落ちている時、笑い声が聞こえました

卒業式は五日前、終業式は昨日終わり、今日から春休みに入った。

しかしながらっ、私は今っ、学校に向かっているっ!

生徒会と云うのもなかなかに大変なものだ。

こうして休日を潰してくるのだから。

なんのために、私が帰宅部を選んだとおもっているのやら。


学校に隣接する公園の並木をいつもの登校よりは軽いバッグを背負い、両手を頭上に伸ばして歩く。

どうにも今朝は肩や背中に違和感があり、こうして伸びをしている。


公園を抜け、道路を挟めば学校の正門がある。

見事な正門であるが……もう二年間になるが通ったことなど片手で数えられる程しかない。

生徒入口は別にあるのだ。


まあ今日は正門から入って見ようか。

特に理由はないけど、時間も余裕があるし、そもそもそんなに遠回りな訳でもない。

車が入りやすいのが正門なので、いつもの朝の忙しい時にスタックしない様に避けているだけの話だ。


二つの石柱の間を通る。

敷地内ではここだけ砂利が敷き詰められている。

人の動線には大きな飛石がある。

入ってすぐY字に別れてしまうが。


生徒用の下駄箱がある左側を行く。

海外から移植された大きな杉やあまりこの辺りでは見かけない低木が幾つか見られた。

へぇ、この学校って椿もあったのか。

しらなかったなぁ。

キョロキョロと、普段はすぐ近くにいても目を向けない所へ視線をやりながら、ゆっくりと歩く。


椿の横を通る時、ぽとりとその赤い花が白い砂利の上に落ちた。

木の下を見ると赤い花が落ちたのはこれが今年初めてのようだ。

白い花は既に二つ落ちている。

飛石を外れ砂利の形を足裏に感じながら近づく。

三つの落ちた花を見る。

特に皺があったり、変色している訳でもなく綺麗なままだ。

丁寧に全て拾い上げて匂いを嗅いでみる。

白い花は殆ど何も感じなかったが、赤い花は僅かだが甘い芳香がした。

自分の頬が、少しばかり緩むのがわかった。



****



「これより生徒会役員集会を始めます。

それでは会長一言、いえ、三分間スピーチをお願いします。」


私が役員全員を見渡して開始の言葉を述べる。

そして予定外の一言を会長にぶん投げる。


我らが会長は一瞬「へっ?」っと漏らしてきょとんとする。

かわいい。


こっちを見詰めて来るので、見詰めて返して軽く頷くと、大袈裟に両手を開き、目を瞑って首を振る。

典型的な「やれやれ」ってやつだ。


一人だけ音楽室から強奪してきた座り心地の良い青い椅子を体で押して下げ、立ち上がる。

私は一歩下がってスマホのカメラを構える。

会長の髪が掛かった左耳と後頭部、そして役員たちの顔が写る。

会長の耳、かわいい。

パクってしたい。


「やぁやぁ諸君。

昨日はご苦労様。

お疲れだろうけど今日もハードだぞ。

遂に三年は居なくなったし、来年度に向けてなんの気負いもなく動き出せる。

いや、代替わりした時点で口答えする権利はないのに、煩い輩が多くて困ったものだったねぇ」


会長の声が生徒会室に響く。


半分の役員は苦笑い。

もう半分はそうだそうだと言いたげな明るい笑みを浮かべている。


「さぁ諸君。

私の公約を実現する時がきたのだ!

迫る来年度より制服は自由制、バッチはしろと言われてしまったが、逆手に取ってタイプの選択制だ。

デザイン協力感謝!

私はこのブローチとヘアピンが気に入っている」


「流石っ!

かいてふサイコー!

