに載ってるわよ」

 播磨さんが窓の方を見て言う。

「笑止・・・・・・ッ」

 金髪が険しい表情で呻くように洩らす。

 俺は怪訝な思いでその冊子を手に取った。

 何度もめくったけど、そんなものが載っていた覚えなどない。


 ──って・・・・・・あれ?


 開くと、見開き2ページを使って東京23区の地図がカラー印刷で乗っていた。

 しかも23区が5色に分けられ、これみよがしに〈地区A〉から〈地区D〉まで、大きな字さえ振ってある。

「載って・・・・・・ました」

 俺が力なく呟くと、

「行ってらっしゃい」

 播磨さんが静かな声で言った。

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