第3楽章 秋
8月末夏季休暇後、学校再開後に空き教室で開かれた図書委員会総会。20名ほどの図書委員会。教卓の前に立った委員長の古城ミアキが開会を告げた。
「みんな集まったみたいだし、休み明け一発目の図書委員会総会を始めます。まず最初に音田先生から時間を頂戴って言われたから5分間に値切りました」
委員たちの爆笑が教室を満たした。音田はミアキとハイタッチすると教卓に立って委員達に告げた。
「はーい、みんな。いい色に日焼けしたりして青春を謳歌してるようで結構、結構」
微笑むと音田は本題に入った。
「休み前になくなった本は見つけた。悪戯だとは思うけど図書館運営上許せない事態でした。ちょっと傷んでいるので私が直してから戻すけど皆さんもこういう悪戯をしている人を見つけたら注意するなり報告をして下さい。よろしく」
そういうと音田は後を委員長のミアキに任せて図書事務室へ戻った。
種本を前に装備作業を行なった。版・刷まで同じもの。これも古書ハンターのミアキに頼んで手に入れていたものだ。音田はその本を自分の机の引き出しに入れるとおもむろに日付と時刻を言うと職員室に引き上げた。用事がある時、図書事務室不在時は職員室に来るようにというのは図書委員達には以前から告げていた。いつもの通りの行動ではあった。
翌日の早朝。音田は運動部の朝練より前に学校へ入った。そして昨日仕込んだ仕掛けを取り出した。それは机がよく写る位置に設置しておいたネットワークカメラだった。情報処理研究会が怪しげな実験をやる際、廊下に仕込んで先生方に対する早期警戒監視カメラとして使われているという。ミアキがその後ろめたい使い方について突いた事で「是非使って下さい、古城さん」となったもの。
音田はネットワークカメラからフラッシュメモリカードを取り出すとタブレットのスロットに差し込んでビデオ再生してみた。
「やっぱりね」
音田は独り言。予想通り証拠が撮れた。
職員室に入った音田は件の生徒の担任に昼休みに図書事務室に来るように伝言を頼んだ。
「図書委員会の仕事の話ですか?音田さん」
音田より少し年上の若手女性教諭はその生徒の呼び出し伝言の理由を聞いて来た。
「まあ、そんな感じですね」
音田は微笑むとそう返した。
昼休み。音田は授業を終えると図書事務室へ入った。念のため図書室側のドアは施錠しておいた。
15分ほどして廊下側のドアがノックされた。
「どうぞ」と音田が言うと1年生の図書委員の円井悠太が入って来た。
音田と悠太は接客用ソファーに向かい合って座った。音田は背筋をのばして悠太の顔を見つめた。
「円井君、昨日私がこの部屋を出てから無断で入ったよね?」
悠太は少しだけ眼を身開いたがそれ以上の事を表情に出す事はなかったが、スラックスのポケットに両手を突っ込んだ。
「昨日は図書委員会の総会の後、図書室に来ましたけどカウンター当番のためですよ?」
音田は眉を吊り上げた。
「ふーん。本当に入ってないって主張するのかな?」
「何か証拠があって言われてるんですか?」
音田は笑みを浮かべるとタブレットのビデオ再生ボタンをタッチしてから悠太に渡した。悠太は受け取るのを一瞬嫌がったが結局は諦めてそれを手にした。
「なんですか、これ?」
「証拠映像。まあ、見てみて」
悠太は黙るとタブレットの映像を見つめた。
冒頭、昨日の日付と時刻を言う音田が写っている。
「えーと、50分後ぐらいまで画面をタッチしてスライダーを動かしてくれる?」
やろうとしない悠太の顔は強張っていた。音田はタブレットを悠太の手から取り上げると画面をタッチしてスライダーを動かした。
写っているのは音田の机周辺だった。広角レンズが使われているようでわりと広い範囲が写り込んでいる。そこに廊下側から人が入ってくるのが見えた。その男子生徒は音田の机に行くと机の上の本など見ていき、引き出しを開けて何かを探していた。そして程なく音田が装備作業を施した本を見つけると開いて何かを確認して首を横に振ると元の場所に本を戻していた。。
「円井くんだよね?」
肯く悠太。もう逃げられないと観念した。この先生は自分を罠に掛けた事はよくわかっていた。腹が立つのはその罠にもろにハマった事だった。音田は淡々と聞きたかった事を確認した。
「あなたが九重さんが返却した本を持ち去った人だと思うんだけど、あの本はどうなった?」
悠太の口は重かったが、何をやったのか話す道を選んだ。
「……紙袋に入れて別の棟のゴミ箱に捨てました。だから手元にはありません。やっぱり違う本で僕をひっかけたんですね」
音田は頷くと悠太の眼を見つめた。
「なんでこんな事をしたの?九重さんがよく借りてるから?」
悠太は腰を乗り出して音田に告げた。
「そうです。オカル子が本を借りては返しって無駄だし、不気味だって分かりませんか?前にも言いましたよね、図書室でオカル子に会うとか嫌って言う子もいるんですよ」
悠太の怒りは恨みからのものだ。そしてそれは九重さんにとっては理不尽なもの。
「別に九重さんは普通に本を借りて返しているだけだよね。それって悪い事?」
「気持ち悪いんです。不気味じゃないですか!」
「それで九重さんはあなたに迷惑をかけた?」
