第2楽章 夏 Part2
(承前)
学校に戻って図書室に入るとカウンターにいたミアキが立ち上がった。
「先生、お帰りなさい。天花ちゃん、大丈夫でしたか?」
「取り敢えず私が調べるから時間を頂戴って言ったら納得してくれた」
「やっぱりそんな話をしてたんですね。しのぶちゃんがそう言うだろうと思って昨日の天花ちゃんが本返却した際の対応は当番の子に聞いておきました」
音田は軽く首を縦に振った。
「さっすがー。委員長らしいいい仕事。ありがとう、ミアキちゃん。で、どうだった?」
ミアキ曰く返却を受けた図書委員はブックカートに載せた事までは覚えていた。そしてカートから本を取り出して元の書架に挿しに行った委員にはその本を戻した覚えはないという。カートに載っている間にバッグにでも入れて持ち出されたのだろう。問題はその本が無事かどうかという事だった。
もう一つの問題は天花の奇妙な信心とでもいうべきものだった。噂はねじ曲がっていて真実を覆い隠している。彼女が何を求めているのか。その願いの真相も突き止める必要があると感じた。
「ミアキちゃんに二つばかりお願いがあるんだけど」
話を聞いたミアキは頷いた。
「いいですよ。一つ目は探しておきます。二つ目の件って情報処理研究会あたりに頼めば借りられるかなあ。あいつら、怪しげな実験やる時、先生避けに使ってるって噂はあってたまたまですけどそれが事実だっていう事は私には分かってますから」
ミアキは図書委員会と並行して新聞委員会にも入っていた。校内のいろんな噂、各種部活動情報には下手な先生連中より詳しい。
「一つ目は私のポケットマネーから出すから。後でお金は渡す。二つ目は予算厳しいからそうしてくれると助かる」
「と思ってとっておきのトクダネを使う事にしたんです。先生の薄給でカメラまでは大変でしょうからね。恩はまた先生が買ってる海外ミステリー原作本貸してくれたらいいですから」
「そんな事でいいならお安い御用。悪いね」
音田しのぶは高校が夏季休暇期間に入ると天花の卒業した中学校の図書館担当の教諭に連絡を取った。
「そちらの中学校から当校に入学した生徒たちのフォローアップで中学時代の読書教育について教えて頂きたくて」というとあっさりアポイントも取れた。
暑さを避けようと9時過ぎに中学校に向かったが真夏の太陽の強い日差し、蒸し暑い空気。車で行ったのに駐車場から校舎に向かうだけでも汗が出た。
図書事務室に通された音田は中学校の司書教諭、音田より二回り近く年上の実直だけどうるさそうな男性教諭が用意してくれた冷たい麦茶をありがたく飲み干した。
「今時の高校司書教諭の方は熱心ですなあ」
親しげに話しかけてくる開襟シャツ姿の教諭。音田はカードを切った。
「ええ。そう言えば去年こちらを卒業された九重さん、図書室をよく使ってくれていて」
男性教諭は一発でしかめっ面になった。
「こうやって話を聞きに来たという事は相変わらずあの本を借りては返しての繰り返しですか?」
と逆に音田に質問して来た。肯くと男性教諭はため息をつくと嫌な話を切り出した。
「……秘密の文通ごっこでもしてるのではないかと思ったけど証拠は調べてもなかった」
「本を調べたんですか?」
「気にはなったからね。何も変わりない本だったよ」
音田は麦茶の残りを飲みグラスを机の上にそっと置くと告げた。
「その本を調べさせてもらえませんか。何か書き込みを入れたりしてると思うので」
「現実を突きつけて目を覚まさせたいんです。ちょっと時間が掛かるんですが」
「いいよ。この部屋を使えばいい。本は取ってこよう」
音田は男性教諭から本を受け取ると調べ始めた。1ページずつ丁寧に見ていく様子を見ていた男性教諭は席を立った。
「時間がかかりそうだな。ちょっと職員室へ行っているから戻る前に帰るならそちらに顔を出してくれないか?」
「もちろんです。ありがとうございます、先生」
男性教諭が事務室を出ていくのを確認した音田はミアキに頼んで手に入れて置いた本を取り出した。ミアキには特殊な才能があった。古書ハンターとしては音田も一目置く程の嗅覚があったのだ。ミアキは音田が望んだものをきっちり手に入れてくれた。管理票ポケットなどは高校で作業して貼ってある。そして管理票を移し替えて分類シールなどを貼ると中学校の本をバッグの奥深くに隠した。
しばらくして男性教諭が戻ってきた。
「音田先生、何か見つかりましたか?」
「いやー。書き込みみたいな真似はしてないですね。ただし」
それは音田が高校で細工していた事だった。
「この本の扉の次のページ、白紙ですけどちょっと引っ付くんですよ。付箋とかに使うような接着剤の跡っぽいのでここに何か貼っていたんじゃないかなあと」
男性教諭は「ほぉ」と呟いた。
「それは気付かなかったな。秘密の手紙交換とかやっていた可能性はある訳だ。もし今も生徒だったら器物損壊で警察に突き出してやりたいよ、全く」
司書にとって付箋の接着剤は本を傷める敵だ。そういう気持ちは分からないでもなかったので調子を合わせた。
「そうですね」
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