椿の似合ういい女ー!」


代議の委員長が声をあげる。

会長シンパの一人である。

身長は一九〇近くある細身ですらっとした女子だ。

クラスマッチのバスケでダンクしていたのが印象的な、私と同じ帰宅部だ。


「かいてふ」と言うのは「ちょう」を「てふ」と半世紀前まで書いていたこと。

「てふてふ」つまり蝶々みたいに会長がかわいい、という理由らしい。

なお、一部の人間からは毒の鱗粉を撒き散らしながら、高笑いして踊り出しそう、といった評価を受けている。

その人等も「かいてふ」と呼ぶのでもうだいぶ定着した感じがある。

……中学生かな?


あまり関係ないが会長はじめ、本部会の五人――会長、副会長二人、庶務二人――は全員渾名がある。

私は「ゴム犬」である。

私の戦闘スタイルから名付けれたらしい。

正直あまりよくわかっていない。

ちなみに他には、ケセランパサラン、こんこん(狐)、ワルツ――である。

まぁこちらは役員ぐらいにしか通じないが「かいてふ」は同学年ならほぼ必ず通じる。


まぁそうじゃなくてもその学校、渾名とか付きやすいんだよねぇ。


会長のありがたいお話、確認事項、多少の議論も終わり、皆が作業にかかる。

きっちり三分間スピーチする会長には拍手が送られましたとさ。

そんな会長の右耳には赤の椿と緑の糸で作られた一日限りの飾りがあった。



****



本日、本部会は庶務の一人であるワルツは全体の把握とスケジュール調整を、残りの四人は入学式の翌日に行われる、新入生歓迎会の会場の設営準備とタイムテーブルの確認、不安要素の洗い出しを午前中は行う。


私は新入生歓迎会の後半は校庭にてちょっとした出し物をするのだが、その予定地の確認や実際の動線や備品の確保をしていた。

すると数日前までなかった区画が目に付いた。

立ち入り禁止の立て看板が設置され、大型のコーンによって二メートル四方程が隔離されており、ビニールシートが敷かれている。

少なくとも二日前まではこんなものは無かったのだが。


この辺りは櫓を設置する予定であるしどうしたものか。

いや、別にどこに櫓を設置してもそうそう問題は起きないが、この立ち入り禁止はどういったものなのかは把握しておきたい。

解除の予定もだ。

一応メモをしておいて後で用務員さんの所に伺おう。


校庭はそのほかは問題なかったが場合によっては位置を全体的にズラす必要がありそうだ。

まぁそこまで手間のかかるものではないため必要以上に急ぐことはない。

さて、第一体育館に戻り本部会のメンバーと共有をしよう。


そうして先程の区画の横を過ぎる時、この時期にはあまり無い乾いた冷たい突風が吹き荒れ、校庭の砂を攫い私を襲う。

別に痛いわけでもないが服が砂っぽくなる上に、髪が酷いことになるので気が滅入る。

あっ、コーンが吹き飛んだ。

続いてビニールシートも捻れながらフェンスに叩き付けられた。

砂埃で見え辛いがビニールシートの下から現れたのは真っ暗な穴であった。

どんな特殊な機械を使ったのかは知らないが、随分滑らかな断面で深くまで穴が空いている。

校庭に穴掘るのやめて貰えますぅ?

誰が何の目的でこんな場所に……


砂埃に顔を顰めながら思案したその時。


ガガッ


砂の擦れる音に混ざり嫌な音が聞こえた。

いつの間にか穴を中心に地割れが起こり始めていた。

すぐさまバックステップを踏むが――遅かった。

足場は崩壊し力んだ足から真っ直ぐに落ちていく。


くそっ。

飛空を試みるが上手くいかない。

苦手なんですー!飛空術!

咄嗟じゃ上手く出来る方が少ないんです!

こんなことならもっと練習しておくんだった。


こうなったら出来ることは、唯ひとつ!


「たすけてぇーー!!!」



えぇ〜

えぇ〜〜

私の声の反響が崩れた土砂の轟音と共に聞こえてくる。

地表の穴がどんどん小さくなり、光も遠ざかる。

音だけが響く暗闇を、私はひたすらに落ちていった。












「「「 繝ッר繝?ג繝ゥף繝و繧ق縺◎£!!!ドリームランドへ、そうこそ!!!」」」

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