「ええ。あいつが変だから、あいつを俺がいじめたって思われたんですよ。単にいつが俺の側を通った時、俺の足に躓いて、倒れて、それをみていたクラスの女子リーダーやあいつの友達だった望月晴香が騒いだんです。そのせいで3月までいじめられ続けてたんですよ」
クラスの連中に無視され続けたのだ。「空気」と言う渾名まで付けられていた。この恨みは忘れない。
音田ができる事はこの子の毒を溜め込ませずに聞いてやる事しかないと思った。
「その復讐のために図書委員になったの?」
「そうです、そうです。先生の見立て通りですよ。復讐の機会を狙ったんです」
「それで気が晴れた?たまたま起きて勘違いした子達のやり方は確かにひどいと思うけど、今の話だと九重さんの罪だとは思えない」
「……はい。確かに九重さんが僕を非難した訳じゃないです」
「私はあなたの恨みを晴らす事は出来ない。ただその恨みを九重さんにぶつけるような真似は間違いだと思う」
「はい」
「あなたが九重さんの事をオカル子とか呼ぶのを止めて、彼女の本の事を他の人に話さないと約束して」
「……はい。約束します」
古城ミアキは事務室にやってきて音田とコーヒーを飲んでいた。ミアキは二足の草鞋を履いている。その話だった。
「彼、うち辞めちゃいましたよ。何があったか知りませんけどどうするんですか?」
彼とは円井悠太の事だった。
「それは考えがあるから。で、提案はしてくれた?」
「新聞委員会に入れ、でなきゃ辞めてもらっては困る。委員長として困るから他の困り事の穴埋めしてくれ、新聞委員会も人足りないからねって言ったら呆れつつも応じてくれました」
「ありがとう。さすがはミアキちゃん。面倒見が良くて助かる」
「そうさせたのはしのぶちゃんの事前仕込みじゃないですか
よく言いますよね。ほんと人が悪い」
「ははは。だからコーヒーご馳走してるでしょ?」
マグカップを捧げるミアキ。
「だったらしばらくは毎日ご馳走してくださいね。しのぶ先生」
「はいはい。お安い御用」
放課後。音田は再び図書事務室である人がくるのを待ち受けていた。程なく図書室側のドアがノックされた。音田は応じた。
「どうぞ」
「失礼します」と入ってきたのは天花だった。
「先生、本が見つかったと聞いて」
音田は手を合わせて謝った。
「ごめん。見つかってはいないけど同じ本を別に手には入れた。事情はまた説明するけど同じ版、刷数だから。ダメかな?」
天花は首を横にふった。晴香の信じた事はそれぐらいなら問題ないと思ったから高校の図書館でも続けたのだし。
「ダメじゃないです、大丈夫だと思います」
音田は首を縦に振った。
「ここの管理責任はあるからね。良かった。……この間、中学校に行って来たの」
少女はきつい目線で音田を見つめた。
「先生も私のやっている事をおかしいと思いますか?」
「本を読む人の理由は人それぞれ。みんな、おかしな人だと思うよ。この本は見覚えがある?」
音田は本を一冊手にした。中学校図書館の本だった。
「その本を手に入れる為に私の母校に行ったんですか?」
「行った。探しているものがあったから」
音田は少女に本を手渡して告げた。
「本の中に手紙があった。あなた宛だと分かったから読んでない」
少女はすぐ本を開くと畳んで挟まれていた薄い紙を手にした。
「先生、私をからかってませんか?」
首を横に振る音田。
「その手紙、裏表紙に同じような紙を貼ってその下に隠してあったから。発見時の状態じゃないのよ」
「そうなんですか」
と言いながら裏表紙を開いてみると確かに何か貼ってあった痕跡が残されていた。
そして少女は畳まれた手紙を開いて読み始めた。
Dear 天花
ついに見つかっちゃったかな
元々は私の一人遊び
物語を作る人になりたかったからその練習でやっていたけどそこにきみが私のやってる事に気づいて質問してくれた時から
つい別の物語を始めちゃった
とっても楽しかったよ
だから怒らないでくれたらうれしい
返事は同じように手紙にしてくれたらうれしいな
親友の晴香より
晴香が事故に遭う数日前の日付だった。
「九重さん、望月さんと文通じゃなくて何か探していたんじゃない?」
天花の眼が見開いた。何故音田先生は私達の秘密が分かるのか。何か変だ。
「先生は何故知ってるんですか?晴香と私の秘密なのに」
「あなた達二人の間で交互に本を借りていた。でも今は一人で続けている所からの推測。あなたが晴香さんとの思い出のために続けているだけかなって最初は思っていたけど違うかなあって。合ってる?」
肯く天花。
「二人の秘密なら私はそれがなんであれ話さなくていいけど手紙を見つけることは目的じゃないよね。むしろ晴香さんがやっていた理由を明かすような内容じゃないかなって思ってる。ここまではいい?」
「はい」
「九重さんが晴香さんと何を目的に本を交互に借りていたのかは知らないけど観察的なものだったんじゃないかなって思う。だとしたら続けたとしても私は止めたりはしないから。邪魔する子がいたら注意もする。だから今回の事で気に病んだりしないで欲しい。私の話はこれだけ」
「先生、話を聞いてくれますか。私と晴香の物語を。そこまでご存知なら先生が秘密を守ってくれるなら話しを聞いてほしいんです」
「いいよ。秘密は守ります。司書ってそういう仕事だから。……でも書いてみたらどうかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます