あの日落ちた穴の先

櫻城 那奈菜

プロローグ

パチッ、チリリッ……パアアァン。


暑い、熱い。

身体中から滝の様な汗が流れる。

空に輝く太陽は無く、灰と朱の混じる雲に覆われている。

風もそれなりには吹いており、湿度も低い。

それにもかかわらず、何故こうもアツイのか。


その理由は……一目見れば誰にだってわかる。


空にやった視線を下げ、前を見る。

もう顔を顰めるのすら億劫になっている。

きっと今の私は無表情であろう。

まぁ、その目は汗が入らない様に、少し細められているだろうが。

左右も見渡す。

ついでに足元にも視線を落とす。


「あぁあ゛ぁぅぁ〜……ッ」


前言撤回。

どうしても顔が歪み、ため息が出てしまった。

更にはそれに気づいたこと、加えてこの巫山戯た森に対して、小さく舌打ちをしてしまう。


あぁ、私は今、とある森にいる。

いや、かなりの規模であるが木々の間隔は広めである。

林か?

開けた場所も多いし。

いや、そんなことはどうでもいい。

問題は……


轟々と音を立て、紅と橙の色を纏い、熱波を放ち、燃え盛っていることだ!

木々は燃え、火の粉が舞う。

白っぽいが確かに茂る下草にも小火が所々にみられる。

火が、炎が、私のすぐそばにて舞い踊り、大蛇の如く地を這っている。


しかしそれでいて、燃え尽きることは無い。

幹までしっかり燃えているくせに、木の葉も、細枝も、火の中にてゆらゆらとその健在振りをアピールしてくる。

もちろん炭化して痩せ細ることもなく、色とりどりな広葉樹が確かに生きている。

下草も同様だ。

本来積もる、そうでなくても舞う筈の灰自体はどこにも無く、しかし灰色混じりの草が暑苦しい微風に吹かれ揺れている。

燃えていようと、なかろうと。

まるで関係ない様に。


「SHAAAAA―LROUAAAaaa」


「――ッ」


左後方から響く耳障りな鳴き声。

即座に振り向き、またもや舌打ちが一つ。

アレはまだ見たことない奴だ。

面倒臭い。

いい加減にしろって。


蜥蜴と蜘蛛と人間を、上手く動ける様に繋ぎ合わせればこんな形になるのか?

創造主の正気を疑うビジュアルだが、長距離移動は人の足、短距離は蜥蜴の六本足ってか?

随分有用そうだ。

ゲームかなにかに出てきそうな、蜥蜴人リザードマンを八つ目にしたような顔が二つ。

そして蜥蜴の裂けた口と、位置的によく見えない背中から吹き出る火の粉。

背中は一体どうしたんだって。

もしかしてそこにも顔あるのか。

あっ、ほんとに顔あった。

完全なる蜘蛛の顔、というか頭がある。

バックスタブ対策かな?

視野も相当広いだろう、羨ましいスペックだことで。


そんなことを思っていれば、奴は身を伏せた状態から全ての足を器用に使い、飛び跳ねて来た。

もちろん私に向けて。

その上、火の粉を撒き散らしながら。


言葉が通じないので、対話による理性的な交流及び交渉は不可能……だよね?

うん、多分今までの奴等と同じで無理だろう。


それじゃあ――死ねよ。

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