第3話「勇者庁に連行された件・前編」
リムジンの中でコンビニの袋に入ったアンパンとパックの牛乳を貰い、俺は夢中で食べた。
信じられないくらい美味かった。
3年振りのこの世界の食べ物だ。
いや、それもあるけどこんなに美味いのは、死ぬほど腹が減っていたからだ。
ダンジョンに入ってから何度も迷子になり、途中で用意してきた食料も尽き、この三日何も食べてなかった。
──それはそうと、俺はどこに連れてかれるんだろ?
「あの・・・・・・」
あっという間に食べ終えると急に不安になり、向かいの席に座っている魔女の格好の女性に聞こうと思って声をかけた。
「もっと食べる?」
聞かれて思わず頷いてしまう。
すると魔女は、
「どうぞ」
またセブンイレブンのレジ袋を渡してくれた。
まだ腹ぺこだった俺は考えるより先に手が伸びて、瞬時に受け取ると、
「あっそれは僕の!」
彼女の隣に座っていた金髪の若者が目を剥いて声を上げた。
「あら、あなたケチなの?」
魔女が挑発的に目を細める。金髪は何か言いたそうにしたが言葉を飲み込んで、
「ハッ、誰がコンビニのパンくらいで!」
と涼しい表情を作った。
「さぁ、気にせず食べるがいい」
金髪が前髪をかきあげる。
遠慮なく貰った金髪のカスタードクリームパンとリプトンのミルクティーを平らげてから、今度こそ俺はこの車の行き先を尋ねた。
「あの・・・・・・」
「これも食え」
俺の隣に座っていた黒人がサンドイッチと缶コーヒーをくれる。
甘いパン2つの次は惣菜パンだ。
──おい、なんだよ
俺は隣の黒人を見上げた。
──ひょっとして、こいつら良い奴じゃね?(見栄っ張りぽい金髪野郎は知らんけど)
どこに連れていかれるのかよく分からないが、行くあてもなく
──いや、油断は禁物だ。俺を安心させるための罠かもしれない
俺は警戒しながらサンドイッチを頬張る。
あっ、う、うまい!
肉厚ハムとタマゴとレタスのサンドなんてあっちの世界じゃ食えなかった!
くそ、また涙が溢れてくる。
なんでこんなにうまいんだよこのサンドイッチ!
この上裸の黒人、こんな美味いものを俺にくれたのか!
サンドイッチを飲み込んで俺は涙を拭い、冷静さを取り戻しながら考えた。
いざとなれば逃げる。それがいいだろう。
──それはそうと・・・・・・
俺はジョージアの微糖コーヒーをすすりながら三人の顔を見渡した。
──こいつらは本当に俺と同じ帰還した勇者なのか?
その言葉が本当なら、俺以外にも異世界に転移させられた奴らがいることになるけど・・・・・・
魔女みたいな格好の女の人は、今気づいたけどめっちゃ美人だ。
長い黒髪はサラサラで、前髪は眉の下で切り揃えられている。高い鼻は彫刻みたいに筋が通っていて、ハーフっぽい感じだ。涼し気な印象の切れ長の目は何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気を醸し出している。
体付きは全体的にほっそりした感じなのに、胸と腰だけボボボンと出ている。
──なのにそんな破廉恥な格好しちゃう? 大きなおっぱいの上半分が雨ざらしなんですけど?
魅入られたみたいに魔女さんの半乳をガッツリと凝視してると、リムジンはどこかに止まった。
「降りて」
先に隣の黒人の兄貴が降り、破廉恥な魔女さんがそう促してくる。
「早くするんだな」
急かしてくる金髪に続き車外に出ると、無機質なビルの立ち並ぶ夜の一角にいた。
「ここは?」
魔女さんを振り返ると、
「新宿にある私達の寮」
そう答えた。
魔女さんが入口の自動ドアの右側にあるパネルに顔を近づけるとドアが開く。
寮なのに顔認証システムが鍵になっているらしい。
俺はちょっと驚いて建物を見上げた。
会社の社屋かと思うような、ただの寮にしては立派すぎる建物だ。
建物の中に入ると、またすぐに自動ドアがあり、魔女さんが脇のパネルを操作して手をかざすとそのドアが開いた。
今度は指紋認証システムかよ。
──めちゃくちゃ厳重だ。何ここビバリーヒルズなの? 寮ってこんなもの?
