十年目、誕生日の贈り物 壱

 副官歴も十年になれば最早ベテランだ。

 というか、叩き上げで十年生き残った者は、そりゃあ歴戦の覇者だろう。

 ただ紅緒様の部隊で十年と言うと、他の部隊からは馬鹿にされる。

 戦場に出ないことがイコール弱いという事ではない。

 でもそれを理解できない猪のなんと多い事か。

 この頃は戦も一段落というか、残った一国も強ければ、うちだって強い。そんな状況では小競り合いが起きるのも少なく、自然小休止のような日々が続いていて、青洲様や常盤様も首都に戻っていることが多くなった。

 勿論紅緒様は宰相閣下と並んで役所のトップみたいな状況だから、首都にいる。

 そうなると当然他所の部署や部隊と接触することが増えた。

 紅緒様の部隊にいる奴らは何と言うか、他人をあまり気にしない。なので喧嘩を吹っ掛けられても無視だ。

 当然軍規に反するからというのもあるが、基本的に無駄なエネルギーを自分の人生に関わりのないやつに使うのが勿体ないという合理性が発揮されているように思う。

 しかし、無視を決め込んでいたらやり過ごせるかというと、そうでもない。

 極稀に腕っぷしの強さで全てが解決できるなんて、脳みそどころか脳髄まで筋肉に支配さえたような愚か者がいる。

 そんな猪に蹴りを入れて意識を刈りとると、俺はそいつを引き摺って、とある場所に乗り込んだ。


「……というわけで、上官に対する侮辱罪で逮捕権を行使しました。麾下の阿保をご査収ください」

「……その、これ、紅緒は知ってるのか?」

「逆に知られてないと思います?」

「いや、知ってるよな。お前に録音・録画機能付きの諜報活動に使う小型の通信機器仕込んどくんだから」

「っす。俺もまさか『証拠は揃えたから存分に』なんて言われると思ってなかったっす」


 俺もよくケンカを売られるが、買ったりはしない。

 って言うか、十年も副官をやればその地位は大隊長を務め得るくらいにはなっている。それに対して高々一兵卒が喧嘩を売るなど、上官侮辱罪で軍法会議だ。

 そんな事も解らせられないのは、直属の上官の無能と怠慢。紅緒様が最も嫌う事で、今回の直属の上官は青洲様ではないけど、青洲様の部隊員なら、やっぱり青洲様が悪い。


「紅緒様、別に怒っちゃいねぇですよ? 枝葉が大きくなりすぎて管理できなくなるなんてよくある事って仰ってましたし」

「怒ってなくてこんだけ緻密に証拠集めされたら、その方が怖いわ」

「まあまあ、これで綱紀粛正が出来るじゃないっすか。部下にも自分にも厳しい青洲様ですし、減俸何か月くらいにするんです?」

「一年くらいか……ってなんでお前が気にするんだ?」

「紅緒様のおやつがグレードダウンするのはちょっと嫌なんで」


 にやっと笑えば、青洲様は苦く笑いつつ「そんな事するか」と仰る。

 紅緒様への親兄弟からのおやつの差し入れは続いていた。でも俺はその差し入れをお出しする時「貰いものです」としか言わない。言おうもんならきっと丁寧なお礼状と共に、差し入れを断られるだけだ。それは誰の事も幸せにしない。

 だってこの人達は紅緒様にお菓子を差し入れることで、家族としての繋がりを持てることに安心してるし、紅緒様は好きなお菓子を食べてほわほわする時間が出来る。俺だってそんなほわほわして幸せそうな紅緒様が見られて嬉しいんだから、それは皆を幸せにすることだ。

