第1楽章 春 Part1

 入学式からしばらくして授業の一環で新入生向けの図書館オリエンテーリング。窓の開け放たれた図書室には春風がカーテンを揺らし爽やかな空気を持ち込んでいた。


「それでは皆さん、一度書架を見たり検索端末に触れてみて下さい。分からない事があれば私に聞いてね」

 司書教諭の女性がそう言うと生徒達は椅子の音を響かせて立ち上がると「小説見てみようよ」などと言いながら図書室内に散って行った。

 本を見て回る生徒達。制服はないらしく生徒達の多くは私服姿。図書室はそんな子達の足音やら本をめくる音、雑談で賑やかになった。

 その中で背が高く髪を肩下まで伸ばした美しい長髪、無地のブラウスにポーラータイをあしらったスカート姿の子が一人で検索端末のキーボードをタッチタイピングして何かを探していた。


 司書教諭兼任の国語教諭、大学卒業後まだ数年の音田しのぶはカウンター前で質問など対応しながらその子の様子を見ていた。そして他の子達のうち何人かが何故か遠巻きに避けて通ったのが見えた事も気になった要素だった。


 その子は検索結果を見て怯えみたいなものを感じたように見えたが、すぐマウスを操作して検索結果画面をリセットすると司書教諭の音田の方に寄ってきて尋ねた。

「……はお願いすれば倉庫から出してもらえるんですよね?」

 音田はその真摯な眼差しに少し驚いたけど顔に出すような事はせずに頷いた。

「閉架書庫って言うんだけど図書事務室にそういう場所があります。そこから出すから遠慮なく言ってね」

 高校図書館でここまでやっている学校はそうない。歴史のある学校で少しずつ増えた蔵書を除籍して捨てようかとなった時に当時の司書教諭が予算を取って書架を事務室に置いてくれたお陰だった。

 少女は音田を見つめたまま続けて要望を出して来た。

「その本、よく読み返しているので図書室の方、開架って言うんですよね、変えていただけませんか?」

 音田はその生徒の願いの真摯さ、勢いに飲まれそうになった。一瞬そうしようかと思ったものの別の思いが頭をかすめ去って止めて「様子を見てよく取り出し依頼があるならそうするから。閉架取り出しは気にせずカウンターで言ってね」とだけ答えた。


 その女子生徒、九重天花は毎日放課後にやってくるようになった。そしてその言葉の通り毎回その本を閉架取り出し依頼をして、もっぱら音田がその対応を行なっていたが図書委員が怪訝に思うとまずい。ほどなく開架に移す事になった。九重天花の虚仮の一念に負けた。


 午後最後の授業が終わるチャイムが響いた。部活や帰宅へと散って行く生徒達の声と足音が廊下を響く。音田は図書館事務室で2年生の図書委員長と打ち合わせ。

 1年生の時から図書委員長である古城ミアキは音田の前で腕を組んで立っていた。ツインテールの似合う長身。私服登校自由なこの学校で数年前に廃止になったネイビーブルーのブレザーとスラックスの制服を着用していたけど、それは彼女が憧れていたものでもあった。

「しのぶ先生。委員もう少し増やしたいんですけど目をつけてる1年生とかいないんですか?」

 椅子の背もたれにもたれ掛かると音田はヘラヘラと笑って返した。

「ミアキちゃーん。そんな子いたらさっさとリクルートしてるよ。ミアキ委員長が困るって顧問兼司書教諭でもある私も困るって事だからねえ」

 ミアキの視線がキツくなった。もう、しのぶちゃんはこれだから!

「そう思ってるなら頑張って下さいね。窓口当番のシフト組むにも苦労してるんですから」

「古城委員長には本当に感謝してるわよん」

 ミアキは音田に大袈裟なお手上げの仕草をしてみせた。

「その口調、信じられないですよ」

「やっぱり?バレちゃあ仕方ないか。困難を極めてるって感じね」

 笑う音田。「もう!」とお冠なミアキ。


 そこにジーパン姿の男子生徒がドアをノックして入って来た。二人の視線がその男子生徒に突き刺さった。一年生委員の丸井悠太だった。

「あっ、古城先輩すいません。ちょっと音田先生に話があって。ちょうどいいので一緒に僕の話を聞いてもらえますか」

 ミアキのツインテールが前後に揺れた。

「いいよ」

 ミアキの了承を得ると長袖の赤いチェック柄のシャツを羽織った男子生徒は深呼吸してから話し始めた。

「ある本について除籍をした方がいいと思うんです。そのお願いに来ました」


 その言葉にミアキが反応した。気に食わないけどそんな事は顔には出さなかった。

「ねえ。どうしてかな?」

 その男子生徒は嫌そうな顔をしつつ言った。

「委員長、噂があるんです」

 音田とミアキは顔を見合わせた。

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