第2の自動ドアを入ると、今度は壁に扉が。
お次はなんだと思っているとこれは普通のエレベーターだった。
「乗って」
魔女さんに促され、俺達はエレベーターに乗る。
扉が開き、俺は3人に前後を挟まれる形で降りた。
グレーの絨毯が敷かれた廊下を少し歩き、不意に魔女さんが立ち止まる。そこにまた扉があった。
魔女さんが扉のノブを握ると、ガチャと音がする。鍵はかかってないらしい。
扉が開くと中には何も無い狭い殺風景な部屋だった。窓もない。
机があれば学校か会社の会議室そのものだ。
見渡しながら中に入ると、
「この部屋、今は使われてない会議室なの。今日はとりあえずここで休んで」
魔女さんに言われる。
「え?」
と振り返ると、巨漢の黒人がどこから持ってきたのか、
「ほらよ」
薄手の毛布を押し付けてきた。
今が何月かは知らないが、半袖で寒くないの確かなので春か秋だろう。
いや、俺が転移して3年と2ヶ月だから今は秋か?
確かにその毛布一枚で事は足りるが、まさか俺、歌舞伎町から連れてこられて今夜はここで雑魚寝なの?
「俺、雑魚寝すか?」
「そうだ雑魚寝だ。僕も初日はそうだった!」
金髪が前髪をかきあげながら自慢げな声音で告げてくる。
何なのこいつ?
何を自慢したいの?
「あの・・・・・・」
俺は聞いた。
「何もよく分からないんすけど・・・・・・てか、どこの犬の骨かも分かんない俺を勝手にここに泊めていいんですか?」
すると魔女さん、
「大丈夫。君にはすでに私のユニークスキルで〈
俺は息が詰まる。
──呪いをかけた?
「嘘だと思うなら試しにこの人を殴ってごらん。常人以下の威力しか出ないから」
魔女さんが黒人の巨漢を親指でさす。
金髪はまたつまらなそうな顔をして腕を組んでいる。
──おいおい何言っちゃってんの?
俺は戸惑う。
──俺、一撃で魔神王を倒した男なんですけど?
「やってごらん」
魔女さんが不敵に微笑む。
俺は、そこまで言うなら、と拳を握り締めた。
サンドイッチとコーヒーを貰っといて悪いが、俺は黒人の男を睨みつけた。
「やってみろ」
黒人が言う。
「そうかよ!」
俺は握りを固め、その無防備な裸の腹目掛けて拳をアッパー気味に叩き込んだ────────
「痛ってぇ!」
俺は右の手首を押さえてその場に崩れ落ちた。見上げると、巨漢の黒人はさっきと変わらない無表情で佇んでいる。
──嘘だろ、魔神王を葬った男のパンチだぞ?!
「言ったでしょ。ダンジョンをクリアして帰還した勇者は君だけじゃないって。私はこのユニークスキルであらゆる敵を無力化して最弱の威力の通常攻撃だけで倒した。魔王だって例外じゃない」
「なんだよそのチート能力・・・・・・」
「ちなみに私のダンジョン攻略日数は半年。君は?」
「5日だけど・・・・・・それまでに3年ちょいかかった」
「雑魚モンスターを倒してレベルアップしてたから?」
「うん・・・・・・」
「帰還組にはそのタイプが一番多いね。だからクリアまで時間がかかる。今のところの最速は何日だと思う?」
魔女さんに聞かれ俺は適当に、
「ひょっとして・・・・・・あんたの半年?」
そう言うと、
「全然もっと早いよ。2日と半日。君には明日その人と会ってもらうことになる。私達の直属の上司」
魔女さんはまた不敵な笑みをする。
俺は手首を抑えたまま痛みなのか、それ以外の何かのせいか、床に向かって黙って静かに涙を流した。
魔神王を倒したという唯一の誇るべき経歴が一気に霞み、プライドが折れかかっていた。
──2日半てなんだよ。ほとんど修学旅行じゃねぇか
「今日は早く寝な」
うずくまっている俺に黒人が毛布をかけてくれる。
──やっぱりこいつ優しい
俺が涙の中でそう思っていると、
「逃げようとしても無駄だからな。部屋全体に
金髪が背中を向けて言ってくる。
だから何だよ、そのキザったらしい声の張り方。マジでうぜぇ。
「じゃあまた明日」
魔女さんが言って扉を閉めた。
「くそ、この世界は今何がどうなってんだよ・・・・・・」
窓もない会議室にひとり残される。
ダンジョンでの疲労とプライドが折れたメンタルダメージと満腹が重なって、俺はすぐに会議室の床で深い眠りに落ちた。
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