 ともあれ、青洲様が厳しく対応してくださったら、それで他にも示しがつくだろう。そんな訳でこの件はお終い。

 紅緒様の執務室に戻ろうと敬礼した俺に「ところで」と青洲様が水を向けた。


「お前、紅緒の誕生日はどうするんだ?」

「誕生日っすか? もう決めてはありますけど」

「なんだ?」

「え? なんだって、なんすか?」

「だから、紅緒に何を渡すつもりだ?」

「えぇ……言ったら真似するでしょ?」


 胡乱な目を向けると、すっと青洲様が目を逸らす。

 まぁこの人いつも長持ちする焼き菓子とそれに合う茶だから、今年は違うのにしたいのかも知れない。

 被ったら嫌だと思っての事ならば、その心配は皆無だ。この人たちに、俺が用意しているものと同じものは用意できないんだから。

 だから「絶対被る心配はないんで安心してください」と言えば、青洲様の眉が八の字に下がる。


「そう言うなよ。どうせ俺達は今の紅緒が好きなものも解らないけど」

「解るものもあるでしょ? カステラが好きとか、月餅にはこだわりがあるとか」

「消え物ばっかりだろう? 消えない物だって贈りたい」

「足がついて誰からのか判ったら、それこそ二度と受け取ってもらえねぇっすよ?」

「ぐ……そうか。そうだな……」


 今年の青洲様の贈り物も、焼き菓子と茶のセットになりそうだなと思って、俺はポンと手を打った。


「茶器セットなら受け取ってもらえるっすよ!」

「そうか! え? いや、何で?」

「最近俺の茶を淹れる技術が向上したんで、紅緒様がいい茶器を執務室に置こうかって」

「お前のためじゃないか!?」

「いや、でも、俺が使ったら紅緒様も使うっすよ?」

「畜生! だがそれにする! 親父や常盤には言うなよ!」

「言わねぇっすよ。茶器なんか沢山あっても困るっす」


 そう言えば、もう用事は済んだのか、青洲様は俺に犬でも追うように手で退出を促された。

 なので出ていけば、数分のうちに今度は常盤様に捕まった。要件は青洲様と同じく。


「だから、消え物の方がいいですよって」

「そりゃバレたら受け取ってもらえなくなるかもしんねぇけど……」

「解ってんじゃねぇっすか」

「うう……俺だってなんか記念になるようなの、兄貴のとこに置きたい……」


 うじうじとグズる男なんて鬱陶しいことこの上ない。だがまあ、デカい図体を縮めて悩むのは、可愛いと言えばそうなのかもしれない。あくまで人によってはで、俺としては鬱陶しいんだけど。

 だけどこのまま何もアイデアを出さないと解放されないんだろう。このボンボンは、人の時間をなんだと思ってやがるのか。

 ワシワシと頭を掻くと、ふッと脳裏に過るものがあった。


「民間人が野遊びで使うような、簡易の料理用品セットがいいと思うっす」

「え? 兄貴、野遊びとかすんの?」

「俺と休みの日とかに山に釣りにいったり。で、紅緒様が釣った魚を俺が料理するんで、良いのが欲しいなって思ってたんすよ」

「なんで俺がお前の欲しいモンをやらなきゃなんねぇんだよ!?」

「や、でも、俺が作った料理は紅緒様残さず食ってくれるっすよ? 休みじゃなくても執務室でマシュマロ焼いたりもするし」

「なぁ、常々思ってんだけど、副官ってそんなのも業務なのか? 言うか、副官って皆お前みたいにするもんなのか? うちのやつ、そんなのしねぇぞ?」


 他のとこの事なんざ、知らん。俺が好きでやってることだ。業務には支障をきたしてないから大丈夫だろう。

 ともあれ、これが嫌だというなら俺にはもうアイデアはない。

 そう言えば、常盤様は低く唸ってから、ため息を吐いた。


「お前が作った料理を兄貴が食うなら、兄貴の役には立つんだな?」

「そっすね。苦手な肉も頑張って食ってくれますし」

「……解った。それ手配しとく」

「っす。じゃあそれで」

「おう。青洲兄と親父には教えんなよ!」

「了解っす」


 これで常盤様も用がなくなったのか、俺はあっさり解放された。

 その後は最後の一人が来そうな気もしたが、あの方だって城内を徘徊できるほど暇じゃないらしい。

 俺は誰にも見つからずに紅緒様の執務室に戻る事が出来て。


「例の件、兄上は何と?」

「自分は減給一年だそうっす。後は軍法会議の結果次第で、と」

「そうか。兄上の所の結果が厳しければ、自ずと常盤の所もそうなるだろう。うちの者達もよく我慢してくれた。出穂も済まなかったな」

「いや、俺は大丈夫っす。うちのメンツも『無視は合理的判断の結果』言うてますからね」

「そうか。私のようなものの下にいては苦労するだろうに」


 紅緒様が深く息を吐く。眉根が寄っていて、心底心苦しく感じているんだろう。

 でも俺も含めて、紅緒様の部隊にいるものは、紅緒様だからこそ尽くすのだ。


「なんか、じゃなくて紅緒様だからっす。特に俺は紅緒様以外にはお仕えしたくねぇっす」


 真顔で言い切れば、紅緒様の眉毛がへにょりと下がる。そして「出穂は変わったやつだなぁ」と、紅緒様が笑われた。

 その表情を見る事こそ、俺の生きがいなのだ。

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